最強料理人~三ツ星フレンチシェフの異世界料理道~

神城弥生

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再会

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「すみませんでした!!」

 城の客間の一室。そこで休み、これまで考えた料理のレシピを書き記していたテツの前で、アドルフがきちんと服を着て頭を下げていた。

 アドルフが捕まってから三日後の事。テツはそろそろ城を出る事をボブに伝え、ささやかな送別会をしてらった。先日の食事会で王からお褒めの言葉と少しの褒美をもらった厨房の皆は、テツにお礼を言い別れを心から惜しんでくれた。

 テツが来てから料理の幅が広がった。知らない調理法を教えてくれ、共に切磋琢磨し新たな料理を開発してくれた。彼らにとってテツはお礼を言っても言い尽くせない程の恩を感じている。

「いや、こちらこそありがとう。皆の陰で、俺も進むべき道が見えた気がする」
 
 テツの言葉を受け、一番感動し涙を流したのはボブだった。そんな上司の姿は初めて見たと、皆が笑い慰め、そしてテツは厨房を後にした。

 いつでも帰ってこい。ここはお前の居場所だからな。お前は、俺たちの仲間だからな。ボブが最後に言った言葉は、テツにとってとても嬉しいものだった。どんな世界でも、同じ志を持った仲間は居るものだ。どこに行っても、料理の腕さえあれば、仲間は出来る。テツは改めて料理に感謝をし、部屋に戻った。

 次の日。まだ暫く城にいて欲しいとメイドに引き留められ、テツは部屋で待機していた。そんな時、アドルが現れ、いきなり頭を下げてきたのだ。

 別にもう怒ってないどない。確かに自分を売った事には頭に来たが、それをいつまでも引きづるほど子供ではない。それに、結果的にはアドルフは一人の女性を助けたのだ。寧ろ褒めてあげてもいいくらいだ。だが、そのまま許してはつまらないと、テツはちょっとアドルフをからかうことにした。

「俺がお前さんと出会った時、お前さんはパンツ一丁で魔物とお楽しみ中だったな。確か原因はノアの箱舟の捜査だったが、怪しい商人についていく決心をしたのは、その護衛をする冒険者の一人の少女がパンツを見せてきたからだったか?」

 テツの話に、アドルフは慌てた表情で顔を上げ何かを言おうとするが、それをテツが手で制す。

「でだ、今回女性を助けるフリをして、パンツ一丁で女性に馬乗りになった。それも、公衆の面前でだ。それをクロエが、カプリ伯爵が聞いたらどんな顔をするだろうな」

 テツの言葉を聞き、アドルフの顔がみるみるうちに青くなっていくのが分かる。テツは腕を組み、怒った表情で話すが、腹の中では大いに笑っている。

「か、勘弁してくれテツ。いや、テツ様!!後生だ!これ以上俺を追い詰めないでくれ……」

 今にも泣きだしそうな顔をし、許しを請うようにテツの足元に縋り付いてくるアドルフを見て、テツはとうとう我慢できずに噴き出してしまった。声を上げ大笑いしているテツを見て、それが冗談だと分かりアドルフは疲れた表情で地面にへたり込んでしまう。抗議したくても抗議できない。どちらの話も事実なだけに、アドルフは今後気を付けて行動しようと心に誓うのだった。

「しかし、貴族になる男は色々大変なんだな。今回の件、俺の想像以上に裏で色々あったと知って驚いたよ」

 テツは今回の件の事をメイドから聞き、驚いた事を思い出し話す。

 テツとアドルフの身に起きた事は、先も述べた通りだ。だが、アドルフが数日間牢に入れられていた事には、テツの知らない理由もあった。

 アドルフは伯爵家に婿入りする事となる。つまり、貴族の仲間入りするわけだ。そんな人間が公衆の面前で女性を襲った。これは貴族としては許すまじ好意だ。だが、アドルフとクロエの婚約は、まだ正式には発表されてはいない。それが発表されるのは、先日の決戦の日の後という話になっている。

 なので今回の件は、一般人が公衆わいせつ罪で捕まった。世間にはそう思わせ、罪を償わせたと示す必要がある。この時すでに婚約が発表されていたとなれば、話はかなりややこしい方向へと向かっていた。だがアドルフはまだ一応ただの平民扱い。ならばしっかりとこの件を終わらせてから、婚約という運びにした方がいいというアレクサンドロス王子の気づかいがあった為アドルフは数日間牢の中で過ごしたのだ。

「全く、色々な人に迷惑かけちまったよ。ところでテツさんは、あの女性がなんで襲われてたか聞いたか?」
「ああ、ノアの箱舟の影響だって話だ」

 貴族や兵士の中に紛れ込んだノアの箱舟。奴らの中には、商人に扮していた者もいるという。当然、それらはこの数日で全て捕らえることが出来た。だが、ノアの箱舟ではないが、その下で働いていたこの国の国民も多く存在し、上を囚われた事により働き口を失った人が暴れるという事件がここ数日で数件起きていた。

 今回の件で暴れまわっていた人は、表向きは奴隷商、裏の顔はこの城下町で人さらいをしていた集団の一味だったそうだ。切羽詰まった彼らはあの女性に目をつけ、わざとぶつかりイチャモンつけて攫おうとしていたわけだ。

「まぁそれもそろそろ打ち切りだろう。城の牢が満席になるほどの組織関係者を捕まえたんだ」
「まさか最後の一室を埋めたのが相棒だとは思わなかったがな」
「う、それは言わないでくれ……」

 テツの言葉にアドルフは顔を顰めて耳を塞ぎ、その後二人はくつくつと笑う。テツがこの城に来てから世話をしてくれているメイドが部屋に入ってきて、二人に紅茶を入れてくれる。どうやら彼女が最後までテツの世話をしてくれるようだ。窓際の小さなテーブルを挟み座る二人の前に、ほのかのピンク色をした花の香りがする紅茶が注がれる。紅茶を注ぎ終えるとメイドが一礼をし、部屋から出ていく。そのタイミングでアドルフが口を開き話を続ける。

「そう言えばお前さんは食事会の前に、同じ流れ人のダイスケってやつとまた会ったんだってな。銀龍王の居場所は分かったか?」
「ああ、それなんだが……」

 先日王都でダイスケと再会した際、テツはダイスケのチート能力でテツの最終目標である銀龍王の場所を探せないか相談していた。

 だが、結果的に言えば、探せなかった。あの能力は、ダイスケ自身の実力と比例してその範囲が広がっていくそう。まだまだ実力の低いダイスケの能力では、この国の半分くらいの範囲内にいるものしか示してくれないそうだ。それでも十分凄い能力だが……。

「成程。しかし女神さまのチート能力ってやつは凄いんだな。お前さんはもの凄い包丁を貰ったんだろ?俺も何かチート能力を貰いたかったぜ」
「まぁ、仮にも神様だからな。出来る事なら料理の神様にお会いしたかったが。因みにどんなチート能力が欲しかったんだ?」
「そうだなぁ。俺なら、透明になれる能力とかかな。誰にも察知されることなく女湯を、あ、いや。そうすればスパイ活動ももっと楽になって女湯を、あ、違うんだ。組織の偵察をこなせたのに」
「女湯覗くことしか考えてないだろお前。もう一度牢で頭を冷やしてきた方がいいんじゃないか?」

 全く反省してない相棒に呆れながら、テツは腰に添えてある包丁を手で撫でる。改めて色々考えてみても、自分にとってはこれがベストな選択だったと言えるだろう。

「お前さんがその包丁を研いでいるところを見たことないが、刃零れすることもないんだろ?」
「ああ。今の所全くないな。初めから俺の好みの形が分かっていたかのようにしっくりくる。怖いくらいに俺に適した包丁だよ」
「初めて会ったときに俺の手足に付いていた手錠も壊して見せたしな。あの後コックだと聞いて、コックの命ともいえる包丁で手錠を壊すコックの作る飯なんかどうせ旨くないだろ、なんて思っていたもんだ」
「そんな事考えていたのかよ。確かに食材以外の物に包丁を使うなんてコックとして二流だが、救える人の命をそんな拘りで見捨ててしまったらその前に人として三流以下のクズだろう」

 テツの答えに、アドルフは納得して頷く。確かに、テツは確かにあの時包丁を使ったが、それ以外では食材である魔物以外には包丁は使っていない。そう考えれば、テツは人としてもコックとしても超一流なんだろう。

 そんな他愛もない話をしていると、扉がノックされ先ほどのメイドが入ってきて一礼した後二人に告げる。

「テツ様、アドルフ様。アレクサンドロス王子より伝言を承っております。『正午過ぎに僕の自室に来て欲しい』との事です」
 
 王子の伝言に対し二人は了承した事を伝えると、メイドは再び一礼をして部屋を後にする。その後、二人は軽い昼食をとって、メイドに案内され王子のいる自室の中に入っていく。

「ああ、二人ともこっち来てくれ」

 部屋に入ると、そこには王子の他に貴族と思われる男女の姿が見えた。

「久しぶりだねアドルフ。元気そうで何よりだ」
「兄さん……」

 どうやら貴族の男性は、アドルフの実の兄らしい。突然の再会に固まるアドルフをみて、テツはまた面倒事に巻き込まれなければいいのだがとため息をついた。
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