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深夜の訪問者 二
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矢崎が深夜担当の警備員から電話を受ける。
真夜中の12時だ。
「……もう一回言ってもらえますか?」
「えっとですね。会社はもう営業していないと言っているですが、この外人さん達が帰らないんですよ……。どうします。警察呼んでいいですか?」
「……名前はなんて言ってますか? その来訪者は?」
「ああ、ええっと、アベさん、いやアベルなんとかって言ってますよ……」
矢崎の顔色がさっと青くなる。
蓮司会長にすぐに伝えた。
「……わかった。すぐに上がってもらえ……。真田。お前はもう帰れ……。いまお前があいつと対峙すると物事が厄介になるだけだ。裏口から出ろ……約束の物は奴に渡す。十分に焦らしてから、渡してやるさ……」
「……蓮司様……。それでは……申し訳、」
「……お前は何かを勘違いしてないか? 腹を決めたとお前が言ったんだ……。その結果を見せるときなんじゃないか?」
「!!!」
真田に紙を渡す。
「間に合うといいな……。多分、奴は本気だ……」
「はい、わかってます……」
「幸運を祈る。でも、あ、美代の寝顔、見るなよ、いや確かめろ。きちんと寝てるか……」
真田がちょっと顔を崩しながら、笑顔になった。
真田は蓮司に深くお辞儀をしながら、会長室を出て行こうとした。
それをちょっとまた蓮司が引き止めた。
「……真田、でもちょっとお前が嬉しそうに見えるのは気のせいか?」
「……ふ、蓮司様には隠せない……。申し訳ないです。手に入れたいと思うものが……やっと手に入りそうなんです。気持ちが高まってしまい……」
「わかった。もう行け……。惚気なんて聞きたくないからな……」
真田が静かに出て行く。
蓮司が一言、言葉を漏らした。
「It's a show time.」
幕が上がる……。
****
アベルがドアをノック無しで開けてきた。
実はこのオフィスには山川達が見張っている。
本来なら許されない行為だが、蓮司が命に係わる以外はアベルに手を出すなと伝言してあった。
だから、フランスの貴公子ともうたわれる、あのアベル・ド・ロレーヌが、そのドアを蹴っ飛ばして入ってきても、全く蓮司は動揺も何もしなかった。
ただ、フランス人の癖にやけに気性が激しいのだと思った。
『レンジ! レンジ・オオハラはどこだ?』
アベルがドアを入った時点で叫んだ。
案内してきた夜間警備員は、やはり警察を……と言っている。
蓮司はそれは必要ないと首を横に振る。
『私が大原蓮司だ……。ムッシュ・アベル・ド・ロレーヌ』
『ふ、私が誰だかすぐに分かるか、流石だな。ミスター・オオハラ……』
二人が睨み合う。
緊迫した空気が室内を張り詰めた。
中に入るのを拒まれたアベルの付き人と秘書は外に山川達に睨まれて、室内に入れない。
蓮司はアベルには手を出すなと言ったが、他のものについては言及していなかった。
それをただ忠実に山川は守っていた。
『あ、あの、そ、そんなふうに睨み合っても、お互いの問題は何も解決しませんよ……。ちょっと座ってお話ししませんか?』
矢崎が少しオロオロした様子で言葉を挟む。
その様子にアベルの激昂が少し弱まった。
蓮司は、矢崎の顔をチラっと見る。
流石だ。あの矢崎の八の字眉の困った顔はいつもアイス・ブレーカーだ。
何故かどんな相手でもあいつのいかにも中間管理職的な困った顔を見ると、我を取り戻すのだ。
アベルもその矢崎にちょっとほだされているようだった。
アベルが真夜中の大原の応接間に座り込む。
『一番、何から話をしたらいいのかな……ミスター・オオハラ……』
『それはお互いに、一番大事なものについてじゃないですか? ミスター・ロレーヌ』
アベルは眉間に深いシワを寄せて、声を出した。
『では、率直に聞く。お前は、アユミをどうすつもりだ……』
『ああ、歩美さんですか。元気な女だね……。あの由緒正しいロレーヌ家の本来なら第一継承者だったよね……。彼女は……』
『……すでにそれを知っているのか? 流石だな……。オオハラ』
『それなら、君は一体、歩美さんの何なんですか? 歩美さんには兄弟はいないはず……日本の祖父母も、母親もいない。……父親も他界されていると聞いた……』
アベルは、蓮司が自分のことは祖母が違う従兄妹であるとは、知っていると確信する。
今、きっとここで問われていることは、『君は歩美にとって、何なのだ?』ということに違いない。
でも、アベルは蓮司がいまさらっと話した情報に、驚いた。
歩美は日本の戸籍には、父親の名前がない。
そこまで調べ上げるには、彼は誰かヨーロッパに情報屋を抱えているのかと思う。
本来なら歩美の父親の欄にはリシャール・ド・ロレーヌと入るはずだった。まあ外国籍であるから、きっと正確には追記事項で書かれるだろうが、それさえも歩美にはなかった。
リシャールは、由緒正しき元貴族のロレーヌ家の長男である。
しかし、ただの元貴族だけではない。
今や国際的な複合企業の後継ぎの最有力候補だったからだ。
傘下には多くの有名ファッションブランドや化粧品会社を持ち、いまや、その世界的にその名も知られていた。
アベルにとってはリシャールは祖母が違う伯父にあたる人だった。
ロレーヌ家は男女の差はない。また原則的に祖父の代から嫡男、庶子に差をつけないと祖父が宣言したものだから、事態が一層ややこしくなった。
リシャールは所謂、愛人の間に出来た子だった。本来なら、彼の唯一の子供、歩美がほとんどを受け取るはずだった。
日本人の母親とフランス人を父に持つリシャールはとても温和で混血の良さを絵に描いたようなハンサムな叔父だった事をよく覚えている。
急に現れた自分の従妹はまだ可愛い赤ちゃんだった。
歩美は生まれて約半年。
僕は7歳だった。
自分はその時から、歩美を守ると決めてきたのに、それをぶち壊すものが許せなかった。
真夜中の12時だ。
「……もう一回言ってもらえますか?」
「えっとですね。会社はもう営業していないと言っているですが、この外人さん達が帰らないんですよ……。どうします。警察呼んでいいですか?」
「……名前はなんて言ってますか? その来訪者は?」
「ああ、ええっと、アベさん、いやアベルなんとかって言ってますよ……」
矢崎の顔色がさっと青くなる。
蓮司会長にすぐに伝えた。
「……わかった。すぐに上がってもらえ……。真田。お前はもう帰れ……。いまお前があいつと対峙すると物事が厄介になるだけだ。裏口から出ろ……約束の物は奴に渡す。十分に焦らしてから、渡してやるさ……」
「……蓮司様……。それでは……申し訳、」
「……お前は何かを勘違いしてないか? 腹を決めたとお前が言ったんだ……。その結果を見せるときなんじゃないか?」
「!!!」
真田に紙を渡す。
「間に合うといいな……。多分、奴は本気だ……」
「はい、わかってます……」
「幸運を祈る。でも、あ、美代の寝顔、見るなよ、いや確かめろ。きちんと寝てるか……」
真田がちょっと顔を崩しながら、笑顔になった。
真田は蓮司に深くお辞儀をしながら、会長室を出て行こうとした。
それをちょっとまた蓮司が引き止めた。
「……真田、でもちょっとお前が嬉しそうに見えるのは気のせいか?」
「……ふ、蓮司様には隠せない……。申し訳ないです。手に入れたいと思うものが……やっと手に入りそうなんです。気持ちが高まってしまい……」
「わかった。もう行け……。惚気なんて聞きたくないからな……」
真田が静かに出て行く。
蓮司が一言、言葉を漏らした。
「It's a show time.」
幕が上がる……。
****
アベルがドアをノック無しで開けてきた。
実はこのオフィスには山川達が見張っている。
本来なら許されない行為だが、蓮司が命に係わる以外はアベルに手を出すなと伝言してあった。
だから、フランスの貴公子ともうたわれる、あのアベル・ド・ロレーヌが、そのドアを蹴っ飛ばして入ってきても、全く蓮司は動揺も何もしなかった。
ただ、フランス人の癖にやけに気性が激しいのだと思った。
『レンジ! レンジ・オオハラはどこだ?』
アベルがドアを入った時点で叫んだ。
案内してきた夜間警備員は、やはり警察を……と言っている。
蓮司はそれは必要ないと首を横に振る。
『私が大原蓮司だ……。ムッシュ・アベル・ド・ロレーヌ』
『ふ、私が誰だかすぐに分かるか、流石だな。ミスター・オオハラ……』
二人が睨み合う。
緊迫した空気が室内を張り詰めた。
中に入るのを拒まれたアベルの付き人と秘書は外に山川達に睨まれて、室内に入れない。
蓮司はアベルには手を出すなと言ったが、他のものについては言及していなかった。
それをただ忠実に山川は守っていた。
『あ、あの、そ、そんなふうに睨み合っても、お互いの問題は何も解決しませんよ……。ちょっと座ってお話ししませんか?』
矢崎が少しオロオロした様子で言葉を挟む。
その様子にアベルの激昂が少し弱まった。
蓮司は、矢崎の顔をチラっと見る。
流石だ。あの矢崎の八の字眉の困った顔はいつもアイス・ブレーカーだ。
何故かどんな相手でもあいつのいかにも中間管理職的な困った顔を見ると、我を取り戻すのだ。
アベルもその矢崎にちょっとほだされているようだった。
アベルが真夜中の大原の応接間に座り込む。
『一番、何から話をしたらいいのかな……ミスター・オオハラ……』
『それはお互いに、一番大事なものについてじゃないですか? ミスター・ロレーヌ』
アベルは眉間に深いシワを寄せて、声を出した。
『では、率直に聞く。お前は、アユミをどうすつもりだ……』
『ああ、歩美さんですか。元気な女だね……。あの由緒正しいロレーヌ家の本来なら第一継承者だったよね……。彼女は……』
『……すでにそれを知っているのか? 流石だな……。オオハラ』
『それなら、君は一体、歩美さんの何なんですか? 歩美さんには兄弟はいないはず……日本の祖父母も、母親もいない。……父親も他界されていると聞いた……』
アベルは、蓮司が自分のことは祖母が違う従兄妹であるとは、知っていると確信する。
今、きっとここで問われていることは、『君は歩美にとって、何なのだ?』ということに違いない。
でも、アベルは蓮司がいまさらっと話した情報に、驚いた。
歩美は日本の戸籍には、父親の名前がない。
そこまで調べ上げるには、彼は誰かヨーロッパに情報屋を抱えているのかと思う。
本来なら歩美の父親の欄にはリシャール・ド・ロレーヌと入るはずだった。まあ外国籍であるから、きっと正確には追記事項で書かれるだろうが、それさえも歩美にはなかった。
リシャールは、由緒正しき元貴族のロレーヌ家の長男である。
しかし、ただの元貴族だけではない。
今や国際的な複合企業の後継ぎの最有力候補だったからだ。
傘下には多くの有名ファッションブランドや化粧品会社を持ち、いまや、その世界的にその名も知られていた。
アベルにとってはリシャールは祖母が違う伯父にあたる人だった。
ロレーヌ家は男女の差はない。また原則的に祖父の代から嫡男、庶子に差をつけないと祖父が宣言したものだから、事態が一層ややこしくなった。
リシャールは所謂、愛人の間に出来た子だった。本来なら、彼の唯一の子供、歩美がほとんどを受け取るはずだった。
日本人の母親とフランス人を父に持つリシャールはとても温和で混血の良さを絵に描いたようなハンサムな叔父だった事をよく覚えている。
急に現れた自分の従妹はまだ可愛い赤ちゃんだった。
歩美は生まれて約半年。
僕は7歳だった。
自分はその時から、歩美を守ると決めてきたのに、それをぶち壊すものが許せなかった。
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