石炭とブランデー

鐘古こよみ

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2・追憶<初対面>

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     ◆

 最初にクランプスがやって来たのは、私が七歳の時だった。 

 お師様の魔法で真夜中に叩き起こされ、目を擦りながら階段を降りると、玄関の外に知らない人影が立っていたのだ。
 普通の人間じゃない。二本の太い角の生えた悪魔みたいな仮面を被って、肩には毛皮のマントを斜めに引っ掛けている。

 クランプスよ、とお師様が簡単な紹介をした。
 去年、死にかけのあんたを拾ってここに連れてきた奴。これから毎年この日に来るから、一応覚えときなさい。

 クランプスは私を手招きした。
 恐ろしい仮面を被っているのに、不思議とあまり怖くなかった。
 夢の中にいるような気分で近付くと、彼は私に掌を差し出させ、黒く輝く小さな塊をそっと乗せてくれた。

 黒玉ジェット
 石炭から生まれる、邪霊除けの宝石だ。
 一年で輝きが失われるから、毎年新しいものと交換になる。
 前に渡したものを返すように言われ、私はいつも首にぶら下げているお守り袋からそれを取り出した。

 子供の魔女は邪霊に襲われやすい。危ない時には投げつけろ。
 星みたいに煌めく金の瞳で私を見下ろして、仮面にくぐもった静かな声で、彼はそう言った。

 翌年から私は、眠らずに窓の外を眺めて、クランプスを待つようになった。

 別に、起きて待っている必要はないらしい。大抵の魔女の家では、クランプスなら鍵が開く魔法を扉にかけていて、黒玉ジェットを暖炉の上に置いて寝てしまう。何しろ、いつ来るか時間が決まっているわけではないから、待ちきれないのだ。

 でも私は、なんとなく会っておきたかった。
 命を助けてくれた人だと、前年に聞いたからかもしれない。

 魔女の家を囲む古い森の樹々を越え、夜空を駆けて、節くれだった二本の太い角を額から生やした、狼のような鋼色の魔獣が姿を現す。
 二つの流れ星に似た金の瞳を見つけると、私は寝間着のまま外へ飛び出した。
 魔獣が地面に降り立ち、仮面と毛皮を纏った人間の姿に変わる。

 家の外に出てきた私を見て、クランプスはちょっと戸惑う様子を見せた。
 大人の魔女はいるのか、と訊かれて私はハキハキ答えた。お師様はいません! 夜はコイビトたちのところへ行くお仕事で忙しいです!

 じゃあ外に出るな。子供は寝る時間だ。黒玉ジェットは暖炉の上に置いておけ。
 小言めいたことを言う彼と、去年のように黒玉ジェットを交換した。

 俺が帰った後は、誰かが訪ねてきても開けるなよ。
 そう念を押してクランプスは、私が家の中に入って鍵を掛けるのを見届けてから、魔獣の姿に変身して帰っていった。

 しばらくして、誰かが玄関扉を叩いた。
 まだ寝ていなかった私は、はあいと元気に返事をして階下へ降り、扉を開けた。
 帰ったはずのクランプスが立っていた。

 開けるなって言っただろ。
 おでこを拳でこつんとやられ、私は「あ!」と叫んだ。
 
 次の年、私は黒玉ジェットの交換を終えても、なかなか家の中に入ろうとしなかった。
 ちっとも怖くない相手だとわかって、段々と彼に興味が湧いてきたのだ。
 生意気な口を利くようになり、わがままを言って困らせた。

 お顔が見たい。仮面を外して。
 だめだ。
 名前を教えて。
 クランプス。
 それは種族名でしょ? 私にだって魔女じゃなくて、エルナって名前があるわ!

 呼んでみて、とせがむと、苦い調子で彼は呟いた。エルナ、早く寝ろ。

 結局、猫の子のように後ろ襟を掴まれて、家の中に放り込まれる羽目になった。
 すぐに外へ出ようとしたけれど、獣を従えるクランプスの力で森の奥から大きな鹿を呼ばれ、家中の戸口の前に座らされては敵わない。

 悔しさよりも、思いがけない手を使われた面白さの方が先に立って、私は家の中で一人、けらけらと笑い転げた。
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