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甘い甘いミルク&ハニー
しおりを挟む「俺を知る人間なんていなくなった。だから、俺を知ってもらってさ、すげぇ汚いとこまで知ってもらってさ、んで慰めてもらえたら気持ちいいかな、って」
川原は親指に強く力を込めた。
マキはぐっと息を漏らし、川原を掴んでいた手に力を込めた。
強く握る手。
しかし、それは振りほどこうとはせず、ただ離れないようにしがみついた。
川原は指に込めた力を弛めた。
呼吸が出来るようになり、マキは喘息のように咳き込んだ。
「……それで、気持ち良かったの?」
「いや、虚しかった」
マキは手を離した。
川原の腕の掴まれた部分は赤くなった。
爪が食い込んでいて、ほんのりと血が滲んでいた。
川原は腕をマキの背中に回し、マキの身体を寄せた。
マキの肩に顎を乗せる。
「けんじゃたいむ?」
「そう、俺、賢者になっちゃった」
マキは川原の頭を優しく撫でた。
ぐしゃぐしゃになった髪が愛しかった。
きっとこの男は愛に飢えている。
そして、その飢えを自分が満たすことはないだろう。
「私ね、何処も病気の無い健康体なの」
マキは赤子を寝かしつけるように川原の頭を優しくぽんぽんと叩きながら言った。
「夫もね、何処も病気の無い健康体なの」
川原は、うん、と相槌を打った。
「二人は愛し合ってる。それは今も変わらない。健康で健全な夫婦」
川原は、うん、と相槌を打った。
幸せな話を聞いてるはずなのに、教会で懺悔を告げられる神父の様な気分になった。
「でもね、子供には恵まれなかった」
うん、と相槌も打てず川原は鼻から息を吸った。
居酒屋で会った時に嗅いだ香水の匂いは消えて、ホテル特有のボディソープの匂いがした。
「二人にとってはどうでもよかった。天からの授かり物って言うし、いつかそのうちだって。でも、周りは違った」
マキの手がぽんぽんと川原の頭を叩く。
まるで授からなかった赤子の代わりのように。
「悪気は無いのよ、きっとね。でも自分達の言葉が小さな針だって気づく人はいなかった。子供はまだか?、そんな一言がぷすぷすと私たちに突き刺さった」
あまりに多くなってしまった針の抜き方をお互い知らなかった。
マキはぐしゃぐしゃになった川原の髪の毛を一本引っ張り抜いた。
白髪、とマキは笑う。
「それでね、子供が出来るんだったら誰のでもいいかなぁ、って思ったの」
そんな考えが浮かんで、気づけばそういう会社の面接を受けていた。
面接担当の男が、何でウチの作品に出ようと思ったのかと真面目な顔で尋ねるからマキは、お金が欲しくて、と嘘をついた。
それで自分は安っぽい女なんだと、設定ができた。
「ねぇ、サトシ。子供孕んだらどうする?」
冷たい声だった。
まるで別人の様な、感情の無い冷たい声。
マキの言葉は川原の頭の中で繰り返し響き、そのBGMとして突如リトル・グリーン・バッグが流れた。
サングラスをかけた黒いスーツ姿の男たちが、陽気な会話を楽しみながら銀行強盗へと赴く。
映画のシーンが走馬灯の様に頭に浮かぶ。
「旦那を殺す、かな」
マキが笑う。
鼻から息を漏らす様に笑い始め、川原の身体を押し退けて身体を丸め声に出して笑いだした。
やがて、笑い声はどんどん大きくなって部屋中を包んだ。
「そんなに笑うなよ」
「本当に殺せると思う?」
マキの言葉に頷いて返事をしながら、川原の頭の中では走馬灯がゆっくりと映画のシーンを流していた。
銀行強盗は失敗し、男たちはバラバラになった。
誰かが裏切ったから失敗したと、疑心暗鬼になり仲間割れを起こす男たち。
やがて男たちは銃を突きつけあい――。
「ね、だったら手伝って欲しいことがあるの」
いつの間にか笑いを抑え込んだマキが川原に抱きついた。
また唇を重ね、舌を絡める。
川原の下半身から沿うようにマキの手が上がってきて、首に触れて止まる。
マキの手には力は入らない、包み込む様に触れただけだ。
「私ね、旦那殺したの」
川原の身体が押し倒される。
「死体、棄てるの手伝って」
覆いかぶさるマキに、川原は眉をひそめた。
「・・・・・・え、マジで?」
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