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第32話 百聞はボサノバにしかず 8

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「ん? ちょっと待てよ。なぁ、村山さん、そこまでヤクザの二人組から話聞いてたってことは、村山さんも知らぬ存ぜぬって答えたんだろ? それで話は終わらなかったのか?」

 一度クスリを買ったことがある、その程度の線でしかない愛依から聞き絞ったところで得られる情報なんてそれほど期待できたものじゃないだろう。
 文哉の問いに愛依は首を横に振った。

「もしかして、平田さん、昼間の発砲事件のこと、知らないの?」

「発砲事件?」

「ちょうどこの近くで起きた発砲事件だよ。千代田組の組員が射殺されたんだって。ニュースじゃそこまで詳しく言ってなかったけど、SNSじゃ色々と言われてるよ」

「えっと、つまりその発砲事件の犯人探しもあって千代田組の二人は躍起になって村山さんを問いつめたってこと?」

「そういうこと。知らぬ存ぜぬって答えたんだけど、何でもいいから思い出したことを教えろって、刑事ドラマみたいなことヤクザが言うんだもん、驚いたよ」

 愛依が空気を和ませようと冗談っぽくそう言ったが、文哉はそれを笑おうとは思わなかった。

「ちょっと怖い顔しないでよ、平田さん」

「ん、ああ、悪い。けど、村山さんはこんなところで俺と話してないで、さっさと警察に駆け込むべきだったなって思って。アイツら、多分また君を探すだろうし」

「へ、もう情報が無いって諦めたりしない?」

「そんな頭の良さそうなヤツらには思えなかったけど」

「それに私、警察に事情を説明できないよ。クスリ買っちゃったのバレたらヤバイし」

「使ってないんだろ?」

「使ってなくても、ヤバイのはヤバイじゃない」

 過去の購入の事より今ヤクザに付きまとわれる事の方が遥かにヤバイだろう、と文哉は思ったが、そう説得して素直に愛依が聞くとも思えなかった。

「なんで発砲事件があったの知ってて、こんなとこ近づいたんだよ」

「だってバイトからの帰り道だし、発砲事件自体は私、無関係だし。大体、こんなとこ通ったからってヤクザに絡まれるなんてわかるわけないじゃん」

「そりゃそうだ」

 意味の無い問答だなと文哉はため息を吐いた。

「さて、どうすっかな・・・・・・」

「どうするって?」

「警察にも駆け込めないわけだし、村山さんはとりあえず安全なとこに逃げなきゃなんだけど、その友達に自宅は教えたりした?」

「え、八重ちゃんは家に来たことあるけど、あ、でもそれを組の人に報告したりはしてないよ、きっと」

「大事なお嬢様に常に付き人とか監視の人がいたりとかは?」

「えーっと、そういう人がいるなら今回の誘拐沙汰も起きてないんじゃないかな?」

 箱入り娘がお転婆で監視の目を掻い潜った、とかあり得そうだけどと文哉は考えたが、アニメとか漫画とかの世界かと思い直した。
 千代田組は地方の街に在るだけの小さな組なので、その組員数を考えたら常日頃抗争に晒されてもいない限りわざわざ人数割いて護衛も無いのかもしれない。

「それなら、村山さんは帰った方が安全だな。事態が解決するまで安易な外出を控えたら、もう絡まれることもないんじゃない?」

「事態が解決するまでってどれくらい?」

「千代田組が優秀なら二、三日中には解決してんじゃないかな?」

 カタギの文哉に二人がかりで襲いかかって倒されたことからして優秀かどうかは不安視するところだが。

「えー、明日も学校あんだけど?」

「学校って、村山さん、学生なの?」

「そうだよ。高二、現役JK。意外? ふけて見えるかな、私」

「いやいや、人の年齢を判断すんのって見た目じゃ難しいから。あ、俺が苦手って意味ね。ふけてるってことじゃなくて」

「取って付けたようなフォローが傷つくんですけど」

 ふてくされた顔をする愛依に、文哉は苦笑いを浮かべた。
 普段から人の事をまじまじと見ないので相手の年齢判断が苦手だというのは本当の事で、それは男女問わずのことであった。

「・・・・・・さて、それじゃあ、もう帰りな」

「え、今の話の流れだと送ってくれる感じじゃないの? 私、ヤクザたちに探されてるんだよね?」

「まぁ、そうなんだけどさ、それは今さっき暴れた俺も同じことで。というか、面子だとかがあるなら、俺の方が優先度が高かったりするかもね」

「え、もしかして、囮になるってこと?」

「まぁ、そんな感じ。どこまで有効かわかんないけど少なくともさっきの二人は引っ張れるんじゃないかな? 一緒に逃げるよりは目立たずに済む」

 もしまた殴りあうことになったとしても、守りながらという重荷は無くて済む。

「帰れる?」

「恐いけど、平田さんがそこまでしてくれるって言うなら、一人で帰る」

「そ。それじゃあ、気をつけて」

 文哉はそういうと素っ気なく振り返り暗がりから出ていった。
 ネオン輝く夜の街にパトカーのサイレンが響いていた。
 そのなかに怒声が混じって聞こえて、文哉は振り向くことなく走り出した。
 愛依はその姿を見届けて、暗がりの反対側から出ていくことにした。
 ピンチに駆けつけてくれる白馬の王子に会えた気がしたが、現実はそれほどロマンチックではないらしい。
 いつもと違う帰路は怯えながらの逃走劇となった。
 ロマンスなどとは程遠いサスペンスみたいだった。
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