最強料理人~三ツ星フレンチシェフの異世界料理道~

神城弥生

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ブイヤベース

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「あの腹の底に響くような衝撃を受けた後の躊躇なく私を踏みつけるその度胸と男気!そしてそのまま運河に突き落とす鬼畜さ!まさに私が探し求めていた男性!それが貴方だ旦那様!」
「ま、待て待て待て!止めろ!旦那様って呼ぶな!!」

 今日も異世界は平和だなー、とボーっと空を見上げるテツの前で、逃げようとするアドルフ殿の腕をクロエは離さず捕まえている。

「お前みたいなド変態の妻などいるか!!」
「ああ!ずぶ濡れで傷ついた私をさらに罵倒するのか!?まさに鬼畜!まさに理想!」
「ふざけるな!離せ!くそ!なんて力の強さだ!ええい!離れろ!」

 まるでコントのような二人を見てテツはボソっと呟く。

「そう、こうして冒険者アドルフは、ハーレムへの第一歩を歩むのだった……」
「やめろテツ!!聞こえてるぞこの野郎!!というか助けろ!!」

 叫び助けを求めるアドルフを放っておき、テツは氷の塊を飛び、サーペントを回収しに行った。クロエは性癖はアレだが、容姿は美しいし、貴族の嗜みを叩き込まれた彼女は普段は完璧人間だ。性癖はアレだが、きっといい奥さんになってくれるだろう。性癖はアレだが、これでアドルフは夢に一歩近づいたわけだ。

 サーペントをアイテムボックスにしまい込むと、テツは未だいちゃいちゃする二人を放っておき、小島に向かう。改めて見ると、そこは何もない小さな島で、ここで数日過ごすことになった彼らがこうして生き延びた事は奇跡のような物だと感嘆する。

 お互いの生存を一通り喜び合った後、騎士隊長ケイトが近くの騎士に問う。

「しかしお前達本当に良く生き延びててくれた。食事などはどうしたのだ?」
「はい!実は小島の周りに小魚や貝類が豊富にありまして!」
「そうなんですよ隊長!それで俺たちの鎧を鉄板代わりに、獣国の人たちと毎日バーベキューをしてました!!」
「遭難を楽しんでんじゃねえよ」

 そう答えた騎士たちは、次々にケイトに殴られ沈んでいった。しかしケイトも本気で怒っている訳ではないようだ。自分の部下が生き残り、そして自分の想像より部下たちが強かだったことが嬉しかったようだ。

「あ、え?小魚?貝?ちょっとすまん。その貝を見せてくれるか?」

 騎士の話を聞いたテツは、慌てて彼らに近寄り取った貝を見せてもらうことになった。

「む、ムール貝だと!?エビもいるじゃないか!!」

 見れば彼らはまだ数日生き延びられるくらいの魚介類を手に入れていた。本当に強かなものだ。テツは彼らに交渉して、それらを譲ってもらう事になった。テツはカプリの街で色々魚介類は仕入れたが、それでも多いに越したことはない。

 日は真上近くまで登っている。そろそろ昼だから、とケイトに相談し、テツは此処で皆のお昼ご飯を作る事になった。

「我々も微力ながら手伝おう」

 レイとミルとメルは待ちきれなかったのだろう。ゆっさゆっさと尻尾を振りながら手伝いを申し出てくれた。

 まずは材料を用意する。テツはアイテムボックスからサーペントの一部を取り出し、包丁で切断した。突如現れた巨大なサーペントの一部に皆驚くが、テツは気にすることなく調理器具と材料を並べていく。

 ・オリーブオイル・ニンニク・玉ねぎ・人参・セロリ・トマト・魚介類・白ワイン・香草類・サフラン

「まずはニンニク、玉ねぎ、人参、セロリをみじん切りにしてくれ」
「わかった」

 テツは材料を並べ三人の前に置く。メルとミルはこくりと頷き、そして手早く調理を始める。恐らく彼女等は料理経験者だろう。その手際の良さにテツも感嘆の息を漏らす。

 一方レイはすぐにテツに止められることとなる。玉ねぎの山を前にして、いきなり剣を抜き斬ろうとしたからだ。テツに背を押され、レイは早々に退場となる。

 材料を切り揃え、魚介類を洗ったら、いよいよ調理開始だ。

 まずはオリーブオイルを巨大なフライパンに入れ、そしてニンニク、玉ねぎ、人参を弱火でじっくり炒めて軽く塩を振る。

 これらはSuer(シュエ)と呼ばれる調理法で、日本語で訳せば「汗をかかせる」と言う意味だ。これはソースを作ったり、スープを作ったり、全ての状況で使える調理法。じっくり炒める事で、野菜の水分を十分に抜き、旨味だけを凝縮させるという訳だ。塩を軽く振ったのは、勿論味をつける意味もあるが、塩による脱水効果で野菜の水分を早めに抜くためでもある。

「なぁテツ殿。もっと強火で一気に焼いたほうが良くないか?私は腹が減ったぞ」
「馬鹿言え。料理ってのは焦ったら負けなんだ。できるだけ早く作るから待て」

 大衆居酒屋でも三ツ星レストランでも同じ、料理は下準備が全てだ。そこにどれだけの時間と愛情をかけられるかによって、料理の味が変わってくる。

 そしてセロリは後から入れるのがポイントだ。セロリは炒めるとその香りは抜けやすいため、ある程度他の野菜を炒めてからの方がいい。その方がセロリの持つ爽やかな香りが保たれる。

 野菜をじっくり炒めたら、今度はそこにトマトを入れて炒める。よく一般家庭でトマトを入れてからすぐに水を入れる人が居るが、そうするとトマトの酸味が全て残ってしまう。トマトの酸味が好きな人はいいが、基本的には軽く炒めて酸味を飛ばす。子供などがいる人は砂糖を一つまみ入れるとさらにまろやかな仕上がりになる。

 そしてある程度トマトの酸味が抜けたら大きな鍋に移し、香草類とサフランを入れて火にかける。今度は魚介類だ。

 まずはとサーペントの切り身、エビを炒める。完全に火を通す必要はない。軽く表面が焼ければそれで十分だ。

 先ほどこっそり味見をした時、サーペントの味はとても濃厚だった。サーペントはヘビとは思えない味で、それはまるで高級な鯛のようだと感じだ。

 それらに火入れたら、そこに貝類を入れ、そして白ワインを入れ蒸す。時間にしたら、貝類が完全に開いたら十分だろう。

 気が付けばテツの周りには皆が集まり、ソワソワした表情でテツを見ていた。恐らく彼らは料理の香りにつられてきたのだろう。テツはくつくつ笑いながら調理を続ける。

 後は簡単、魚介類を野菜とトマトの中へ入れて30分煮込めばいい(あまり長く煮込みすぎると魚介類が固くなってしまうので注意)。水分の量はお好みで。塩コショウで味を調えれば完成だ。

 ブイヤベースを作るポイントと言ったら、入れる魚介類の種類だろう。必ず生の物で、貝類、甲殻類、そして魚があれば完璧だ。そしてその種類もできるだけ出汁が出やすいものに限る。(例えば、鯛、カサゴ、ヒラメ、など)それさえ守れば地球で世界三大スープと呼ばれる「トムヤムクン」「フカヒレのスープ」に並ぶ「ブイヤベース」の完成だ。

 鍋から香る、野菜や香草、そして魚介類の香りに皆がうっとりとこちらを見ている。だが彼らには悪いがこれで終わりではない。

 ブイヤベースを作る間、別の鍋に沸騰させておいた塩水の中にパスタの面を投入し、8分茹でる。多少時間より早く麺を上げ、そして皿に盛りつけ、ブイヤベースをかければ「ブイヤベースのパスタ」の完成だ。最後に飾り付けとしてバジルを乗せる。

 麺を少し早く上げたのは、ここにいる人の人数が多いい為。もし時間ピッタリに麺を上げれば、それが彼らの手に渡り、口に運ばれるまでに麺はスープを吸い、少し伸びてしまう。だから少し早く麺を上げて、彼らの口に運ぶ瞬間が最高のタイミングとなるようにする。これがプロのちょっとした気遣いだ。

 いつの間にかテツの前には行列ができていた。メルとミルにも手伝ってもらい、それらを盛り付けると彼らの渡していく。

「う、うまい!!こんな濃厚な魚介の味のするパスタは初めてだ!!」
「本当に濃厚。香草の香りもよくて、食欲が進むわ!」

 そんな彼らの声を聞き、テツは口元を歪ませながら料理を盛り付けていく。最後に手伝ってくれたメルとミルにも大盛で盛り付け渡してあげる。

「どうだ?うまいか?」

 二人はコクコクと首を動かしながらも、その手を止めずにパスタを口に運んでいく。それを見て満足し、テツも自分の料理を口にする。

 ああ、なんて濃厚な味なのだろう。魚介のうまみ一つ一つがしっかりと感じられ、そして口の中で調和しハーモニーを奏でていく。実はぷりぷりとしていて歯ごたえもよく、そして味もしっかりと感じられる。野菜達もそうだ。セロリの爽やかな香りが鼻から抜け、野菜一つ一つのうまみがしっかりと感じられる。これは調理法もさることながら、食材一つ一つのポテンシャルが高いためだ。ここまでのブイヤベースをテツも食べたことがなかった。ああ、異世界の食材はなんて素晴らしいのだろう。

「テツ、ちょっといいか?」

 料理を食べ終わったところで、なんだか疲れ果てたアドルフに声を掛けられる。

「何だ?」
「ここでは、ちょっとな」

 いつになく真剣なその表情は深刻そうだ。どうやら結婚報告といった楽し気な話ではないらしい。

 テツはアドルフに連れられ、そして小島の端の人気のないところまで付いていった。
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