ファンキー・ロンリー・ベイビーズ

清泪─せいな

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第50話 昔取ったラグタイム 4

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 ふと伊知郎は梅吉という名前にある物を思い出す。

「あ、井上さん、ちょっと待ってて貰えますか? 渡したいものが」

「え? あ、はい」

 井上は返事をしてから、若菜の方を見る。
 若菜が小さく頷いて見せる。
 聞き込みとしては今日は切り上げ時か、と若菜は額を掻いた。
 あまり物事がスムーズに進んでいないときにする癖だ。
 井上もその仕草を見て、手応えが無かった・・・・・・・・のだと察した。
 つまり、安堂伊知郎は何かを知っているがそこを探りきれなかった、と若菜が判断したのだと井上は理解した。

「若さん、先、車に戻っててください。安堂さん、オレと対なら何か溢すかもしれませんし」

「相手さん、それほど気をよくしてるようには見えなかったが。まぁ、若いのの手に乗ってやるのも悪くないか」

 若菜はそう言うと、じゃあな、と一言付け足してそそくさと近くに停めてある車へと向かっていった。
 ちゃんとした挨拶もせずに失礼であるとかそういう配慮は一切無いんだなと、井上は苦笑する。

 伊知郎は二階の空き部屋の押し入れである物を探していた。
 元は瑛太の為の子供部屋だったが、二十年も経つと物置きにも使えない空き部屋になっていた。
 見えるように思い出を置くことも出来ず、かといって全てを忘れて別の使い方が出来ない部屋。
 瑛太に纏わる物は、すぐには見えないように押し入れに押し込んであった。
 見えなくてもすぐには取り出せる、それは妻への気遣いから出来た一つの境界だった。
 押し入れの中で重ねられた箱の中から、スーパーファミコンのカートリッジを取り出す。
 裏面に梅吉と黒マジックペンで書かれていた。

 二階から降りて玄関へと行くと、若菜はすでに帰っているようで井上が一人律儀に待っていた。

「すみません、お忙しいのにお待たせして」

「いえいえ、こちらこそ挨拶も無しに退散してしまって申し訳ない話です。それで、渡したいものとは?」

「ああ、これです。息子が借りてた物らしくて、ほら、裏に貴方の名前が書いてあるでしょ?」

 伊知郎は井上に色褪せたスーパーファミコンのカートリッジを手渡した。

「え? ゲームなんて貸したことあったかな、覚えてないなぁ」

「もう二十年も前の話ですから、忘れてても仕方ないですよ。今さら返されてもお困りかとも思いますが、でも──」

「借りたものは返せ、ですよね。瑛太からよく聞かされましたよ、安堂さんの家の家訓」

 井上は身に覚えのないカートリッジを背広のポケットに入れた。

「ご存知でしたか。いやはや、息子には私の親父ほど家訓について厳しくは言わなかったんですがね。そうですか、アイツが・・・・・・」

「安堂さんだけのルールだったんでしょ? 瑛太は何となく真似してるんだって言ってましたよ。だから、アイツの為に何かしようものなら執拗に恩返しをしようとして来ましてね。子供ながらに面倒な家訓だなって思ってたもんですよ」

「ははは、よく言われます」

 安堂家の面倒な家訓は妻に否定されがちなので伊知郎は家族には強要しなかった。
 妻は付き合ってる際、いや結婚当初までは家訓を大事にするなんて素敵!などと誉めてくれてたが、瑛太が生まれてからは禁止事項扱いになってしまった。
 娘にも面倒な考え方だと笑いものにされていて、頑なに家訓を守る伊知郎はメンドーという扱いだった。

「やっぱり今も安堂さんは家訓守ってるんですか?」

「ええ、それは。家業なども無い家ですからね、継いでいけるものと言えば家訓ぐらいで。我ながら意固地な性格ですよ」

「それは──昨日の話にも関わりますか?」

「どういう、意味ですか?」

 急な話のふりに質問し返す伊知郎。
 否定はしないのだなと、察する井上。

「いえね、若さんが──あ、いや、若菜がどうも疑ったままだったもんで」

「何を、ですか?」

「安堂さんの歯切れの悪さ、ですかね」

「質問には真摯に答えたつもりですが?」

 疑問文ばかりが続き、はぐらかしている感じが如実に出てしまっているなと伊知郎は焦った。
 家訓を守ろうとするがあまりに尋問の時間を引き延ばしてしまったようだ。

「安堂さん、誰かに借りを返すためにその誰かの事を話そびれていませんか?」

 焦りを隠そうと伊知郎は表情に出ないように、ムッと口をつぐんだ。
 今さら沈黙とは答えてるようなものじゃないか、と井上は吹きだしそうになった。

「そうですか。いや、長々と質問ばかり申し訳ない。今日はここら辺で失礼しようかと思います」

 引き時だなと、井上は頭を下げた。
 今日は、という言葉に伊知郎は眉をひそめた。

「では・・・・・・」

 帰る井上に何と言葉をかけるべきかと伊知郎は悩む。
 さようならはラフな感じがして違うし、また会いましょうという感じでもない。
 お疲れ様と労う間柄でもないし、失礼しますは相手方が言う台詞な気もする。
 悩んだ末、伊知郎は言葉を続けずに頭を少しだけ下げた。
 井上は一瞬間を置いて、失礼します、と軽く会釈をして帰っていた。
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