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第51話 昔取ったラグタイム 5

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 木曜日、昼間、十二時を過ぎた頃。

 羽音町三丁目にて、平田文哉は真っ昼間の街中でまた喧嘩沙汰になっていた。
 相手の右フックを身体を反らし間一髪避けると、文哉もカウンターにと反らした姿勢から前蹴りを繰り出す。
 前蹴りは左手で払われるようにいなされて、相手の右手が下から顔面に向かい飛んで来た。
 構える間さえ与えられず裏手で顔面を強く弾かれ、衝撃に体勢をよろめかせるとそこをめがけて前蹴りが突き刺さる。
 ぐはっ、と息と唾とが文哉の口から飛び散って、冷たいアスファルトの上を滑り倒れた。
 倒れた際にジーパンのポケットからスマートフォンが溢れ落ちる。
 派遣会社から鳴り続ける着信を取っている余裕は文哉には無かった。

「よう、自警団アマチュア、テメェその程度か、アァ?」

 文哉を蹴り倒した相手。
 ツーブロックで頭頂部の髪を金髪に染めてオールバックにした髪形に、タートルネックからスラックス、革靴に至るまで黒ずくめの長身の男。
 英雄えいゆうと、周りで倒れるチンピラたちに呼ばれていた。
 讃えた呼称ではなくちゃんとした名前のようであり、アクセントを間違えると非道な暴力を振るわれるらしい。
 倒れているチンピラたちがその証人であり、被害者だ。
 ヒーロー的な意味合いで聞こえることも、携帯会社的な意味合いで聞こえることも許されない。
 間違えたらぶん殴る、理不尽な話だ。

 文哉がこの英雄と対峙することになったのは、文哉が独自で街で起こってる事件について調べようとしていた最中だった。
 かつてのつてを頼って商店街自警団の面々に探りを入れに来たところで、チンピラとの騒動にかち合ってしまった。
 森川八重誘拐騒動に千代田組だけではなく、余所者のチンピラも関わり出してるのだと文哉はそこで知り、かつて所属していた自警団に加勢する形で首を突っ込んだ。
 文哉が後を任せても大丈夫だと信頼した後輩たち、自警団五名はチンピラに苦戦することなく颯爽と撃退するも、あとから現れた英雄になすすべなく倒されていった。
 後輩を守れなかったことやあまりの英雄の強さに文哉が動揺してると、自警団に倒されたチンピラたちが立ち上がり、流石だぜ英雄さん、と言った直後その英雄にぶん殴られてる様を見て文哉は更に動揺、困惑することになった。
 何だ、コイツ。

 地面に仰向けに倒れる文哉に振り下ろされる足、踵落とし。
 文哉は間一髪転がって避ける。
 英雄は舌打ちをし、文哉を追いかけ一二歩踏み込むと今度は踏みつける体勢に足を上げた。
 文哉は咄嗟に頭の側、地面に逆手をついて腰を持ち上げ英雄の踏みつけを両足で押し返した。

「おおっ!?」

 後ろによろける英雄、押し返した勢いで逆立ち気味に起き上がる文哉。

「ハッ、器用な真似するな、自警団アマチュア

自警団だ、チンピラ」

「ハッ、ならオレも千代田組ヤクザだ。ヨロシクな」

 スラックスのポケットに手を突っ込む英雄は、上半身を倒し前屈みになり文哉を威嚇する。
 二メートル近い長身はそれでも文哉と目線を合わせる程度で、蛇のような上三白眼で睨みつける。

「元ヤクザ? 千代田組か? なんでそんなヤツが余所者のチンピラとツルんでるんだ?」

「ツルむ、ってのは違うねぇ。従えてんだよ、オレがよ」

 前屈み、威嚇するその姿勢、その影から鞭のようなしなやかさを持った拳が放たれる。
 ポケットに突っ込まれてる手、一瞬前まで確かにそうであったものはその軌道を見る隙も与えず超速で文哉の胸を叩いた。

「ぐっ、」

「お、反応するか!」

 文哉は反射的に動いて芯をずらしたが、強く胸を叩かれて呼吸が瞬間的に止まり乱れる。
 英雄の狙いは心臓、強く叩くことで鼓動を僅かに止めるハートブレイクショット。
 拳の捻りが足りねぇか、と英雄は放った右手を引くと続けて左手を放った。
 振りかぶるという助走の無い、鞘から刀を抜きそのまま斬るという抜刀術の理屈。
 ストレートパンチでそれを行うという規格外が、文哉を再び叩く。
 二撃目、相変わらず軌道が捉えれない超速のパンチ。
 しかし来ると解れば身構えることは出来る。
 腕を構えてのガード、そんなことお構い無しに叩きつけられる拳。
 構えた腕、喧嘩で鍛え上げた文哉の二の腕、その筋肉が容赦の無い暴力により砕かれそうな痛み。
 肉を叩きつける音に英雄は邪悪な笑みを溢す。
 そして、三撃目。
 引いた左手の代わりに伸びる右手。
 腕の痛みに顔を歪める文哉。
 集中を欠いた隙間、捉えれぬ拳の軌道は文哉の頭へと向かい──。

「ヒャッハー!!」

 文哉の頭は英雄の大きな手で鷲掴みされ、抗うことも出来ぬ強い力で引き寄せられた。
 文哉の額に、英雄の額がぶつかる。
 脳をも揺らす衝撃、ゴとガが混ざり合うような重く鈍い音と激痛、意識は弾け刹那のブラックアウト。
 文哉は耳鳴りに気を取り戻すも、衝撃に耐えれずまともに立っていられなくなり膝から崩れていく。
 続ける、四撃目。
 糸が切れた人形のように崩れる文哉の顎を、英雄は土煙を撒き散らしながら蹴り上げた。
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