書簡体小説集、綴

穏人(シズヒト)

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純白

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 私が即座に考えたのは、どうしたら翔太にあなたを会わせてあげられるかということでした。会いたい人間に会いに行くだけ、そのことに障害があるだなんておかしな話ですけれど、翔太を虐めた餓鬼共が何をしでかしてくるかもわかりませんし、いらぬ邪魔が入らぬよう、心を砕いてあげるのが母親の役割だと思いました。
 なので学校の近くに張り込んで、あなたが出てきたら後をつけ、あなたの家が何処にあるのか突き止めることに致しました。そんな遠回りをしなくても、学校に住所を教えてもらえればそれで済んだ話なのですが、「個人情報なので教えられない」の一点張りでございました。あなたの、翔太の恋人の家を教えて貰うだけなのに、個人情報などと断る理由が何処にあるのかと思いましたが、危ないことも多いご時世、そのような対応も仕方ないのかもしれませんね。
 とまあ、このように、多少の不便もありましたけれども、私の努力の甲斐あって、あなたの家自体は簡単に突き止めることができました。次の問題はいつ会わせるかです。私の危惧しました通り、あなたの周りにはあの頭のイカれた雌餓鬼共が群がっていました。友達は選ぶべきだと思うのですが、何故あなたはあんな餓鬼共と一緒に帰宅などしていたのでしょうか。非常に邪魔臭く、レンタカーを借りてきて轢き殺すことも考えましたが、もう少しだけ様子を見てみよう、という風にも考えました。あの餓鬼共も四六時中あなたにひっついているわけでもあるまいし、急いで翔太に何か累が及んでは大変ですので、レンタカーは一旦置いて、もう少しあなたの様子を伺ってみることにしました。
 そうしたら、週に一回、木曜日だけ、あなたが少し遅くに一人だけで帰宅することがわかりました。餓鬼共に何か用事があったのか、それともあなたに用事があったのか、そんなことはどうでもいいのですが、とにかく、翔太とあなたが会う絶好の機会だと思いました。私はさっそく翔太にこのことを伝えました。さぞ喜んでくれると思ったのですが、翔太の顔は何故か浮かないままでした。私がその訳を聞くと、翔太は可愛い顔を悲しそうに曇らせたまま言いました。
「彰子さんは僕に付きまとわれて本当に迷惑しているって」
「それはクラスの子達があなたに嫌がらせで言っただけよ。彰子さんがあなたのことを嫌がるはずがないじゃない」
「でも……」
「翔太は彰子さんに嫌がられるようなことをした? してないでしょう? 彰子さんもあなたのことが嫌だって一度でも言ったりした?」
 翔太は首を振りました。翔太は本当に思慮深く、気遣いのできる優しい子です。でも、だからこそ妙な輩に付け入られることもある。私は翔太の不安を拭い、勇気付けるために笑顔で言いました。
「どうしても心配ならプレゼントを持っていきましょう。それなら、彰子さんも絶対に嫌な顔なんてしないでしょう?」
 私は翔太を励ましつつ花屋さんへと連れていき、大輪のバラの花束を百本分買ってやりました。バラを貰って喜ばない女はいないでしょう? 真心を伝えるにはこれが一番だと思ったし、久しぶりの二人の再会にも相応しいと思ったのです。
 翔太にバラの花を持たせ、一番いい服を着せて、翔太と二人であなたのことを待ってあげることにしました。黒いスーツを綺麗に着こなし、赤いバラの花束を持つ翔太は、幼いながらも理想的で立派な男性に見えました。あなたがやってきました。私は翔太の肩を押しました。翔太は大輪のバラを抱えて、あなたへと突撃しました。
「彰子さん、僕だよ、翔太だよ」
 とてもロマンチックな一幕。それこそ本当に、ドラマのワンシーンにでもなりそうな完璧な一瞬でした。なのに、何を思ったのやら、あなたはまるで悲鳴のような奇声を上げて逃げ出しました。突然のことに翔太は余程驚いてしまったのでしょう、バラの花束を持ったまま立ち尽くしておりました。私は、咄嗟に機転を利かせ、電柱の影から駆け出してあなたの進路を塞ぎました。あなたはまた悲鳴のような声を上げ、反対側に逃げました。「追いかけるのよ!」私は言いました。翔太は慌てて駆け出しました。余程慌ててしまったのでしょう、翔太は駆け出す拍子にせっかくのバラを落としました。なので、私が代わりに拾い上げ、追いかけっこをする二人を追いかけてあげることにしました。
 あたりは暗くなっていました。その中を長い髪を振り乱しながら走る少女と、後を必死に追いかけるスーツ姿の幼い美男子。なんて惚れ惚れする光景だろうと走りながら思いました。私もバラを持ったまま一生懸命追いかけていると、あなたは寂れた神社の境内へと入り込みました。そのままお社へと上がり込み、その中に潜り込み、あなたは引き戸を押さえ付けて閉めてしまったようでした。翔太が私を振り返りました。「追いかけるのよ!」と私は再び言いました。それを聞いた翔太は勇を鼓し、お社へ閉じこもったあなたに声を掛けました。
「彰子さん、僕だよ、翔太だよ」
「彰子さん、君とお話がしたいんだ。僕は何か悪いことをしたかな?」
「彰子さん、僕は、あの、ねえ、お願い、話を聞いて」
 私の耳に届いたのは翔太の声だけでした。揉めているようにも聞こえましたが、若い二人に任せるべきと、温かく見守ることにしました。しかし正直、翔太があなたに恋心を抱いているなんて驚きました。先にも述べたように、翔太にはもっと相応しい相手がいるのではないかと思うのですが、我が子の恋に親が口を挟むなんて無粋ですものね。私はただ、母親として、温かく見守ろうと思いました。それが我が子を想う母にできる最大の務めだと思いました。
 それにしても本当に、我が子ながらなんてロマンチックなのだろうと思いました。スーツ姿でピシッと決め、百本の真紅のバラを持って、それもこんな美男子に情熱的に迫られて、嬉しく思わない女はいない。あなただってそう思うでしょ? なのに、なのに何故あなたは、あんなことを言ったのですか。
「何をしている!」
 ロマンチックな二人のやり取りは、無粋な声に止められました。制服姿のおまわりさん。ああ、何故市民の安全を守るべき公僕が、若く純粋な恋人達の邪魔をしたりするのでしょうか。しかしその後のあなたの仕打ちに比べれば、脳味噌の腐った公僕など可愛いものだったかもしれません。
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