平行世界遠眼鏡

穏人(シズヒト)

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 私の企みは成功しました。遠眼鏡に「私の妻を殺した犯人を映し出せ」と願ったら、すぐに一人の男を映しました。それは妻がかつて働いていた職場の同僚の男でした。私は有頂天になりました。これでこれで、私は妻を殺した犯人を殺してやることができる。しかし復讐に溺れた、恐らく他人からは常軌を逸したと思われるだろう私にも、まだ多少の正気は残っていました。はたしてこれは本当だろうか。この遠眼鏡の先の男は本当に、妻を殺した犯人だろうか。その当時の私には、遠眼鏡の力を証明するものは、前の持ち主の証言しかない。だから、見える男が本当に、犯人かどうかはわからない。
 私はまず、別の方法で遠眼鏡を試してみることにしました。やり方はこうです。見たい場所を指定するのです。そうすれば少なくとも、この遠眼鏡は望みの場所を映すということは証明できる。私は東京タワーの天辺を見ました。万里の長城も眺めました。エッフェル塔も眺めました。とりあえず思い付く限り、外観を知っている限りの観光地を眺めました。私は河原に座りながら世界一周旅行をしました。地上のみならず、上空も海底も、果ては宇宙に浮かぶ星の有り様さえも目の当たりにすることができました。少なくとも……場所だけには限りますが、指定した場所を見れるというのはどうやら本当のようでした。
 次に私は、望みの人物を見れるかどうかを試しました。私はその人物に、私自身を選びました。並行世界と言ってはいますが、私はいわゆるSFとかいうものにはこれっぽっちも造詣がなく、並行世界がどういうものか詳しいわけではありません。精々、我々が住んでいるのとは別の世界が存在し、そこに我々とほぼ同一の、姿も境遇も程近い、しかし別個の存在がいると、そのような朧げな認識をしているだけです。しかしそれで十分だった。少なくとも私には。であれば並行世界には、この私自身もいるはずですから、私自身を指定して、見れるかどうか試せば良かった。
 私は私を見つけました。並行世界にいる私を。しかし私は当初それを、並行世界の私だと認識できませんでした。何故ならそこにいる私は、あまりにも今この場にいる私自身にそっくりだから。そっくりどころじゃない。全くもって同じなのです。垢じみた肌も。何年も洗っていない顔も。通り掛かる人間が、いかにも臭そうに顔を歪めて『私』を避けていく様子さえ。濁った目で、そのくせ瞳の奥の奥に針のような憎悪を燃やして、幽鬼のようにふらふらと、あてどなく彷徨っているところも。ああ、私がいると思いました。あまりにも私が過ぎて、私は今ここにいる自分を見ているだけではと思いました。しかしここにいる私を遠眼鏡で覗いているだけであれば、この河原に座る私自身の姿がそのまま見られるはずなのです。でもね、遠眼鏡の中の私は、街頭の片隅にひとりぽつねんと立っていました。ボロボロになったビラを持ち、臭い服を引きずりながら、無視をする人々の群れに必死に訊ねているのです。私は妻を殺されました。最愛の妻でした。何か知っている方はいませんか。お願いです。助けてください。と。これはあくまで遠眼鏡ですから、遠眼鏡の向こうの景色の声までは聞こえませんけれど、何を言っているかはわかります。だってそれは、犯人を探し続ける紛れもない私だったから。私の言っていることですから、口元を見るだけでも何を言っているかわかります。この私と同じように、汚らしく髭を生やし、汚い服を身に纏って、人々に鼻をつままれながら、それでも、妻を殺した犯人を、今なお探し続ける私。私は遠眼鏡の中の私を眺め、そこにいるのは確かに並行世界の私だと認識することにしたのです。私と同じように妻を殺され、犯人を探し出そうと勝ち目のない勝負に挑み、遠眼鏡に出遭うことはなく、ふらふらと彷徨っている私。私は私を見つめながら、滝のように流れる涙を止めることができなかった。今すぐ教えてやりたかった。犯人を知っている。お前の世界での犯人は、妻の昔の同僚だったと。殺してこいと。私達の幸せを奪った罪人を、今すぐ殺しに行ってこいと。しかし私にはそんなことさえ伝える術はないんです。この遠眼鏡にできることは並行世界を垣間見るだけ。この向こう側に、干渉するどころか、声を聞くことも、声を聞かせることもできはしない。私は祈るように、並行世界の向こう岸の私を眺め続けました。今ここにいる私の涙が、声となって向こうの私に届きはしないかと願いました。
 しかし私の涙は届きはせず、私はいつまでも彷徨い続ける。並行世界の私は、犯人を探しながら、見つける術など存在せず、探し続ける。彷徨い続ける。

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