私は、御曹司の忘れ物お届け係でございます。

たまる

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わたし、切り札ですので!

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 やっと定時を過ぎたあたりで、会長の仕事が終わる。帰りの支度を始めた真田が歩美に声をかける。

 「さあお待たせいたしました。参りましょう」
 「そうよ。待たせすぎよ。さあ行きましょう」

 なぜか真田が笑い出す。

 「あはは、本当に貴方は奇想天外だ。さっきまで誘拐すると脅していたのは私なのに、なぜか今、私の方が急かされてる」
 「う、うるさいわね。そんなこというなら、やっぱり逃げるわよ!」

 会長室のドアを出る前に、なぜか真田に手を差し出される。

 「な、なに?」
 「あ、手を繋いだ方が、逃げないかと」

 頬に熱を感じながら、歩美が声を荒げた。
 「ば、馬鹿にしないで、約束したんだから、逃げないわよ!」
 「そうですか? 先ほど、やっぱり逃げるとおっしゃったので、まあ縄より手の方がマシかと思いまして……」

 ニコッと真田が微笑んだ。

 な、なんなのー! 真田さんって!
 歩美にはもう自分には手に負えない相手なんではないかと思ってきた。

 て、天然なの?
 女たらしの?

 歩美は出された手を握れなかった。
 好きな相手の手だなんて、いきなりは、いくら高飛車な歩美でも、男性のおつきあい経験が全くないためか、全く出来なかった。

 歩き始めた真田を前に、ちょっとしゅんとする歩美がいた。

 馬鹿だな、わたしって。
 手を繋げるチャンスだったのに!

 真田に近づきたいと言う気持ちと、恥ずかしいという気持ち。また負けず嫌いな性格もそれに混じり、心がグチャグチしたまま、歩美は会長室を出ようとした。

 真田が会長の部屋を出ようとドアに近づく。心が上の空な歩美は足元をよく見ておらず、ドアの手前のカーペットの段差のところでつまづいた。

 「あっ!」

 自分が床に転ぶと思った瞬間、大きな男らしい胸に抱かれる。真田のコロンか何かの男性的な匂いが歩美の鼻腔をくすぐる。

 「だ、大丈夫ですか? 歩美さん? やっぱり手を繋いだ方が、別の意味で安心かな?」
 
 真田の漆黒の瞳に自分の顔が見えるような距離だった。

 「い、嫌っ!」

 急に抱かれてしまい、真田を突き飛ばした。

 「あ、……突然のことで申し訳ありません。つい転びそうでしたので、手が出てしまいまして……」

 自分の腕を前に組みながら、歩美がちょっと震えていた。

 「ご、ごめんなさい。こちらこそ助けてもらったのに……」

 なぜか真田は、自分のバックの中から、何かを探している。
 出したのは短い2メートルぐらいの中太のひもだ。それを二つ折りにして、反対側を歩美に差し出す。

 「じゃー、これを片端持ってください。また転ばれると困るので……」
 「な! なにこれ! なんでこんなの持っているの? 何用よ!」
 「え? 知りたいですか? あまりオススメしませんが……」
 
 真田がにっこりを笑顔で答える。

 「えええ! やっぱり知りたくない! でもこんなの変!犬みたい!」
 「これがいやですと、ああ、杖ありますよ」
 また真田のセカンドバックから、瞬く間に折りたたみの杖が出てくる。

 な、なんなの! この真田が持っている普通のサラリーマンが持っているようなサイドバックなのに、出てくるものがさっきから普通のものがない。

 「これが嫌でしたら、歩美さんも嫌かもしれませんが、私の手となります。ああ、では手袋をいたしましょうか?」
 
 そう言って、彼が白い手袋をはめる。

 歩美はなんだか馬鹿らしくなってきた。
 この男は本当に何が本気で冗談なのかさっぱりわからない。

 「わ、わかったわよ。手を繋いであげるわ。仕方がないわね」

 真田は満面の笑みで答えた。

 「ありがとうございます。歩美さん」

 会長室を出た時の二人の光景に秘書室の女どもが悲鳴をあげそうになった。

 なぜなら、真田と歩美が仲良く手を繋いで、出てくるではないか。
 矢崎もちょうどそこにいて、やはり唖然としている。
 矢崎はどちらかというと、真田や蓮司に比べて、所謂良識がある大人だったからだ。
 まあつまり、普通の感覚の持ち主なのだ。

 凡人矢崎は思わず、自分が思ったことを口にした。
 だが、それがすべての秘書たちの思いであったのだが、当の本人の矢崎は全く知る由もない。

 「さ、真田代行? ど、どうして手をおつなぎなんですか?」

 真田が何かを答えようとした瞬間、女たちの視線に気がついた歩美がフンッとした態度で、矢崎、そしてその後ろで固唾を飲み込んでいる秘書たちに向かって声で遮った。

 「私、ですので!!」

 歩美が満面の笑みを最後につけ加えた。
 真田もなにかちょっと困った顔をしながら、「そうですね。切り札なんで……丁重にしませんと」
と答えた。

 そして、秘書たちが口を開けたまま閉められないでいる状態の中、二人は地下の駐車場へと消えた。

 



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