書簡体小説集、綴

穏人(シズヒト)

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純白

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 それから、翔太にとっては第二となる学校生活が始まりました。はじめの学校とは違い、翔太は楽しそうに学校に通い、楽しそうに、学校での出来事を私に話してくれました。
 翔太が私に話すのはもっぱらあなたのことでした。学校での翔太の様子、もちろん覚えておりますわよね? 翔太は学校に行きますとまずあなたに「おはよう」と言って、ランドセルを背負ったままあなたとおしゃべりを始めます。翔太は昨日の晩ご飯やテレビのことをあなたに話し、あなたは翔太の愉快な話を微笑みながら聞いております。ある日あなたは翔太に「ランドセルを置いてきたら? 重いでしょ?」と言ったそうですね。ランドセルの重みにまで気を遣ってくれるなんて、なんて優しい娘なんだろうと翔太は褒めておりましたよ。
 休み時間も翔太はあなたとおしゃべりを楽しみました。もちろん休み時間の間も、あなたは翔太の話に笑顔で聞き入っておりました。席はかなり離れていたため、授業中や給食の時間は一緒とはいきませんでしたけれど、昼休みになると共に翔太はあなたの席へと向かい、あなたはいつでも翔太のことを笑顔で迎えてくれました。移動教室はもちろんのこと行動を共にしましたし、体育は着替えが終わると即座に迎えに行きました。思春期でもあるまいし、わざわざ男女別にする必要はないと思うのですが、学校というものは妙なところを拘るものです。翔太もあなたと別れることに不便を感じておりましたし、子供の意見を反映し、着替えも男女共同で良かったのではと思います。
 とまあ、多少の不便はありましたけれど、あなたもよくご存知の通り、翔太とあなたは仲睦まじい友情を育んでおりました。しかしある日、思いも寄らぬ邪魔立てが二人の間に割り込みました。翔太がいつものようにあなたを迎えに行こうとすると、クラスの他の女子達が急に立ち塞がってきたのです。
「翔太さん、これ以上、彰子さんにつきまとわないで」
 翔太は最初、何を言われているのか理解ができなかったそうです。まったく当然のことですよね? そんなことを言われる筋合いはまったくもってないのですから。しかし餓鬼の雌共は、翔太とあなたを引き離すように自分達の身を割り込ませると、ゴミ捨て場の害鳥のようにギャアギャアと喚き始めたそうです。
「彰子さんはあなたに付きまとわれて本当に迷惑しているの」
「朝も休み時間も昼休みもずうっと付きまとってるし、それから体育の着替えの時間もトイレも付きまとってるでしょ?」
「そう言うのなんて言うか知ってる? ストーカーって言うんだよ。彰子さんあんたに付きまとわれてすごく怖いって泣いてるんだよ」
「デブで臭くてブサイクでただでさえ気持ちが悪いのに、付きまとわれて彰子さんがどんな思いをしているかわからないの?」
 翔太は、聞くに堪えない罵声を浴び、酷くショックを受けました。どうして、こんな謂れのない罵詈雑言を聞かされなければならないのでしょうか。翔太は悪いことなどしていません。あなたと、清く正しく美しい友情を築いていただけ。それなのに、どうしてそんなことを言われなければならないのでしょう。
 翔太は、最初こそショックを受けて呆然と立っていましたけれど、徐々に怒りが湧いてきて、腕がブルブル震えてきたので、最前列の女子に掴みかかり、押し倒し、その力強い腕で雌餓鬼の顔を盛大に殴りました。拳は見事に餓鬼の鼻にヒットしたので、翔太はそのまま、低い鼻をさらに潰そうと拳を打ち込み続けました。私はこの時の翔太を想像すると、胸が熱くなるような感動を覚えるのです。だってそうでしょう? 悪には毅然と立ち向かう、なんと素晴らしい行為でしょうか。確かに翔太は心の優しい、紳士的な男ですけれど、しかし理不尽な暴力には、時には勇を鼓して立ち向かわねばならないこともありますよね? 翔太はそれがきちんとできる。なんて立派なのでしょうか。将来、翔太がお嫁さんを貰ってきて、万一嫁が横暴な振る舞いをしてきたとしても、きっと翔太は毅然とした態度で嫁を躾けられるでしょう。ああ、なんと立派な子に育ったんだろうと、私は鼻が高くなる想いでいっぱいでございました。
 ですが、翔太のこの賞賛されこそすれ、咎められる理由など微塵もない素晴らしい行いは、またもや頭のおかしい教師に止められることとなりました。翔太はただ、理不尽な暴力に対して正当防衛をしただけなのに、何故咎められ、その上慰謝料を要求されなければならなかったのでしょうか。私はもちろん親として、毅然とした態度で翔太を守ろうとしましたけれど、これ以上騒ぐなら警察沙汰にすると不当な脅迫を受けました。もちろん翔太が悪いはずがないし、捕まるとしたら翔太を罵倒した餓鬼共の方だと思うのですが、万が一罷り間違って翔太にいらぬ火の粉が及び、翔太の将来に傷が付くようなことになったら大変ですから、渋々、雌餓鬼への慰謝料と、一ヶ月の停学を飲み込むより他にありませんでした。人の弱みに付け込んで金をせびってくるなんて、やはり頭のおかしい餓鬼の親は頭のおかしい人間ですね。本当に、こんな仕打ちばかりを受けて、私は翔太の境遇が不憫でなりませんでした。
 停学を申し渡された翔太は、アパートの隅で膝を抱えて座り込むようになりました。可哀想な翔太を慰めるため、私はお菓子をたくさん買い、翔太の好物をたくさん作り、おもちゃもゲームも翔太が欲しいだけ買ってあげると言いました。しかし翔太の元気は出ず、来る日も来る日も部屋の隅で膝を抱えて座っていました。途方に暮れた私は、あの手この手で翔太を喜ばせようとしましたが、どうにも上手くはいってくれず、そんなある日、翔太は窓の外を見つめながらぽつりとこんなことを言ったのです。
「彰子さんは本当に、僕が迷惑だったのかな」 
 私はハッと翔太を見ました。窓の外を見つめる翔太は、未だかつて無いほどに大人びて見えました。私は翔太ににじり寄ると、憂いを帯びたその瞳にそっと尋ねることにしました。
「彰子さんのことが気になるの?」
「うん」
「そう……翔太は、彰子さんに会いたい?」
 翔太はこくりと頷きました。それで私の心は決まりました。正直、翔太にはもっと相応しい相手がいるのではと思うのですが、しかしまだ子供ですし、ほどほどの相手が魅力的に見えることもあるでしょう。とにかく、私は母親として、翔太を全力で応援してあげることにしたのです。
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