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4・殺人現場
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手を引かれ、つんのめりながらエゼルディアも後に続く。
主祭壇の手前、中央通路と翼廊が交差する部分に立ち止まり、彼は床に視線を落とした。
「敷物が汚れているな」
「血の跡よ。お父様はちょうど、この辺りに倒れていたの」
目を伏せて祈りの言葉をつぶやき、エゼルディアは翼廊の左右を指差した。
「翼廊の突き当たりに、それぞれ扉が見えるでしょう?
右が聖具室、左が王族の墓所へ続く地下階段への入り口よ。どちらも近衛兵が調べて問題なかったわ。それとほら、本当に小さな礼拝室でしょう?」
腕を伸ばして、周囲をぐるりと指し示してみせる。
古い歴史を持つこの礼拝室は、非常に素朴で簡素な造りだ。
奉納された聖像や絵画、小祭壇などは腕の確かな職人の手によるものだが、主祭壇に配置された品々を凌駕する大きさではない。犯人が隠れていれば即座に気付いたことだろう。
アンルーも周囲を見回し、納得したように頷いた。
「それで、三つの扉を確認した後、どうなった?」
「宮廷医師とロザリンデ様……私の義理の母にあたる王妃様がやって来たわ。
医師がお父様の容態を確認し始めたとき、ロザリンデ様が急に悲鳴を上げて、長椅子の下を指差したの。そこに血の付いた短剣が転がっていたのよ。柄の紋章ですぐに、私のものだとわかったわ」
当時の衝撃が苦々しく蘇り、エゼルディアは唇を噛んだ。
その短剣は、自分の誕生日に父が贈ってくれた品だった。
まさか、当の父を殺害する凶器になってしまうとは。
「真犯人に盗まれていたということか?」
「いいえ、短剣は王宮内の工房に研ぎに出していたの。
鍛冶師の話では、事件の直前にたまたま工房に立ち寄ったお父様が、出来上がった私の短剣を見て持ち去ったんですって。これから王女に会うところだから、自分が渡すと言って」
「つまり王は、凶器を自分で持ち込んだわけだな。
それなのになぜ、君だけが疑われた? 短剣を携えた王と礼拝室内で会う機会が、君にしかなかったのか?」
「短剣を使う機会が私にしかなかったからよ。礼拝室の扉を守っていた近衛兵二人が、私が現れる直前にお父様と会話をしているの。会話ができたということは、そのときまでは生きていたということでしょう?」
嘆息混じりの説明に、アンルーは首を傾げる。
「近衛兵たちが嘘をついていた、という可能性もある」
「彼らは国王への忠誠が厚いし、そんな嘘をつく理由が見当たらなかったの」
「証拠はないのか? 忠誠心だけが根拠では話にならない」
「物証はないけれど……」
宮廷の事情を知らない彼が腑に落ちないのも当然だ。
近衛兵たちのことを詳しく話そうと、エゼルディアは頭の中を整理し始めた。
しかし結局、その暇は与えられなかった。
礼拝室の入り口で突然、扉の開く重々しい音が響いたのだ。
現れたのは、紺色の神官服を着た老人である。
「ザビド様……!」
エゼルディアは思わず彼の名を口走ったが、先方がこちらに気付く様子はない。
今の自分は幽霊のようなものなのだろうと、それで予想がついた。普通の人間には姿が見えず、声が聞こえもしないのだろう。
「関係者か?」
アンルーに問われて、エゼルディアは彼を紹介した。
「大神官のザビド様よ。悲鳴を上げてすぐ、近衛兵たちと一緒に駆けつけてくださった方」
「君を神明裁判にかけた張本人だな」
「そうだけど、別に恨んではいないわ。他に方法はなかったと思うもの」
自分が玉座についたら、神明裁判は撤廃する予定でいるが、現時点では仕方のないことだと思っている。
疑いが晴れないまま無罪放免になったら、王妃を初めとする敵対勢力の面々が黙っていなかっただろう。
「ちょうどいい。まずは彼に話を聞こう」
言うなりアンルーは、ザビドに向かって歩き始めた。
「でも、私たちの姿は見えないんでしょう? どうやって……」
その問いかけは、すぐに無意味なものとなった。
ザビドが急に立ち止まり、怪訝な顔つきでアンルーを見上げたからだ。
主祭壇の手前、中央通路と翼廊が交差する部分に立ち止まり、彼は床に視線を落とした。
「敷物が汚れているな」
「血の跡よ。お父様はちょうど、この辺りに倒れていたの」
目を伏せて祈りの言葉をつぶやき、エゼルディアは翼廊の左右を指差した。
「翼廊の突き当たりに、それぞれ扉が見えるでしょう?
右が聖具室、左が王族の墓所へ続く地下階段への入り口よ。どちらも近衛兵が調べて問題なかったわ。それとほら、本当に小さな礼拝室でしょう?」
腕を伸ばして、周囲をぐるりと指し示してみせる。
古い歴史を持つこの礼拝室は、非常に素朴で簡素な造りだ。
奉納された聖像や絵画、小祭壇などは腕の確かな職人の手によるものだが、主祭壇に配置された品々を凌駕する大きさではない。犯人が隠れていれば即座に気付いたことだろう。
アンルーも周囲を見回し、納得したように頷いた。
「それで、三つの扉を確認した後、どうなった?」
「宮廷医師とロザリンデ様……私の義理の母にあたる王妃様がやって来たわ。
医師がお父様の容態を確認し始めたとき、ロザリンデ様が急に悲鳴を上げて、長椅子の下を指差したの。そこに血の付いた短剣が転がっていたのよ。柄の紋章ですぐに、私のものだとわかったわ」
当時の衝撃が苦々しく蘇り、エゼルディアは唇を噛んだ。
その短剣は、自分の誕生日に父が贈ってくれた品だった。
まさか、当の父を殺害する凶器になってしまうとは。
「真犯人に盗まれていたということか?」
「いいえ、短剣は王宮内の工房に研ぎに出していたの。
鍛冶師の話では、事件の直前にたまたま工房に立ち寄ったお父様が、出来上がった私の短剣を見て持ち去ったんですって。これから王女に会うところだから、自分が渡すと言って」
「つまり王は、凶器を自分で持ち込んだわけだな。
それなのになぜ、君だけが疑われた? 短剣を携えた王と礼拝室内で会う機会が、君にしかなかったのか?」
「短剣を使う機会が私にしかなかったからよ。礼拝室の扉を守っていた近衛兵二人が、私が現れる直前にお父様と会話をしているの。会話ができたということは、そのときまでは生きていたということでしょう?」
嘆息混じりの説明に、アンルーは首を傾げる。
「近衛兵たちが嘘をついていた、という可能性もある」
「彼らは国王への忠誠が厚いし、そんな嘘をつく理由が見当たらなかったの」
「証拠はないのか? 忠誠心だけが根拠では話にならない」
「物証はないけれど……」
宮廷の事情を知らない彼が腑に落ちないのも当然だ。
近衛兵たちのことを詳しく話そうと、エゼルディアは頭の中を整理し始めた。
しかし結局、その暇は与えられなかった。
礼拝室の入り口で突然、扉の開く重々しい音が響いたのだ。
現れたのは、紺色の神官服を着た老人である。
「ザビド様……!」
エゼルディアは思わず彼の名を口走ったが、先方がこちらに気付く様子はない。
今の自分は幽霊のようなものなのだろうと、それで予想がついた。普通の人間には姿が見えず、声が聞こえもしないのだろう。
「関係者か?」
アンルーに問われて、エゼルディアは彼を紹介した。
「大神官のザビド様よ。悲鳴を上げてすぐ、近衛兵たちと一緒に駆けつけてくださった方」
「君を神明裁判にかけた張本人だな」
「そうだけど、別に恨んではいないわ。他に方法はなかったと思うもの」
自分が玉座についたら、神明裁判は撤廃する予定でいるが、現時点では仕方のないことだと思っている。
疑いが晴れないまま無罪放免になったら、王妃を初めとする敵対勢力の面々が黙っていなかっただろう。
「ちょうどいい。まずは彼に話を聞こう」
言うなりアンルーは、ザビドに向かって歩き始めた。
「でも、私たちの姿は見えないんでしょう? どうやって……」
その問いかけは、すぐに無意味なものとなった。
ザビドが急に立ち止まり、怪訝な顔つきでアンルーを見上げたからだ。
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