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最終章 焼きそばパン大戦争
第百三十七話 紅く染まり、孤独に落ちて、彼女がやってくる
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「────」
荒くなっていた呼吸が、次第に静まっていく。ただし、落ち着いたわけではない。呼吸をする力すら失われつつあるのだ。
静まりかえったこの場所では、その僅かな呼吸音さえ響いていた。
ぼんやりとする意識の中で、空を見上げる。一面の紅葉が、夕陽に照らされ、濃淡の彩りを広げている。
何も来ない。
微動だにしない紅葉のように、そんなありえないことが頭をよぎる。
誰も来ない。
打ちつけた背中の痛みに顔を歪めながら、そんな叶わない思いが蘇る。
ふと、倒れ込んだ神社の階段に血が染み込まないか心配になった。物心ついた頃から世話になっている場所だ。汚してしまうのは申し訳ない。
いや、生まれる前から関係のある場所か。
嘲るような否定が頭をよぎる。彼女は身を起こそうとするが、細い身体は言うことを聞かない。代わりに、全身に痛みが駆け巡った。
小さく呻き、鋭く息を吐く。
自分の身体がどうなっているのか。それすら曖昧になるほど、痛みと痺れが全身に広がっていた。
もう、無理かもしれない。
諦めが心を覆う。
耐えていた恐怖に堪えきれず、瞳から涙が零れた。頭から流れる血と混じり、赤い雫となって地面に落ちる。
「あーあ……お腹すいたな……」
ぽつりと呟いた言葉が、紅葉に吸い込まれていくように消える。
自分の身体の状態もろくにわからないというのに、空腹であることだけは明確にわかった。
朝におにぎりを食べたっきりで、昼なんて把握も出来ないうちに過ぎていて、いつの間にやら夕陽が差していた。
腹が空いているのだと、身体や脳が訴えかけているということは肉体はまだ生を諦めていないということだろうか。
小早志真里亞に使役され、無数に現れる小鬼や、意識を持たない他の色の鬼に分家の者を次々と命を散らしていくのを目の当たりにした。
奈菜自身、殴られ蹴られ突き刺され、その身を満身創痍にしても戦い続け、死を間近に感じ続けていた。
小早志真里亞に殺されたとしても、姉の花菜が小早志真里亞を祓えばその死すら《なかったこと》になるということも頭に過ぎった。
母親である紗菜が姉と自分を連れて西生から逃げようとした時から、死がすぐ側にあるということの現実感は増していた。
命を削る力、鬼との対峙、同じ血筋の者達の死。
奈菜にとって、どこか死ぬということは軽いものであった。
自身の死も、他人の死も。
だから、《なかったこと》を前提とした命の使い捨ても躊躇いは無かったはずだった。
そう、思い込んでいた。
自我に目覚めた赤鬼に何度目かの打撃を加えられ、言うことの聞かない身体が宙へと浮かんだ時に、奈菜の中で死への恐怖というものが生まれた。
命の使い捨てもまともに出来ず、自分はただ失敗して死ぬのだ。
そう思った瞬間から、死はたまらなく怖いものであると理解出来た。
怯えは身体を硬直させて、奈菜を更なる窮地に追いやるだけだった。
気づけば寂れた神社の境内で倒れていた。
小早志真里亞を祓う為に花菜達が結界を張っているが、それによる侵入の拒絶をしなくても元々人が訪れないような場所。
静寂な場所で、僅かに零せた呟きすらも響くことなく消えていって、奈菜は孤独を感じていた。
孤独に、死へと、落ちて──。
「ハイ、焼きそばパン!」
朦朧とした消えゆく意識を繋ぎとめたのは、久しぶりに聞く声だった。
視界にはこの場には似つかわしくない焼きそばパンが映り込む。
「なんで・・・・・・ここに・・・・・・おるん・・・・・・」
眼前の焼きそばパンの先、突き出しているのは和美であった。
死の間際に見える走馬灯、そうだと疑いたくもなるが、そうでは無いのだとも奈菜には理解出来た。
「奈菜のことを、《お手伝い》しにきたの」
そう言うのだろうと予想していた言葉を、一字一句違えることなく和美が発する。
望む回答では無い。
望む《お手伝い》では無い。
和美にはもう、普通の女子高生として生きていって欲しかった。
そうでなければ、西生が彼女を祓うことになる。
「なんで・・・・・・ここに・・・・・・きたん・・・・・・」
自分の苛立ちが伝わればいいのに、と奈菜は思ったが、それがわかるようなら和美はここには来ていないだろうという諦めもあった。
総本家分家、方々に話を通すために頭を下げた努力を無下にされているのだけれど、それを伝えたところで和美は謝るだけで、だからといってこの場を去ることはしないだろう。
「とりあえず、食べて。話はそれから」
もう一言、文句を言ってやろうと口を開いたところに焼きそばパンを突っ込まれた。
満身創痍で身体の感覚もろくにわからない人間に、食事をしろと押し込むなんて酷い所業だなと思いながら、奈菜はどうにか口を動かし、焼きそばパンを咀嚼する。
口に広がるソースの味、程よいパンの食感。
幼い頃に好きだった、母親が作ってくれた懐かしい味。
不思議と身体に力が湧いてきて、朦朧としていた意識もだんだんと鮮明さを取り戻していく。
力が湧いた分、身体の認識が明確になり、痛みもハッキリとしていく。
じわりじわりと痛覚が機能を取り戻していき、痛みにまた意識を持っていかれそうになりながらも、焼きそばパンの咀嚼は進む。
鮮明になっていく視界が捉えた和美が着る茶色のジャンパーを見て、奈菜は今口にしている焼きそばパンが何であるかを理解した。
西生の力が僅かに込められた、母親が作った焼きそばパン。
荒くなっていた呼吸が、次第に静まっていく。ただし、落ち着いたわけではない。呼吸をする力すら失われつつあるのだ。
静まりかえったこの場所では、その僅かな呼吸音さえ響いていた。
ぼんやりとする意識の中で、空を見上げる。一面の紅葉が、夕陽に照らされ、濃淡の彩りを広げている。
何も来ない。
微動だにしない紅葉のように、そんなありえないことが頭をよぎる。
誰も来ない。
打ちつけた背中の痛みに顔を歪めながら、そんな叶わない思いが蘇る。
ふと、倒れ込んだ神社の階段に血が染み込まないか心配になった。物心ついた頃から世話になっている場所だ。汚してしまうのは申し訳ない。
いや、生まれる前から関係のある場所か。
嘲るような否定が頭をよぎる。彼女は身を起こそうとするが、細い身体は言うことを聞かない。代わりに、全身に痛みが駆け巡った。
小さく呻き、鋭く息を吐く。
自分の身体がどうなっているのか。それすら曖昧になるほど、痛みと痺れが全身に広がっていた。
もう、無理かもしれない。
諦めが心を覆う。
耐えていた恐怖に堪えきれず、瞳から涙が零れた。頭から流れる血と混じり、赤い雫となって地面に落ちる。
「あーあ……お腹すいたな……」
ぽつりと呟いた言葉が、紅葉に吸い込まれていくように消える。
自分の身体の状態もろくにわからないというのに、空腹であることだけは明確にわかった。
朝におにぎりを食べたっきりで、昼なんて把握も出来ないうちに過ぎていて、いつの間にやら夕陽が差していた。
腹が空いているのだと、身体や脳が訴えかけているということは肉体はまだ生を諦めていないということだろうか。
小早志真里亞に使役され、無数に現れる小鬼や、意識を持たない他の色の鬼に分家の者を次々と命を散らしていくのを目の当たりにした。
奈菜自身、殴られ蹴られ突き刺され、その身を満身創痍にしても戦い続け、死を間近に感じ続けていた。
小早志真里亞に殺されたとしても、姉の花菜が小早志真里亞を祓えばその死すら《なかったこと》になるということも頭に過ぎった。
母親である紗菜が姉と自分を連れて西生から逃げようとした時から、死がすぐ側にあるということの現実感は増していた。
命を削る力、鬼との対峙、同じ血筋の者達の死。
奈菜にとって、どこか死ぬということは軽いものであった。
自身の死も、他人の死も。
だから、《なかったこと》を前提とした命の使い捨ても躊躇いは無かったはずだった。
そう、思い込んでいた。
自我に目覚めた赤鬼に何度目かの打撃を加えられ、言うことの聞かない身体が宙へと浮かんだ時に、奈菜の中で死への恐怖というものが生まれた。
命の使い捨てもまともに出来ず、自分はただ失敗して死ぬのだ。
そう思った瞬間から、死はたまらなく怖いものであると理解出来た。
怯えは身体を硬直させて、奈菜を更なる窮地に追いやるだけだった。
気づけば寂れた神社の境内で倒れていた。
小早志真里亞を祓う為に花菜達が結界を張っているが、それによる侵入の拒絶をしなくても元々人が訪れないような場所。
静寂な場所で、僅かに零せた呟きすらも響くことなく消えていって、奈菜は孤独を感じていた。
孤独に、死へと、落ちて──。
「ハイ、焼きそばパン!」
朦朧とした消えゆく意識を繋ぎとめたのは、久しぶりに聞く声だった。
視界にはこの場には似つかわしくない焼きそばパンが映り込む。
「なんで・・・・・・ここに・・・・・・おるん・・・・・・」
眼前の焼きそばパンの先、突き出しているのは和美であった。
死の間際に見える走馬灯、そうだと疑いたくもなるが、そうでは無いのだとも奈菜には理解出来た。
「奈菜のことを、《お手伝い》しにきたの」
そう言うのだろうと予想していた言葉を、一字一句違えることなく和美が発する。
望む回答では無い。
望む《お手伝い》では無い。
和美にはもう、普通の女子高生として生きていって欲しかった。
そうでなければ、西生が彼女を祓うことになる。
「なんで・・・・・・ここに・・・・・・きたん・・・・・・」
自分の苛立ちが伝わればいいのに、と奈菜は思ったが、それがわかるようなら和美はここには来ていないだろうという諦めもあった。
総本家分家、方々に話を通すために頭を下げた努力を無下にされているのだけれど、それを伝えたところで和美は謝るだけで、だからといってこの場を去ることはしないだろう。
「とりあえず、食べて。話はそれから」
もう一言、文句を言ってやろうと口を開いたところに焼きそばパンを突っ込まれた。
満身創痍で身体の感覚もろくにわからない人間に、食事をしろと押し込むなんて酷い所業だなと思いながら、奈菜はどうにか口を動かし、焼きそばパンを咀嚼する。
口に広がるソースの味、程よいパンの食感。
幼い頃に好きだった、母親が作ってくれた懐かしい味。
不思議と身体に力が湧いてきて、朦朧としていた意識もだんだんと鮮明さを取り戻していく。
力が湧いた分、身体の認識が明確になり、痛みもハッキリとしていく。
じわりじわりと痛覚が機能を取り戻していき、痛みにまた意識を持っていかれそうになりながらも、焼きそばパンの咀嚼は進む。
鮮明になっていく視界が捉えた和美が着る茶色のジャンパーを見て、奈菜は今口にしている焼きそばパンが何であるかを理解した。
西生の力が僅かに込められた、母親が作った焼きそばパン。
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