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第二幕
白と黒の調べ Chapter.8
しおりを挟む双色の吸血姫達は、ようやく小汚い安息所へと帰って来た。
その外観を見上げ、カリナは軽い安心を抱く。
(取り立てて、異変は感じられんな。縦しんば何かあっても、心配には及ばんだろうが……そのために、メアリーのヤツを残しておいたのだから)
軋む階段を踏み登る。
先の経緯からか、互いに黙々と歩を刻むだけだった。
ひたすらに会話は無い。
激闘の疲労感もあるだろう。
されど、カーミラに限っては、それだけではなかった。
胸中を巡る思いが釈然としないからだ。
エリザベートの末路……ではない。
その事は既に割り切っている。
胸中に逡巡するのは、もっと別な事柄であった。
「ねえ、カリナ? ちょっといいかしら?」
黒外套に続いて登る最中、我慢しきれず訊ねる。
背後からの不意な訊い掛けに、カリナは無愛想な仮面を再武装した。
「何だ?」
「貴女の魔剣、いったいどういった代物なの?」
「フン……やはり、それかよ」
登りきると目的の部屋は、すぐ側である。
故か、カリナは踊り場で小休止とした。
対話応対が多少込み入るのを予測しての判断だろう。
「正直、感心したぞ。コレを組み敷ける者が、私以外にもいたとはな」
黒艶にくすむ樫の手摺へと背を預け、軽い優越を含んだ態度に返す。
相変わらず、軽視的な毒気を帯びた言い方だった。
「あら、そう思ったからこそ、投げ託してくれたんじゃなくて?」
「まあな。万にひとつの可能性だが、そうした展開が有り得るなら見たくもあったさ。それと、もうひとつ──」
「何かしら?」
「──〈伝説の吸血姫〉とやらが、無様にしくじるのも面白い……ともな」
悪戯的な笑みを浮かべている。
さりながら、敵意ではない。
そこから判断する限り、おそらく本気ではあるまい……と思いたい。
「それは残念な結果だったわね。で? いつから愛用しているのかしら?」
「最初からだ」
「闇暦以前の記憶が無いと伺ったけれど?」
「ああ、そうだったな。だから、私が認識した時点からの話さ」
「単刀直入に訊くけれど、それは何なの?」
「さあな。だが、コイツの中には〝ある者〟が棲む」
その事実は既に知っている──そう思いつつも、カーミラは言葉を敢えて呑んだ。
カリナ自身が把握している詳細を引き出すためである。要は探りだ。
が、ポーカーフェイス戦に於いては、流れ者の方が上手だったようだ。
「その面じゃ、オマエも会ったようだな」
微々たる不自然さを鋭敏に感じ取り、例の如き冷ややかな口調を先制する。
「ま、当然か。だからこそ、コイツを組み伏せる事ができた。一応は合点がいったぞ」
「お見通し……か」
カーミラは、はにかんだ苦笑に誤魔化した。
「会えたのは幸運だったな。でなければ、コイツは制御できん。さもなくば、オマエの魂すらも糧と喰らっただろうよ」
「糧と喰らう……つまりは〝生きている〟という事よね」
「ああ。操者の魂も、斬り捨てた敵も、等しくコイツの餌だ。そうして魔力底値を上げていく。戦えば戦う程、そして喰らえば喰らう程、コイツ自身が強くなるのさ」
「正直、驚いたわね。確かに〝自我〟や〝残留思念〟を宿す魔剣は、世に幾つか存在するわ。精製魔法によって付随形成された〝疑似〟人格もね。そうした魔剣は総じて稀少な武具だけれど……それは一線を画する」
「ま、おそらく唯一無二だろうな」
「ええ。その魔剣は〝魂〟そのものを内在させている。ううん、どちらかと言えば転生体に近い物よ」
「事実、そうなんだろうよ」
「その魔剣に巣喰う人が、誰かは御存知?」
「かつて、真名を聞き出した事がある。確か〝ジェラルダイン〟と言ったな。第一世代吸血鬼──つまり〈原初吸血鬼〉の魂らしい。だから私は、この魔剣を〈ジェラルダインの牙〉と名付けた」
浅く渇きを覚え始めた喉を柘榴啜りに潤す。
「相変わらず、続けるのね」
「……何がだ?」
「それ──柘榴よ」
白から指さされ、軽く嗜好品へと見入る。
「菜食主義も結構だけど、度が過ぎると身体に障るわよ」
「ほっとけよ」
カリナは軽く鼻を鳴らし、目線を逸らした。
こうした指摘である以上は、間違いなく柘榴の意味合いを見透かされている。
なんとも面白くない。
「適度に生き血を摂取しなければ、魔力も低下するわ」
「ハッ……先の戦闘で、私の魔力が劣っているように見えたかよ?」
(……そこなのよね)
カーミラが知る限り、カリナは吸血行為を断っている。
にも関わらず、魔力に陰りは無い。
自分に匹敵する強大さだ。
(蝕んでいないはずはないのだけれど……)
ともすれば、底値自体が高いという事だ。
稀にみる存在ではある。
それだけの魔力という事は、少なくとも第三世代以降ではあるまい。実に興味深い。
「まあ、いいわ。で、経歴は?」
「……どちらのだ?」
「どちらの?」
「剣か? 柘榴か?」
「剣よ」
「知らん。正直、興味が無いしな」
「そう」
それ以上は追求せずに、カーミラは話題を終息させる。
(十中八九、わたしが行き着いた〈真相〉に間違いないでしょうね。けれど、それを語り聞かせるタイミングは、いまではないわ。それよりも優先すべきは──)
想起した瞬間、カーミラの瞳は強い固執を燃え上がらせていた。
(──そう、最優先すべきは〈レマリア〉の存在!)
尋常ならざる凄みが魔眼に宿る!
けれども、それが表層化したのは数秒にも満たない。
自覚したカーミラは、すぐさま普段の貞淑な物腰へと返ったからだ。
その変化に気付けなかったカリナの迂闊さは、カーミラにとって幸いな油断である。
(事前に動揺させる事は、極力避けたいものね)
そして、実行すべき時期は遠くない──そんな予感を確信と抱いていた。
ガタつく扉を開くなり、満面の安堵が出迎える。
リック少年とメアリー一世であった。
「カリナ! マリカル!」
「御双方、どうやら御無事で……」
左腕の痛みを押し隠したカーミラが、憂いある苦笑を返答とする。
とはいえ、高貴なる純潔を損なう腹部の赤は、無言の心配を課したようだが。
一方でカリナは、そわそわと落ち着きを無くしていた。
まるで心在らずの様子だ。
その視線は、些か焦燥気味に周囲を捜している。
目敏く察知したカーミラが声を潜めて訊ねた。
「どうしたの?」
「いや、レマリアの姿が……」
「あら、あそこにいるのは違って?」
目線で指す先を追うと、柱時計の陰から若草色のスカート裾がはみ出ている。
それを認識したカリナは、ようやく平静さを取り戻したようだ。
「どうやら隠れきれないでいるらしいな」
「きっと怖くなって、隠れていたんじゃなくて?」
「ああ、そうか。そうかもな……」
「身の守り方、教えてあったんでしょう?」
「うむ。万ヶ一、私と離れた場合は、物陰へと隠れるように教えてあったはずだな──そうだとも」
「そうでしょう? きっと、それを守ったのね」
母性に染まる黒姫は隠れた女児へと歩み寄る。
その側で片膝付きに屈むと、悪戯っぽくスカート裾を軽く摘んでやった。
「……見えてるぞ」
ひょこりと顔を覗かせる無垢。
「わたし、みつかってないのよ? だって、ちゃんとかくえてますからねーだ」
拙い負けん気が「イーッ」と顔を歪めた。
どうやら簡単に見つけられた事自体が不服らしい。
そんな愛しいおしゃまさを、彼女は優しく抱き上げる。
「そうだな。だが〝かくれんぼ〟は、もう終わりだ」
「おわり?」
「ああ、敵がいない」
「おにさん、バイバイしちゃった?」
つまらなさそうに意気消沈していた。
その背中を軽く叩いて、あやしてやる。
カリナにしてみれば、駄々封じの先手は慣れたものであった。
親指吸いにおとなしくなったレマリアが、頭をコテンと胸枕へ委ねる。
それから左程も経たずに、幼女は微睡みへと落ちていった。
「……よく寝るヤツだ」
軽く呆れながらも、愛らしさに癒される自分がいた。
身体を揺り篭と泳がせ、たゆとう波長を共有する。
しばらくして、徐にリックが近付いてきた。
心無しか、その態度は怖ず怖ずとしているようにも見える。
「あのさ、カリナ?」
「何だ」
「う……ん、さっきリャムから聞いたんだけど……」
些か訊き辛そうに躊躇っていた。
察したカリナは、慣れた無愛想を装って促す。
「どうした? 黙っていても進展はないぞ」
「うん……じゃあ、思い切って訊くけどさ」
深い一息を吸うと、少年は迷いを断った。
その勢いのまま、意を決して疑問をぶつけてみる。
「カリナって〈吸血鬼〉なのか?」
「…………」
「…………」
「……フッ、今更かよ」
黒外套は砕けた苦笑を携え、その答えとした。
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