ヒーロー・チェーン: 伝染する呪い、選ばれた者が死ぬ都市伝説

清泪─せいな

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Ep.1 家族

.4 問われる嘘

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 そうして、愛深との関係が深まる日々が続き、いつもの朝が訪れ、通勤し、業務をこなす。
 そうやって日々は何事もなく過ぎていく。
 そう勘違いし始めた夜のことだった。

 私の寝室。
 ノックの音に眠りかけた頭を起こされる。
 夜中の来訪者であった。

「パパ……起きてる?」

「愛理か?……こんな時間にどうした?」

 壁にかけてある時計の短針が1を回っていた。

「あのね……聞きたいことがあるの。入っていい?」

 明日の朝では駄目なのかと問い返そうと思ったが、朝でいい話をこんな時間に聞きに来るわけがない。

「わかった。入ってきなさい」

 ドアが静かにゆっくりと開いて、愛理が俯きながら入ってくる。
 廊下から差し込む光に目を細めていると、愛理が壁にある電灯のスイッチを押して部屋に明かりがついた。
 身体を起こし、ベッドの上で座り直し来訪者を迎え入れる。

「それで、話というのは何だ?」

 私の問いに愛理は言いづらそうに口篭る。
 何だか嫌な予感がしたが、それでも私は愛理が何を言うのかと待つしか無かった。

「あのね……私、見たの」

 ようやく愛理が口にした言葉に、私は心臓を掴まれたような気がした。
 しかしその動揺を悟られまいと平然を装う。

「その……パパが、内谷さんといるところを」

 内谷、愛深。
 内谷さん。
 愛理のその呼び方に、私は掴まれた心臓が止まるかと思った。
 しかしこの驚きを表情に出してはいけないと、不自然にならないよう微かな動揺を演じてみせる。
 あまりにも平然としておくのも嘘臭い。

「……彼女の事を知っているのかい?」

 間を置いて問う私に、愛理は真っ直ぐに瞳を向けてくる。
 俯きだったさっきまでと違い、何かを確かめるようにじっとこちらを見てくる。

「うん、同じ学校に通ってるの」

 ありえる話、か。
 愛理と愛深は同い年だと聞いているので、その可能性は少なからず考えていた。

「同じクラスになったことがないから、知り合いってわけじゃないのだけど――」

 愛理の言葉に少し胸を撫で下ろす。
 もし友達だったらと思うと……。
 私の様子をよそに愛理は再び、俯きがちに視線を落とす。

「それでも……内谷さんの噂は聞いてる」

「……噂?」

 俯く愛理の表情が見えなくて、私はオウム返しに質問を投げかけた。
 意を決したように愛理は再び顔を上げると、言葉を選ぶようにゆっくりとそれを口にした。

「内谷さん、やってるって」

 
 その言葉の意味は瞬時にわかった。

『私……え、援助してほしいんです』

 初めて会ったとき、愛深はそう言っていた。
 私はずっと彼女のその行動に興味を持って、止めさせたいと思っていた。
 そしていつしか、その言葉は薄れていった。

「ねぇ……パパ」

 私の事を見つめる真っ直ぐな瞳。
 愛理は一歩、ベッドの上に座る私に近づく。
 少しばかり震えているようにも見えた。

「内谷さんとは、どういう関係なの?」

 強く問い詰めるように発せられた言葉を、私は一呼吸ついて受け入れる。

「彼女は……取引先の相手の娘さんでね。以前から仲良くさせてもらってる。取引相手の印象を良くしたい。仕事のやり方の一つだよ」

 用意していた嘘をつく。
 我ながら取り繕おうと饒舌に動く口に、逆に怪しさを覚える。

「嘘……じゃないよね?」

 その怪しさを汲み取ったのか、気づかなかったのか、愛理は言いよどみながら問いを続ける。

「ああ、もちろん。あまり他人に言えたもんじゃない仕事のやり方だからな。余計な誤解を与えたようで悪かった」

 今の時代には合わない古いやり方だよ、と苦笑いを浮かべながら付け足す。
 余計な言葉を足さないと、落ち着かなかった。

「わかった……パパを信じる」

 そう言って愛理は自分を納得させるように何度か頷くと、首を横に振った。

「ううん……疑ったりしてごめんなさい、だよね」

 深く息を吐きたい気分だった。
 喫煙者だったなら、すぐにでも煙草に火をつけていただろう。
 とても落ち着かない気分だった。

「いや、繰り返しになるが誤解を与えてしまって悪かった。その……内谷さんの噂っていうのは有名なのか?」

 嘘の謝罪を重ね、私はそれより気になることを問うことにした。
 愛深の噂。

「あ、うん。学校じゃあ、割とね。でも誤解だったなら、私、悪い事しちゃったな」

「悪い事?」

「だってほら、疑っちゃったから。噂で聞いただけなのに、やってるだなんて」

 誰が流した噂だか知らないが、あながち間違いと言う訳でも無い。
 もしかしたら、私と愛深が一緒にいるところを他にも見られているのかもしれない。

「噂なんて無闇にしんじてはいけないよ。特に他人を悪く言う噂はね。大概はやっかみによるものなのだから」

 最もらしいことを言ってこれ以上詮索されないよう釘を刺す。

「はーい」

 愛理は疑っていた関係が否定されたことに、どこか安心したように、気の抜けた返事を返した。

「……納得したなら、もう寝なさい」

「はーい」

 嬉しそうに返事をしドアへと向かう愛理の背中に、私は罪悪感を覚えた。
 それは愛深との事か、この場で嘘をついたことか定かでは無い。

「おやすみ、パパ」

 ドアを開けて振り返る愛理。
 微笑む娘に、私は少しばかり戸惑いを覚える。

「ああ、おやすみ、愛理」

 電気を消して愛理が出ていく。
 ドアがゆっくりと閉まる音と、遠のいていく足音。

 息を吐く。
 長く、深く。
 今にも吐き出してしまいたいもの、その全ての代わりに。
 息を吐く。

「……アナタ」

 ドア越しに聞こえる郁子の声。
 こう何度も心臓が止まる思いをするのはたまったもんではなかった。
 例え自分自身に非があるとしても、だ。

「郁子か、どうした?」

 声が震えないように気を遣う。

「愛理との話――」

「聞いていたのか?」

 声が震えないようにと願いながら問う。

「私も信じますよ?」

 私の問いに答えずに、郁子は妙な問いを返してきた。
 郁子ならばもう、察しがついているのかもしれない。
 長年一緒に過ごしてきた夫婦だ。
 私に現れた変化など、とうに知っているのかもしれない。
 その上での、問いかけだ。

「ああ……信じてくれ」

 何を、だろうか。
 咄嗟に返した言葉は私の目の前で宙に浮いた。 
 きっと郁子には届かないだろう。

「……わかりました」

 その答えは、無感情そのものであった。
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