ヒーロー・チェーン: 伝染する呪い、選ばれた者が死ぬ都市伝説

清泪─せいな

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Ep.1 家族

.5 最後のデート

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 そうして、いつもと変わらぬ朝を迎えた。
 愛理も郁子も、何もなかったかのように微笑んでいる。
 その笑顔が、ぞっとするほど怖かった。
 引きつる頬を、自分でも制御できなかった。
 二人はそれについて何も触れなかった。
 背中に冷たいものが流れた。

 いつもと変わらぬ通勤をこなし、いつもと変わらぬ業務を行う。
 一日は、何事もなく過ぎていく。
 まるで昨日の出来事が夢の話のようだ。
 それでも、夢ではないのだ。
 
 いや――
 夢のようだった日々と今日でけじめをつけなければならないのだ。
 私はスマートフォンを取り出し、アプリを起動させた。
 液晶画面に指を滑らす。

”今夜、会えないか? 話がある”

 文が表示され、数分と待たずして既読という文字が横に表示される。
 私は、息を飲んだ。

”わかった。いつも通りでいい?”

 まるでいつもの私の返答の真似事みたいだった。
 嬉しい、とはとても返事を打てなかった。

 仕事が終わり、待ち合わせ場所へと向かう。
 すっかり見慣れた歓楽街だ。
 色々と都合が良かったはずだった場所だ。

「パパ~、こっちこっち~」

 呼ばれた方に振り向くと、彼女が手を振っていた。
 初めて出会った時と違い、制服姿ではなくファッション誌に載っていそうなオシャレな服で着飾っていた。
 愛深が呼ぶという響きが今は胸に刺さる。

「パパの方から会いたいって言ってくれると、私、嬉しくなっちゃう」

 愛深の笑顔は、いつの頃からか私の癒しとなっていた。
 求められたのが二人のきっかけだったが、今はもう求めているのは私の方かもしれない。

「話があるんだ。とても大事な話がある」

 それでも、終わらせなければならない。
 私と愛深はそういう関係なのだから。

「うん、わかってる。だから……最後のデート、しよう?」

 愛深はそう言うと、私の腕を引っ張った。

 最後。
 私が何も言わなくても、愛深は理解しているのだろう。
 いや、理解していたんだろう。
 ずっと前から。
 そうだ。彼女が私に声をかけた、あの時からずっと。
 終わりは必ず来るのだと。
 私に出来なかった、理解と覚悟をしていたのだろう。

 そうして、最後のデートが始まった。
 夕食を取り、ゲームセンターに向かう。
 最初に出会った時と同じルートを、愛深の希望でなぞっていく。

 家族に対して、最低の行為であるのはわかっていた。
 ただ、愛深に別れの言葉を告げてそれで終わり、というのは気持ちの整理がつかなかった。
 愛深を愛しているということは、思い込みでも偽りでもなかった。
 単純に切れる気持ちでは無い。
 愛深に対して感謝の気持ちもあった。

「同年代の彼氏、作らなかったのかい?」

 話題の恋愛映画を観終わった後、映画館から出ていく途中でふと聞きたくなった。

「あーもう。彼氏はパパだけで充分。いつも言ってるのに!」

 パパと呼ばれることに馴れてきていたはずが、何だかその呼び方が二人の距離を決定づけている気がした。

 すべては偽りようのない現実で。
 すべては嘘のように曖昧だった。
 愛情の終焉を一体どんな形で終わらせるべきなのか。
 その答えを私たちは知らない。
 
 いや、知らないフリをした。

 私と、愛深の関係。
 それが終わりに近づく。

 互いに最後だと理解しながらも、私達はホテルの一室でその終焉を確かめようと、身体を重ね合った。
 指先に触れる愛深の肌は柔らかく、愛おしい。
 触れる指先は、ぬくもりを帯びていた。
 それが、優しさに思えた。

 そして最後の口づけを交わそうと、愛深が顔を寄せた時だった――。

 目を丸くして驚く愛深。
 一瞬にして血の気が引いたように顔を青ざめさせている。
 私が、どうかしたのか?、と問うも小刻みに顔を震わし、上手く言葉を発せない様子だった。

「ねぇ、パパ……ヒーロー・チェーンって知ってる?」

 愛深は私の右首筋に触れて、絞り出すような声でそう尋ねてきた。

 ヒーロー・チェーン。

 まったく聞き覚えのない単語であった。

「いや、知らないが……」

「今、女子高生の間で流行ってる都市伝説なんだよ」

 戸惑う私に愛深は微笑んで、そう口にした。
 愛深らしくないぎこちない微笑みだった。

「恋のおまじないってヤツかい?」

 恋とヒーロー、結びつきにくい言葉だ。

「ううん……どちらかと言えば、オカルト的な」

 オカルト?
 ヒーローとオカルト、それもまた結びつきにくい。

「首筋に痣が浮かび上がった人の愛した人がね、モンスターって化け物に殺されちゃうの」

 ぎこちない微笑みを浮かべたまま、淡々と愛深は語る。

「愛した人を殺されたくなかったら、痣が浮かび上がった人がヒーローに変身して、モンスターをやっつけるしかないの」

 痣。
 ヒーロー。
 モンスター。

 唐突の都市伝説に、私は置いていかれている。
 何よりもこんな話を、ぎこちない微笑みを浮かべながら話す愛深を遠く感じた。
 首筋には、確かに彼女の手のぬくもりがあったのに。
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