ファンキー・ロンリー・ベイビーズ

清泪─せいな

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第49話 昔取ったラグタイム 3

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 若菜は伊知郎に向けて二本指を立てて見せる。
 急に何事かと伊知郎は思ったが、若菜がふざけ出したわけではないということはわかった。

「米倉ビルで殺されたのは、千代田組という暴力団の構成員二名。どちらも背後から銃で撃ち殺されてましてね」

 発砲事件とは言わず射殺事件と敢えて言ったのは死人が出ていることを強調したい為か。
 若菜は立てた二本指を揃えると、手の形を変えて銃を撃つ真似をする。
 ふざけているわけではないらしいが、警察がそういう行為をするのは不謹慎じゃないのかと伊知郎は思った。
 例え暴力団員と言えど、死人が出ていることには変わりない。

「暴力団同士の抗争だとも思われますので、一般の方には巻き込まれに注意する程度で本来関わりが無いとも言えるのですが、いかんせん千代田組が、返し、と言うんですが所謂敵討ちに躍起になってましてね。強引な聞き込みなどを行っているようで──」

 若菜は自分のこめかみに手で作った銃を当てる。
 バンっと呟いて、撃ったふりをする。

「一般の方が千代田組から被害を受ける前に、我々警察としては事件の早期解決にと勤しんでいるわけです」

「はぁ。大変ですね」

「ええ、大変です。ですので、何とか手がかりになる情報が欲しくてですね。安堂さん、昨日バスケットコートで倒れた二人以外に誰か見ませんでしたか?」

 話を戻して揺さぶり直す、そういう手法なのかと伊知郎は感心した。
 警察はどうやら赤いベロアジャケットの若者を射殺事件の犯人として追いかけているようだ。
 今の話からすると警察が見当つけたというよりは千代田組が探しているのを嗅ぎ付けたというところか。

「いいえ、見ていません。お力になれず申し訳ない」

 伊知郎は毅然と嘘をつくことにした。
 五円玉を返す為だ。
 もしかすると射殺事件の犯人を庇う行為なのかもしれないが、伊知郎にはあの若者が人を撃ち殺すような人間には見えなかった。
 暴力は容赦なく振るっていたが。
 それも薬の売人狩りという理由なのだと、あの時聞いた言葉と若菜の説明で合点がいった。

「そうですか。では、突然のお伺い失礼しました。また何か思い当たることがありましたら、気軽に警察に情報提供して頂けたらありがたいです」

 若菜が小さく頭を垂れる。
 尋問の終わり。
 緊張感から開放されて、伊知郎は小さく安堵した。

「ところで、ウチの若いのが安堂さんについて以前から知っているようでしてね──」

 頭を垂れた姿勢で見上げる若菜。
 油断するなよと告げられてるようで、伊知郎は息を飲んだ。

「ちょっ、若さん、そんな言い方だと何か怪しく聞こえますよ、やめてくださいよ」

 井上が苦笑いを浮かべたまま慌てて伊知郎に頭を下げる。
 若菜に比べて深々と下げられた頭。
 すみませんと連呼されて伊知郎は、大丈夫です、と過剰な態度に困惑しながら返した。

「あ、あの。覚えてますか、オレです、井上梅吉です」

「え、ああ、先程警察手帳を見せてもらったのでお名前は──」

「いや、そうじゃなくてですね。二十年ぶりになるし、何度かしかお会いしたことないんで、やっぱり覚えてないですかね?」

 二十年ぶり、と言われて伊知郎の頭に過る面影があった。
 息子、瑛太えいたの姿だ。
 よく笑う子供だった。

「瑛太と──息子さんとよく遊ばせてもらってたんですよ、オレ」

「そう、か。すまない、よく覚えてなくて」

「あの、その、息子さんのことは、その、御愁傷様でした。今さら、ですけど。あの時はオレも瑛太が死んだなんて信じられなくて、何も言えなかったんで」

 井上が表情に哀しみの色が浮かぶ。
 苦笑いは久しぶりに伊知郎に会うことへの気まずさから来るものではなく、二十年という時を経て再び友達の死に対して向かい合わなければならないからか。

「ありがとう。二十年経っても息子のことを忘れないでいてくれて」

 瑛太は二十年前に車に轢かれて死んだ。
 遊んでいたサッカーボールを追いかけているうちに、道路に飛び出してしまい、走ってきた車にはねられた。
 はねた車は千代田組の車だった。

「実はオレ、あの事故のことで、千代田組にこの街で我が物顔させちゃダメだなって思って警察になったんですよ」

「へぇー、そうなのかい」

 伊知郎は千代田組のことを恨んでは無かった。
 飛び出したのは瑛太だ。
 あれは事故で故意による殺人ではない。
 そう自分に言い聞かすのに数年間費やした。
 もう恨んではいない。
 そういう怒りはとっくに消化していた。

「ですので、安堂さん。千代田組がまた一般の方に迷惑をかけないよう、ぜひご協力をお願いします」

 井上は伊知郎の反応が思ったものと違って少しガッカリしていた。
 ある種、息子の敵討ちを宣言したようなものだったのに、伊知郎の反応はまるっきり他人事だった。
 二十年も経てば忘れたいのかもしれない。
 その悲しみも、その怒りも、忘れて穏やかな暮らしをしたいのかもしれない。
 井上は伊知郎がそう考えてるものだと思うことにした。
 ならば、伊知郎の代わりに借りを返す役目を引き受けようじゃないか。
 瑛太も言っていた家訓ってやつを受け継ごうじゃないか。
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