私は、御曹司の忘れ物お届け係でございます。

たまる

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番外編 アベルと真田

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 これは歩美が寝てしまったハワイ行きの飛行機の中での話。

 『ああ、アベル総裁、送った資料読まれましたか?』

 電話で平然と話してくる男の口調が気になった。
 まるでビジネスの商談のような口調だ。

 『……も、もちろんだ。目を通した』

 目の前の資料を端末で見ながら答えた。

 『それで、貴方はどういう判断を?』

 この電話を待っていたのにも関わらず、自分の声が震えそうだった。
 
 『……もちろん、一つしかない。アユミが一番大切だ』

 しばらくの沈黙があった。
 俺は回答を間違えたのだろうかとアベルは思う。

 『そうですか。貴方が歩美さんのご親戚でなければ、正直、もっと違う手でやり込めたかったのですが、こちらの味方になりそうでしたら、仕方ありませんね……ちょっと待ってくださいね。回線をします』

 ガチガチっと音がした。

 『これで大丈夫です。探知できません。あと、貴方の方で録音しても構いませんが、すぐに廃棄してください。証拠は残さないように……』

 真田と呼ばれる男が専門用語で色々指示してきた。
 自分の正体を明かして良いのかという自分の質問にこの男は平然と答える。

 『歩美さんがより、出来れば自分を標的にしてほしいですからね……』

 その男の言葉が胸を刺す。
 自分はそこまで……出来なかった。

 電話口の真田という男は、どうやってそこまで調べ上げているのか知らないが、祖母や役員の汚職に関することで、拘束されるべき人物、資料の隠し場所、しかも金庫の暗証番号まで口頭で述べてくる。
 頭に全てを叩き込んでいたが、量のあまりの多さに思わず声をあげた。
 必要事項をメモするから、もうちょっとゆっくりと言うと、なぜか止められる。

 『今は頭に入れるだけにしてください……』
 『でも、私はこんなにすべて覚えられないぞ……』

と苦情をいうと、

『ああ、そうですね。普通の方はそうでした……』
と言いやがる。

 ああ、こいつは、あのオオハラの補佐って言っていたと思い出した。

 まさかいまの情報をオオハラは覚えられるのかと驚愕するが、プライドが邪魔して、それは聞けない。

 ただ自分の声で出たのはこのような質問だった。

 『何で俺をこんなに信用するんだ?』

 『貴方は私の大切な人にとっても大切みたいですからね……』

 それは歩美のことを指していることがよくわかった。

 真田がアベルに忠告する。
 裁判官や警察でも息がかかった奴がいる。
 それらが、顔を出してきた場合の対処方法の資料まで、すでに用意してあるという。
 背筋に寒気を感じた。

 『これを公にするかどうかは君の裁量で考えてください。ケースによっては、病気の家族を養うためにやもう得ず、その賄賂に手をつけた汚職もあります。貴方は人の上に立つ人間。その辺りをよく見極めないと……』

 そんな掘り下げたのか?
 正直、このオオハラに寒気を感じるというより、この電話口の男に恐ろしさを感じた。

 そいつは最後にこう述べた。

 『あと、残りの資料は、うちの忘れ物お届け係が貴方に後で、直接、お届けします』
 『忘れ物お届け係?』

 電話口なのに、見えない男が微笑んでいるように感じた。


……………


 それから、数ヶ月間、欧州のニュースは、このルイス・カルダンのお家騒動を伝えた。
 今までの旧体制を捨て去り、今までの役員は全て解雇、祖母、叔母も叔父も全て会社組織から外された。
 アベル自身が彼らを背任の疑いで訴えたからだ。

 祖母達の粉飾を助言し、自らの私腹だけを肥やす身勝手な行為に世間が厳しく追求した。
 しかも、隠し財産は暴かれ、いまそれを司法と警察でどのように処理されるか、処分待ちだった。

 これにはある裏ストーリーがあった。

 あのブラックシャドウによる二十四時間の警告は、役員含め祖母達に最大なるプレッシャーを与えたらしい。
 これは、いつもならそこまで活動が激しくない大元の口座を暴くための手段だったらしい。
 役員達は、自分の隠し口座を確認アクセスし、しまいには資金をもっと安全な場所に送金しようとする輩も現れた。
 だが、それは全て真田と真田の弟、光希の情報の包囲網にかかっていた。
 全て監視されていたのだ。
 いつも動かぬものが動けば、さらに大元が探れると考えた真田兄弟の考えは当たっていた。

 最後に祖母はどうやらあのタックスヘブンの島に財産を隠していたことが判明した。
 多分、それがいちばんの隠し財産なのかもしれないとアベルは認識した。
 それも、今回報道され社会的に大問題となっていく。
 
 それも、真田から情報は聞いていた。
 これから、貴方の祖母だけでなく、大きな山が動くと……。
 それがなんなのか、最初は見当がつかなかった。
 祖母が隠し持っていた横流しした資金が、タックスヘブンの島に流されていたのは真田の資料で知っていた。
 ただ、アクセスが無理だった。
 国が違う上、法律も違う。

 資料であった際には、そこには手をつけられないと思い、断念していた。
 それを真田に告げると、ただ彼は心配ありませんっという。

 『アベル総裁は、しか出来ないことをしてください』という。

 そして、しばらくたったら、大スキャンダルが待っていた。

 あのタックスヘブンの銀行の全顧客リストの情報がヨーロッパのメディアに流失したのだ。
 第一報を聞いた時、思わず、持っていたティーカップを落としそうになった。

 まさかここまで徹底的にやるとは、ニュースをみて唖然とし、笑いが込み上げて来た。

 『……あははは、た、大したものだ! オオハラも、あのサナダってやつも……』
 
 祖母達が起訴されるのはもちろん、有罪は確実のようだった。



 世間ではルイス・カルダン帝国の終わりかとまでニュースで騒がれたが、渦中に人、アベル・ド・ロレーヌは記者のインタビューになぜか爽やかな声で答えた。

 「今までの旧体制は終わりを告げる。もっと若者や弱者が未来に希望を持てる社会を作りたい……」

 そう答えていた。
 今回の騒動劇について自らの進退について問われた。
 報道陣の前のアベルは少し難しい顔をした。
 それは、ちょっと悲しそうな表情でもあった。

 「私は、このまま申し訳ないが総裁を続ける。実はもう一人、後継者候補がいたんだが、やんわりと断られた。『こんなゴタゴタしている会社組織など、とても面倒を見切れない』とまで言われたよ。だから、これは自分の責務だと感じている……この面倒な会社をもっとよくさせて社会に貢献したいと思います」

 え、誰ですか!! その後継者って! と怒鳴ってくる記者にただ、困った顔をアベルは見せた。

 「……とても、美しく頭の良い人です……」

 アベルのつぶやきは、騒ぎ立てる記者の騒音によってかき消されていた。

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