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第10話家族の声、届かぬ想い
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あの夜から、屋敷の空気はどこか張り詰めたものになっていた。
番狐たちは交代で見回り、政宗も外へ出る回数を慎重に調整している。
私は屋敷の中で過ごす時間が増えたけれど、不思議と不自由ではなかった。
政宗がそばにいるだけで、心が落ち着いた。
――けれど。
その穏やかさは、突然破られた。
◆◆◆
昼過ぎ、庭の向こうにある結界の境界がふっと揺れた。
番狐が慌てて走り込んでくる。
「椿様! 結界の外に人影が!」
「人影……?」
「八代家の者です! おそらく……ご家族かと!」
胸がぎゅっと締めつけられた。
会いたいなんて気持ちは一切ない。
でも――“来た”という事実が、身体を固くさせた。
そこへ政宗が急ぎ足で現れた。
「椿様、大丈夫ですか?」
「……うん。でも、八代家の人が……」
「ええ。結界の外に三名。娘が一人、夫婦らしき二人もいます」
「……姉と、父と……母」
声が震えた。
政宗はそっと肩に手を置き、優しく言う。
「椿様が望まない限り、私が会わせることはありません。
……ですが、彼らはあなたに話があると主張しています」
「話……?」
胸が嫌に冷えていく。
その時、外から聞こえた。
「椿! いるんでしょう!? 少しでいいから顔を見せなさい!」
「椿! 心配しているのよ! 戻ってきなさい!」
「その妖を従える力があるなら、家に戻るべきだ! 八代家のためにも!」
胸の奥がザラッと削られるような声。
心配など一つもない。
そこにあるのは利用できるかもしれない娘への期待だけ。
私は無意識に政宗の袖を掴んでいた。
「……政宗、こわい……」
「大丈夫です。椿様の許しがなければ、彼らは一歩も入れません」
政宗は腕の中に私を抱き寄せ、結界の方へ向き直った。
「私が対応してまいります。椿様はここでお待ちを」
「ひとりで大丈夫……?」
「はい。彼らは結界に触れることすらできません」
政宗はそう言って微笑むと、
静かに庭を歩いて結界へ向かった。
◆◆◆
少し離れた場所から、二人のやり取りが聞こえてくる。
「政宗様でしょうか! どうか娘を返してください!
彼女はまだ子どもなんです!」
「椿は八代家の人間。あの子がいないと家が保たないんです!」
政宗の声は冷たくはない。だが、はっきりと線を引いていた。
「椿は、自らの意思で私の屋敷にいることを選びました。
あなた方が彼女を家のものだと呼ぶ限り、会わせることはできません」
「な、なんですって!?」
「娘なんですよ!? 親が連れ帰って何が悪いの!」
政宗は少しだけ間を置き、静かに言い返す。
「娘を出来損ないと呼び、家のためにしか扱ってこなかった者が親を名乗るのですか?」
空気が痛いほど静まりかえった。
私はその言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。
ああ、誰かが私のために、こんな風に言ってくれる日が来るなんて。
「椿は、私が守ります。
あなた方がどれほど求めようと、彼女はもう――あなた方の家族ではありません」
「っ……!」
外から姉の怒った声が聞こえた。
「どうせ、あの子があやかしに流されているだけよ!
借り物の力しかないくせに!
あなたも、どうせすぐ捨てるつもりでしょう!」
政宗の声が、今度ははっきりと怒りを帯びた。
「――椿を侮辱するな」
地面がわずかに震えた。
「彼女は力を持たないわけではない。
本来持っていた光を……あなた方が踏みにじっただけだ」
息を呑む音が外から聞こえる。
「椿の価値を理解しない者に、彼女を語る資格はない。
これ以上ここに留まるなら……結界があなた方を拒むでしょう」
「くっ……!」
やがて外の気配が遠ざかっていくのが分かった。
◆◆◆
政宗が戻ってくると、私は立ち上がって駆け寄った。
「政宗……だいじょうぶ……?」
「ええ。椿様が傷つくような言葉は、すべて私が受け止めました」
「……聞こえてたよ。
政宗が、私のために……あんなふうに言ってくれたの」
胸がいっぱいになる。
「椿様。あなたは出来損ないなどではありません。
……誰よりも優しく、誰よりも強い」
その言葉に涙がこぼれそうになる。
「政宗がいてくれて、よかった……」
「私はこれからも、ずっとそばにいます」
政宗はそう言って、そっと私の手を握った。
外の騒ぎは去ったけれど――
八代家はまだ諦めていない。
嵐は、きっとここから始まるのだ。
番狐たちは交代で見回り、政宗も外へ出る回数を慎重に調整している。
私は屋敷の中で過ごす時間が増えたけれど、不思議と不自由ではなかった。
政宗がそばにいるだけで、心が落ち着いた。
――けれど。
その穏やかさは、突然破られた。
◆◆◆
昼過ぎ、庭の向こうにある結界の境界がふっと揺れた。
番狐が慌てて走り込んでくる。
「椿様! 結界の外に人影が!」
「人影……?」
「八代家の者です! おそらく……ご家族かと!」
胸がぎゅっと締めつけられた。
会いたいなんて気持ちは一切ない。
でも――“来た”という事実が、身体を固くさせた。
そこへ政宗が急ぎ足で現れた。
「椿様、大丈夫ですか?」
「……うん。でも、八代家の人が……」
「ええ。結界の外に三名。娘が一人、夫婦らしき二人もいます」
「……姉と、父と……母」
声が震えた。
政宗はそっと肩に手を置き、優しく言う。
「椿様が望まない限り、私が会わせることはありません。
……ですが、彼らはあなたに話があると主張しています」
「話……?」
胸が嫌に冷えていく。
その時、外から聞こえた。
「椿! いるんでしょう!? 少しでいいから顔を見せなさい!」
「椿! 心配しているのよ! 戻ってきなさい!」
「その妖を従える力があるなら、家に戻るべきだ! 八代家のためにも!」
胸の奥がザラッと削られるような声。
心配など一つもない。
そこにあるのは利用できるかもしれない娘への期待だけ。
私は無意識に政宗の袖を掴んでいた。
「……政宗、こわい……」
「大丈夫です。椿様の許しがなければ、彼らは一歩も入れません」
政宗は腕の中に私を抱き寄せ、結界の方へ向き直った。
「私が対応してまいります。椿様はここでお待ちを」
「ひとりで大丈夫……?」
「はい。彼らは結界に触れることすらできません」
政宗はそう言って微笑むと、
静かに庭を歩いて結界へ向かった。
◆◆◆
少し離れた場所から、二人のやり取りが聞こえてくる。
「政宗様でしょうか! どうか娘を返してください!
彼女はまだ子どもなんです!」
「椿は八代家の人間。あの子がいないと家が保たないんです!」
政宗の声は冷たくはない。だが、はっきりと線を引いていた。
「椿は、自らの意思で私の屋敷にいることを選びました。
あなた方が彼女を家のものだと呼ぶ限り、会わせることはできません」
「な、なんですって!?」
「娘なんですよ!? 親が連れ帰って何が悪いの!」
政宗は少しだけ間を置き、静かに言い返す。
「娘を出来損ないと呼び、家のためにしか扱ってこなかった者が親を名乗るのですか?」
空気が痛いほど静まりかえった。
私はその言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。
ああ、誰かが私のために、こんな風に言ってくれる日が来るなんて。
「椿は、私が守ります。
あなた方がどれほど求めようと、彼女はもう――あなた方の家族ではありません」
「っ……!」
外から姉の怒った声が聞こえた。
「どうせ、あの子があやかしに流されているだけよ!
借り物の力しかないくせに!
あなたも、どうせすぐ捨てるつもりでしょう!」
政宗の声が、今度ははっきりと怒りを帯びた。
「――椿を侮辱するな」
地面がわずかに震えた。
「彼女は力を持たないわけではない。
本来持っていた光を……あなた方が踏みにじっただけだ」
息を呑む音が外から聞こえる。
「椿の価値を理解しない者に、彼女を語る資格はない。
これ以上ここに留まるなら……結界があなた方を拒むでしょう」
「くっ……!」
やがて外の気配が遠ざかっていくのが分かった。
◆◆◆
政宗が戻ってくると、私は立ち上がって駆け寄った。
「政宗……だいじょうぶ……?」
「ええ。椿様が傷つくような言葉は、すべて私が受け止めました」
「……聞こえてたよ。
政宗が、私のために……あんなふうに言ってくれたの」
胸がいっぱいになる。
「椿様。あなたは出来損ないなどではありません。
……誰よりも優しく、誰よりも強い」
その言葉に涙がこぼれそうになる。
「政宗がいてくれて、よかった……」
「私はこれからも、ずっとそばにいます」
政宗はそう言って、そっと私の手を握った。
外の騒ぎは去ったけれど――
八代家はまだ諦めていない。
嵐は、きっとここから始まるのだ。
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