私は、御曹司の忘れ物お届け係でございます。

たまる

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閑話 歩美の父と母の話

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 アベルは、伯父の話を思い出した。
 歩美の父、リシャールの母親は、アベルの祖母ではなかった。
 祖父が婚約者がいるのにもかかわらず、恋に落ちた日本の芸者の子供だった。

 自らが日本人の芸者との私生児だった叔父のリシャールは、旅行が好きで、母の面影を求め日本に放蕩旅行に出ていた。そこで、美しい歩美の母、美紗子に出会ったらしい。
 お互いに一目惚れだったと聞いた。
 そこで、二人は将来の約束をする。
 リシャールは父、オベール(歩美には祖父にあたる)に承諾をもらわなければ、ならなかった。
 例え、自分が婚外子だったとしても、事実上ロレーヌ家の長男であるということは周知の承知であったので、自分は、家業を継がない、日本で美紗子と暮らすと言ったのだ。

 恋に狂った馬鹿な息子だと勘違いし、芸者によって家族を苦しめた経験から、自分の二の舞にはさせたくないと、オベールは、息子に課題を出す。

 『一年間、この女がお前を待ち続けたら、お前の結婚を許す……ただし、その女と一年間一切の連絡を断て……それが条件だ……』

 祖父オベールは、その時、なぜそんな馬鹿な条件に出してしまったのだろうかと後に、晩年まで悔やみ続けた。
 リシャールがやっと父の許可を得て、日本にやって来た時、美紗子の母、つまり、歩美の祖母、いくに最初は塩を投げつけられて門前払いされたという。
 一週間通い続け、雨の中も待ち続けていた。
 当然の扱いだとリシャールは思ったという。
 結婚の約束を取りながら、一年間連絡がとれなかったのだ。
 美紗子もリシャールの連絡先を知らなかった。

 そして、とうとう毅然とした態度で、郁はリシャールを迎えたと聞いた。
 その時の歩美の祖母、イクの表情はまるで氷のように冷たかったという。

 「リシャールさん、本当に美紗子に会いたいですか? どうぞこちらへ……」

 慣れない日本家屋に靴を脱いで入る。
 背の大きいリシャールは頭を下げながら、畳の部屋に通された。

 「どこにいるんですか!? 美紗子さんは?」

 郁が悲しげにリシャールの目の前の箱のような装飾の棚を見せる。
 よく見ると、美紗子の写真が飾ってあり、その前には白檀の香りがする線香が炊かれていた。

 煙りとその香りが部屋の空気を重くした。

 意味がわからなかった。

 「え、ごめんなさい。僕は意味がわかりません。美紗子さんは、いま出かけているんですか?」

 郁はなんとも言えない悲しげな表情で答えた。

 「リシャールさん、美紗子は亡くなりました。死んだんです……」
 「………え? 美紗子が死んだ? どういうことです! マダム、死んだって、わざわざ一年間、私は……私は……」
 一瞬、リシャールはもしかして、この格式高い家柄の美紗子の親が嘘をついて、美紗子を隠しているのかと疑った。工藤家は元華族の家系であると美紗子が教えてくれたのだ……。自分は芸者の子だ。日本人が嫌うのもよく理解していた。

 「ウソだ……。彼女が私を置いて死ぬはずない……」

 リシャールは立ち上がり、どんどんと襖を勝手に開け、美紗子を探し始めた。

 「美紗子! どこに隠れている? 私だ! リシャールだ!」

 バンバンと音を立てて、各部屋に入っていく。

 「あ、あんた誰ですか?」

 使用人が敷地内で暴れるリシャールを取り押えようとした。
 揉み合いながら、靴なしで日本家屋の中庭に、リシャールは立ち尽くした。

 「み、美紗子!! 愛している! 結婚してください!! だから、出て来てくれー!」

 大声で怒鳴るリシャールがいた。
 それを見ながら、縁側に立つ郁は涙を着物の裾で隠しながらふいた。

 郁の声は震えていた。
 「………リ、リシャールさん……。本当に、もう遅いんです……。美紗子は神に召されたんです……」

 リシャールの号泣と嗚咽が混じった叫び声が、日本家屋に響きわたった。
 日本庭園にいた鳥たちは驚いて飛び去っていくほどだった。

 しかし、リシャールは泣きながら、ある音に気がついた。
 微かだが、この家から赤子の泣き声がする。
 郁がなぜか、焦った顔をして、使用人に指示をしている。

 その時、リシャールの勘が冴えわたった。
 「……お母さん、何か隠してませんか? 」
 首を振って郁が否定する。
 でも、明らかにその目には狼狽えている光が、リシャールには見えた。
 彼女がチラッと見た視線の部屋に女中が駆け込む。

 リシャールがもう汚れた靴下のまま、自分もその部屋の襖を一気に開けた。

 目を疑う。

 そこには歳は遥かに若い女中らしき女が、栗毛色の髪の毛の赤ちゃんを抱いてあやしているのだった。
 
 まだ生まれて間もない歩美がお腹を空かせて泣いていたという。

 その歩美の父リシャールが、一年間待っている間に、美紗子はリシャールの子供を妊娠しており、体が元々そんなに頑丈ではなかった美紗子は、歩美を産んだ時、そのまま残念ながら亡くなったということだった。

 最後までリシャールが迎えに来てくれるはずだといい、でも、この子が名前がないと可哀想だから、『美しく一歩一歩、自分の人生を力強く歩いて欲しい』という願いを込めて、美紗子が亡くなる直前につけたようだった。


 その歩美はそれから約七年間、リシャールに連れられて、フランスで英才教育を受ける。
 徹底的な後継ぎとしてだ。父のリシャールは反対したが、祖父の期待は大きかった。
 しかし、それも、祖父が亡くなると歩美への風当たりが厳しくなった。
 なぜなら、リシャールが流行り病で歩美が3歳の時にすでに亡くなっていたからだ。

 もうフランスには彼女を守る人がいなかった。
 俺以外は……。
 歩美はその時、7歳だった。

 どうやら元々頭のいい歩美は七歳の時に手紙を日本の祖母に書いたらしい。ほとんど覚えのない祖母にこう書いたと聞いた。

『郁お祖母様、
 大変ご無沙汰しております。
 私は日本で生活したいです。
 ここを離れて、生きてみたい。
 お願いします。
 一生の頼みです。
 なんでもします。
 お皿洗いでも、洗濯でも、お掃除でも。
 お祖母様のうちに置いてください。

 歩美』

 それ読んだ郁は全財産を叩いても、歩美を迎えに行くと言った。
 でも、もう後ろ盾がいない歩美を庇うものはいなく、第二有力後継者の俺に皆、まとわりついた。

 歩美に、俺は何度も言った。日本なんかに行って欲しくなかったからだ。

「君が本来なら後継者だ……」
「アベル、私はそういうの、いらないの。自由になりたい……。人の注目とか、おべっかいとか、いらないの……アベルにあげる」
「でも、君はまだ知らないんだ……」

 あの祖母がそうやすやすと意味嫌っていた歩美というコマを切るとは思えなかった。
 彼女は心底、自分の婚約者の心を奪った芸者朝子を憎んでいた。だが、芸者はまさかリシャールのことは言わずに、別れを告げ、密かにリシャールを育てていた。だが、彼女がやはり、リシャールが10歳の時に交通事故でなくなる。
 いくあてがないリシャールに残した母親の遺言には、ただリシャールの父の名前と連絡先が書いてあった。
 

 歩美が21歳になれば、自然とその財産を引き継ぎを受ける権利を得る。
 すでに総裁の後継者としては、放棄の念書を日本に行く時に書かされていた。
 だが、それでも、歩美の受け取る金額は一般常識的に考えて見ると大きな金額だった。

 ただし、1つの条件があった。結婚しなければ、財産を一銭も受けとれないのだ。しかし、歩美を自分の駒をして使用したい叔母や祖母達は、その結婚でさえ口を挟む。
 しかも、最近になり、歩美に対して今までの養育費やら、朝子がかけた迷惑料などと、訳のわからない借金までも歩美に請求してきた。
 もし、歩美が自分達が勧める人と結婚するなら、全てを帳消しにするとまでいわれていた。
 アベルは何度も抗議した。あの祖母がかなり関わったに違いない。歩美から全部とりあげたいのだ。全てを!
 
 なぜそんなことをしたのだと、祖母に詰め寄っても、解決策は平行だった。アベルは怒り狂っていたが、よく考えたら、その条件に自分はぴったりあっていた。

 血は繋がってはいるが、結婚出来ない範囲ではない。祖母が違うのだから、まあ強いて言えば、半分従兄弟のようなものだった。

 アベルが日本に発つ前に歩美に言った言葉がこれだった。
 「歩美、お前がそれだけ言うなら、自分で婿を見つけてこい。俺よりすごいやつだったら、叔母や祖母に何も言わせないようにしてやる」
 「……本当? アベル!?」
 「でも、見つけられなかったら、俺と結婚して、一緒にこのグループを継ぐんだ……」

 まだ七歳の歩美にいきなり結婚宣言をした。
 なぜか満面の微笑みで歩美が答えた。

 「任せて、アベル。きっと見つけてみせる。日本一のすごい男! アベルなんかがびっくりしちゃうくらいの!」

 アベルは、舌打ちした。
 なぜそんな笑み別れ際にするんだ。
 彼女が自分の世界からいなくなる辛さを感じ、目には涙が浮かぶ。

 君が必要なのは、僕なんだ。
 迎えにいくから!
 絶対に!

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