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清泪─せいな

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IV

29 任せたと任せろ

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 残り一匹、というわけにはいかないことは武志もわかっていた。
 アースカの矢を受けて怯む魔狼に、武志は拳を振りかぶる。
 しかしその視界の端、通りの横、住居と住居の間の影で、新たな魔狼がじりじりと歩み寄っているのが見える。

「家の中にいる槍の男、聞こえるか!?」

 真っ直ぐに目の前の魔狼の頭を殴りつける武志。
 魔素を纏った黒鉄の拳が頭部を砕き、魔狼は粒子のように霧散していった。

「聞こえてるのか、返事をしてくれ!?」

 影より現れる新たな魔狼へと警戒を向けつつ、武志は背後の住居へと呼びかける。
 壁の壊れた住居の中で、先程殴り飛ばした男はすでに起き上がっているはずだ。

 槍を破壊され、どう反撃に出たものかと武志たちの様子を窺っていたスピュートは、突然の呼びかけにどう返すか悩んでいた。
 相手が何を考えているのか、槍が破壊された自分は何が出来るのか、その判断を相手から迫られているのだから厄介な話だ。

「動けるなら、今すぐその家の住人を安全な場所に誘導してやって欲しい!」

 スピュートの返事を待たずして武志は続ける。

「この狼の数、説明しなくてもヤバさはわかるだろ!?」

 スピュートが視線を動かし家の中を見ると、二階へ続く階段の上で屈んで一階の様子を窺っている住人家族がいた。
 “ヤバい”という言葉が、様子を窺う家族の不安をさらに煽ってしまっていた。
 怯える幼い子供に、それを抱きしめる母親、二人を庇うように前で構える父親。
 住居の前で大声で話しかけるものだから、この三人以外、隣の住居などにも聞こえているだろう。
 不安を煽りやがって、とスピュートは舌打ちをしたくなったが、しかしながら武志の判断も間違っていないとも思えた。
 今の状況は想像してたより悪い。
 数匹の魔狼を狩って、呼び込んだ犯人を捕まえれば終わり──スピュートも数分前までは、事態をその程度だと見くびっていた。
 しかしそれらは全て軽薄な考えで──

「わかった、住民の避難はギルドに任せろ」

 スピュートは武志にそう答え、先端の壊れた槍を拾い上げた。
 何も持たないよりはマシだろう、魔狼を突き放す程度には使えるはずだ。

「頼んだ! 厄介払いは任せろ!!」

 スピュートの言葉に武志は嬉々として返事し、気合を入れる。
 誤解だどうだはこの際後回しでいい。
 今はとにかく住民の避難、誰も被害に遭わせないことが最重要だ。

「アースカさん、槍の男が住人を避難させるからその援護を頼む!」

 武志の指示が飛ぶ中、話は聞いていただろうとスピュートは住居の家族を手招きで呼ぶ。
 鎧の胸の辺りに刻印されているフクロウを親指で指し示し、ギルドの人間であることを暗に説明するものの、そのフクロウの部分は武志の拳でへこみ変形していたので家族に対して不安を募らせる形になった。
 恐る恐る階段から降りてきた家族は、暗闇の中でスピュートの顔を見て、ようやく少し安堵したようだった。
 その反応に、スピュートは小さな驚きを覚えた。
 デトハーの街に特段尽くしてきた覚えはないが、長くギルドに籍を置いてきたことが、こんな形で役立つとは──
 こんな時、ブッレヤクサならば声だけで住民を安心させられたのだろうなと、スピュートは自分との違いを実感していた。


「タケシ殿の話は貴方がたも聞こえましたな。避難誘導に協力頂けると助かるのですが?」

 目の前の老人が何匹の魔狼を斬って捨てたか数え切れずにいたギルド員は、ヴィンドの問いに、わかっている、と返した。
 真偽不確かな情報であれ、疑わしいのは確かであり、その疑わしさが街への混乱を招いている可能性は僅かでもあるのだが、その疑わしき人物にこの数分間魔狼から守られ続けているのも事実であった。
 疑いはあれど敵意ではなく、恩もある以上、今さらヴィンドの提案を断る理由はなかった。

「スピュートさんと共に住人の避難誘導に専念する。魔狼の対処は任せてもいいのか?」

「もちろん──ですが、相手方の狙いは街を荒らすことにあるようですので、油断なきよう」

 ヴィンド、武志、アースカが魔狼の対処に善戦したとしても、この街に襲撃を仕掛けてきた者はそれに抵抗しようと集中することは無いだろう。
 狙いはデトハーという街、個々に集中することなく分散して攻められる。

「では、街の方々のことは任せましたよ、ギルドの皆さん」

 話しながらも一瞬の隙も見せずヴィンドは迫ってくる魔狼たちを斬り続けた。
 その剣さばきに圧倒されながらもギルド員の男は、任されたことをしっかりと全うすることを誓うように鎧の胸部にあるフクロウの刻印を叩いた。
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