ヒーロー・チェーン: 伝染する呪い、選ばれた者が死ぬ都市伝説

清泪─せいな

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Ep.1 家族

.6 迫られる選択

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「痣が浮かんだ人間がヒーローになれば、全て終わるんじゃないか?」

 愛深の手が離れる。
 これで、物理的にも精神的にも遠くなった。
 手を伸ばせば届く距離にいるのに、それが信じられなかった。

「でもね……ヒーローになった人は、モンスターを倒したら、死んでしまうの」

 殺される、殺した、死ぬ。
 まるで当然のことのように、死が並ぶ。
 都市伝説、こんなものが女子高生に流行るのか。

「でも、何で今そんな話を……」

 私は言いかけて、愛深のぎこちない微笑みが崩れていくさまを見てしまう。

「パパの首筋にね……痣があるの」

 感情を押し殺したような、無機質な温度のある言葉を愛深は口にする。
 私はすぐに首筋に指を当てた。
 愛深が触れた場所をなぞっていく。
 指先に触れる感触では、痣の有無はわからない。
 しかし、確かに違和感はあった。

「ねぇ、パパ……」

 先程とは違い、まるで何かを懇願するように愛深は私に言葉をかける。
 じっと見つめてくる瞳が、潤んでいくのが電気を消した部屋でもわかる。

「……パパが愛しているのは誰?」

 愛深の問いに、私は言葉を詰まらせた。
 何と答えようか、選択肢が頭に浮かぶ。

 長年連れ添った妻である郁子、そして二人の間に生まれた娘である愛理。
 それとも今目の前にいる、愛深か。

 もしここで「愛深」と答えたら、彼女はどんな顔をするのだろう。
 涙を流さずに微笑んでくれるのか、それとも絶望するのか。
 いや、それ以前に、私は本当にその言葉を選べるのか。

 家族を捨てることはできない。
 でも、愛深を捨てることも――できないはずだった。

 それなのに、口から出た言葉はたった一つだった。

「家族、だよ」

 愛深は小さく息を吸い、何かを言おうとして、けれど一度唇を噛み締める。
 そしてようやく、微かに震える声で言った。

「そっか……そうだよね」

 声は静かだったが、確かに震えていた。

「今日はその話をしに来たんだし」

 愛深が再びぎこちなく微笑む。
 頬には一筋、涙が零れていく。

「すまない……でも、愛深のことも愛していた。それだけは、本当なんだ」

 本当の気持ちだった。
 援助するという怪しい関係が嘘のように、私には確かに愛深が必要な存在になっていた。

「わかってる……大丈夫、わかってるから。ありがとう、パパ」

 『パパ』と呼ぶ声。
 『ありがとう』と告げる声。
 それが、私と愛深の間を埋め、そして遠ざけていく。

「私は……君のパパになれていたのかな?」

 愛を求められた私は、ちゃんと与えられたのだろうか?

「何それ……わからないよ」

 止まらぬ涙に、愛深は静かに瞼を閉じた。

「私には、本当のお父さんがいないし。でも、パパはパパで、きっとお父さんじゃないと思う」

 愛深は、そっと言った。
 私を傷つけないようにか、自分を傷つけないようにか、それはわからなかった。
 結局、私は愛深の望む存在にはなれなかった。
 彼女のワガママに付き合っていた気になっていたが、本当は違っていたのかもしれない。

「……すまない」

 そう言った瞬間、愛深が手を伸ばした。
 けれど、その手は途中で止まる。

 私の頬に触れようとして、けれど触れてはいけないとでもいうように、震えながら拳を握りしめた。

「……もう、いいよ」

 そう言って、彼女は後ろを向いた。

 愛深の姿が揺れる。
 いや、違う。
 目の前がぼやけているのは、私の方だった。

 彼女は何も言わなかった。
 私を呼び止めることも、振り向くこともなく、ただ立ち尽くしていた。

 私は、一歩踏み出した。
 もう一歩。

 背を向けると、妙に冷たい空気が肌を撫でる。

 手にかけたドアノブが、少し湿っているように感じた。
 それが自分の手の汗なのか、それとも別の何かなのか、考えるのはやめた。

 ゆっくりと、ドアが軋んだ。

 一歩外に出ると、廊下の照明がひどく眩しく感じた。
 まるで、長い夢から覚めたような――そんな錯覚がした。

 振り返らず、そのまま歩き出した。

 ヒーロー・チェーン。

 突然告げられた、物騒な都市伝説。
 死を前にして愛する人と自分とを天秤にかける様な、無粋な話。
 これは、愛を確かめるための物語だったのかもしれない。
 愛深と答えていたならば、彼女は泣かずに済んだのかもしれない。
 互いの温もりをもう一度確かめ合い、禁忌の中で美しい思い出として終われたかもしれない。
 家族を選んだ私には、もう愛深にかける言葉がなかった。

 愛深の姿が見えなくなった後、私は静かに息を吐いた。
 何かを終わらせた安堵なのか、それとも喪失の痛みなのか、自分でもわからなかった。

 その時だった。

 ひどく冷たい感触が首筋を撫でる。
 まるで何かに刻まれるような、じりじりと焼け付くような痛み。

「……っ」

 手を当てた指先に、確かに痣のざらつきを感じた。
 まるでそれが、決して逃れられない呪いであると告げるように──。
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