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Ep.2 恋人
.8 これが最後だから
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電話番号を消していなかったことは、迂闊だと思った。
いや――未練がましいと自嘲してしまった。
スマートフォンの液晶に表示される名前と番号は、一年近く前までは、毎日のように見ていたものだった。
癖で通話ボタンを押してしまい、瞬時に後悔が押し寄せた。
「もしもし、俺だよ俺」
これがオレオレ詐欺なら、とんだ笑い話で終わるのに──それは、耳に馴染んだ声だった。
「……翔」
何も言えなかった。
頭の中を、後悔だけがよぎっている。
「良かった。來未、もしかしたら電話出てくれないかもと思って」
私とは対称的に安堵を滲ませた声が聞こえてくる。
「どう、したの?」
「あ、あのさ……話があるんだ、会って話したい」
「話って何?」
「会って、話したい」
「……会えないよ。もう会えない」
織田翔と話しているのに、滴の顔が頭をよぎった。
元カレと話をしていることに背徳感を抱いているからか、ただ……今の事態から助けて欲しいからか。
私を捨てた男が平然とまた会いたいと言う。
私はそれに背徳感と怒り、そして哀しみが入り混じり、逃げ出したくなった。
「わかってる、全部俺のワガママだってわかってる。だけどさ、俺、來未のこと好きなままなんだよ。それだけはわかってほしい」
電話の向こうで懇願するように表情を歪ませてる翔の顔が、思い浮かんだ。
喧嘩した後に、怒る私に許しを得る為にする表情。
あの公園で、何度と見た顔。
「それをわかって、どうして欲しいの!?」
淡々と拒絶の意思を聞かせるつもりだったけど、織田翔は平気で踏み込んでくるので、私の語気が強くなった。
拒みたい。
できることなら、徹底的に拒みたい。
私は新しく、私を始めているのだから。
もう別れを告げたものに構うつもりは無い。
なのに――
電話を切れずにいるのは何故だろう?
「とにかく、会って話したいんだ。お願いだよ來未、これが最後でも構わないから。もう一度だけ、会ってくれないか?」
最後でも構わない、なんて言葉は昔から嘘臭いなと思っていた。
構わないなら会わなくてもいいじゃないか。
なのに、どうしてそんなに縋るように『もう一度』を願うのか?
もう一度会えさえすれば、口説き直せるとでも思っているのだろうか?
何故だか急に現実に引き戻された。
覚めてしまった。
最高の彼氏がいるのに、元カレへの未練に酔っていたのかもしれない。
ダメだダメだ、最悪だ。
「わかった、もう一度だけ会ってあげる。でも、これが最後だから」
最後なら構わない。
どんな魅力的な言葉を並べようと、どんな謝罪を並べようと、私を捨てた男を一発ぶん殴っておしまい。
最後なら、それでいい。
待ち合わせの場所は、いつもの場所だった。
季節は秋を過ぎて冬にさしかかるところで、少し肌寒かった。
毎年聞かされる《例年より暑い》夏を乗り越えて迎えた秋は暖かく、このまま行けば暖冬を迎えるらしい。
そんな中、織田翔はいち早く首にマフラーを巻いて防寒対策がしっかりしていた。
きっとアメリカ帰りで温度調整がおかしくなってるんだろう。
「話って、何?」
挨拶もせずに話を切り出した。
和やかな挨拶なんてしたいとも思わない。
「あ、ああ、あのさ……」
口ごもる織田翔に苛立ちが湧く。
言い訳と口説き文句を用意してきたんじゃないのか?
私はそれが並べたてられ次第、渾身の一撃をお見舞いしてやる気満々なんだけど。
「ヒーロー・チェーンを知ってるか?」
「……え?」
思いもよらない言葉に、間抜けな返事をしてしまった。
「何の話をしてるの?」
何故今そんな話題をする必要があるのだろうか?
私ははぐらかされてる気がして、苛立ちを隠さず問い返した。
「いや、だから、ヒーロー・チェーン」
私の苛立ちをわかっているのに、織田翔はその言葉を繰り返す。
「ふざけないでよ! 何で今そんな嘘臭い都市伝説の話なんか!?」
私の啖呵に織田翔は何も言わず、首に巻いたマフラーを外した。
「知ってるんだな、ヒーロー・チェーンのこと」
織田翔の首の右側に、縦に細長く伸びた黒い痣が見えた。
別れる前まで無かった、痣。
「それ……」
ワイドショーでキャスターが話していた内容が、朧気ながら脳裏に蘇る。
女子高生で流行ってる都市伝説。
首筋に痣が出来た人物の愛した人が、モンスターに殺される。
痣が出来た人物はヒーローに変身してそれを食い止められるが、変身後は死んでしまう。
「翔、まさか……」
言葉は続いて出てこなかった。
代わりに、頭に再生されるのは織田翔が電話で告げてきた言葉。
私を好きなままだということ。
最後でも構わない、ということ。
「來未、ごめんな。本当に今まで色々とさ、感謝してるし悪かったとも思ってる。夢追いかけて、一人でアメリカ行ってさ、來未への感謝とかそういうの改めて考え直してさ、んで……結果こんなことになっちまった」
織田翔は痣を擦りながら、自嘲気味に笑った。
「最悪だな、俺って」
虚ろな瞳に涙が滲んでいた。
あの頃には見ることのなかった、姿だった。
「あのさ、俺絶対來未のことは守るから。それだけは心配しないでほしい。來未をモンスターだかに殺させたりはしない!!」
いや――未練がましいと自嘲してしまった。
スマートフォンの液晶に表示される名前と番号は、一年近く前までは、毎日のように見ていたものだった。
癖で通話ボタンを押してしまい、瞬時に後悔が押し寄せた。
「もしもし、俺だよ俺」
これがオレオレ詐欺なら、とんだ笑い話で終わるのに──それは、耳に馴染んだ声だった。
「……翔」
何も言えなかった。
頭の中を、後悔だけがよぎっている。
「良かった。來未、もしかしたら電話出てくれないかもと思って」
私とは対称的に安堵を滲ませた声が聞こえてくる。
「どう、したの?」
「あ、あのさ……話があるんだ、会って話したい」
「話って何?」
「会って、話したい」
「……会えないよ。もう会えない」
織田翔と話しているのに、滴の顔が頭をよぎった。
元カレと話をしていることに背徳感を抱いているからか、ただ……今の事態から助けて欲しいからか。
私を捨てた男が平然とまた会いたいと言う。
私はそれに背徳感と怒り、そして哀しみが入り混じり、逃げ出したくなった。
「わかってる、全部俺のワガママだってわかってる。だけどさ、俺、來未のこと好きなままなんだよ。それだけはわかってほしい」
電話の向こうで懇願するように表情を歪ませてる翔の顔が、思い浮かんだ。
喧嘩した後に、怒る私に許しを得る為にする表情。
あの公園で、何度と見た顔。
「それをわかって、どうして欲しいの!?」
淡々と拒絶の意思を聞かせるつもりだったけど、織田翔は平気で踏み込んでくるので、私の語気が強くなった。
拒みたい。
できることなら、徹底的に拒みたい。
私は新しく、私を始めているのだから。
もう別れを告げたものに構うつもりは無い。
なのに――
電話を切れずにいるのは何故だろう?
「とにかく、会って話したいんだ。お願いだよ來未、これが最後でも構わないから。もう一度だけ、会ってくれないか?」
最後でも構わない、なんて言葉は昔から嘘臭いなと思っていた。
構わないなら会わなくてもいいじゃないか。
なのに、どうしてそんなに縋るように『もう一度』を願うのか?
もう一度会えさえすれば、口説き直せるとでも思っているのだろうか?
何故だか急に現実に引き戻された。
覚めてしまった。
最高の彼氏がいるのに、元カレへの未練に酔っていたのかもしれない。
ダメだダメだ、最悪だ。
「わかった、もう一度だけ会ってあげる。でも、これが最後だから」
最後なら構わない。
どんな魅力的な言葉を並べようと、どんな謝罪を並べようと、私を捨てた男を一発ぶん殴っておしまい。
最後なら、それでいい。
待ち合わせの場所は、いつもの場所だった。
季節は秋を過ぎて冬にさしかかるところで、少し肌寒かった。
毎年聞かされる《例年より暑い》夏を乗り越えて迎えた秋は暖かく、このまま行けば暖冬を迎えるらしい。
そんな中、織田翔はいち早く首にマフラーを巻いて防寒対策がしっかりしていた。
きっとアメリカ帰りで温度調整がおかしくなってるんだろう。
「話って、何?」
挨拶もせずに話を切り出した。
和やかな挨拶なんてしたいとも思わない。
「あ、ああ、あのさ……」
口ごもる織田翔に苛立ちが湧く。
言い訳と口説き文句を用意してきたんじゃないのか?
私はそれが並べたてられ次第、渾身の一撃をお見舞いしてやる気満々なんだけど。
「ヒーロー・チェーンを知ってるか?」
「……え?」
思いもよらない言葉に、間抜けな返事をしてしまった。
「何の話をしてるの?」
何故今そんな話題をする必要があるのだろうか?
私ははぐらかされてる気がして、苛立ちを隠さず問い返した。
「いや、だから、ヒーロー・チェーン」
私の苛立ちをわかっているのに、織田翔はその言葉を繰り返す。
「ふざけないでよ! 何で今そんな嘘臭い都市伝説の話なんか!?」
私の啖呵に織田翔は何も言わず、首に巻いたマフラーを外した。
「知ってるんだな、ヒーロー・チェーンのこと」
織田翔の首の右側に、縦に細長く伸びた黒い痣が見えた。
別れる前まで無かった、痣。
「それ……」
ワイドショーでキャスターが話していた内容が、朧気ながら脳裏に蘇る。
女子高生で流行ってる都市伝説。
首筋に痣が出来た人物の愛した人が、モンスターに殺される。
痣が出来た人物はヒーローに変身してそれを食い止められるが、変身後は死んでしまう。
「翔、まさか……」
言葉は続いて出てこなかった。
代わりに、頭に再生されるのは織田翔が電話で告げてきた言葉。
私を好きなままだということ。
最後でも構わない、ということ。
「來未、ごめんな。本当に今まで色々とさ、感謝してるし悪かったとも思ってる。夢追いかけて、一人でアメリカ行ってさ、來未への感謝とかそういうの改めて考え直してさ、んで……結果こんなことになっちまった」
織田翔は痣を擦りながら、自嘲気味に笑った。
「最悪だな、俺って」
虚ろな瞳に涙が滲んでいた。
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