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第一章 14歳の真実
14 利害
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よし終わった、完璧だ。
岩崎はピカピカに磨かれて机の上に並べられたアダルトグッズを眺めて満足する。……壮観だ。
男性器を模したものが5個くらい、ローターは様々な形をしたものがこれも5個くらいあり、そのうちの一つは無線で遠隔操作ができるようだ。
他には肛門を弄ぶ器具、産婦人科に置いてありそうな金属製の道具……。手錠、浣腸器、体操服にブルマ、ポラロイドカメラ、縄跳びと……ガムテープ?
その美咲塾とやらの客は、加藤美咲の部屋で妄想の世界を現実にしていた……。しかも驚いたことに、どうやら一方的な性の搾取という単純なものではなかったようだ。
この売春で、弱味を握られて強制的に体を売らされていた女の子がもし一人でもいれば、その子は救い出してやらなければならないし、そこまで罪深い組織であったなら、いかに加藤の娘とはいえ、大々的かつ徹底的に捜査して、欲に駆られた男たちを捕まえる。……絶対に。
だが富永からの中間報告では、どうやらそうではないらしい。
加藤美咲という元締めを介していたとはいえ、少なくとも女の子たちには自主性が認められていたようだ。
加入の強制もなければ離脱の自由もあっただろう。
……秘密は守らなければならなかっただろうが。
こうなってくると、この種の事件の捜査は途端にデリケートなものになる。立件することで女の子の今後に与える影響を慎重に吟味しなければならないからだ。
特に今回の場合、女の子たちは警察などとは縁がない「お利口さん」の集まりなのだ。
親御さんが事実を聞いたらそれだけで卒倒するかもしれない。
さて、俺は俺の仕事をしようか。……おそらく富永の線では、実態は明らかになっても、肝心部分である自殺の動機には行き着かない。
岩崎は、卑猥なおもちゃ類をスポーツバッグに詰めてファスナーを閉め、仕上げに南京錠をかけた。
これでもう開けられない……。岩崎は会計課の女性事務に「結局鍵が合わなかったよ」と言ってバッグを返した。手には茶封筒を持っている。
……さあ、けりを付けようか。
およそ10分後、岩崎は再び応接室にいた。
机の上には茶封筒から出した書類がある。
最初に入っていた内の一枚、契約者情報は富永に持たせたから、今、机の上にあるのは通話記録の部分だ。
堤加南子が加藤美咲に持たせていた携帯電話……。
その電話番号の3ヶ月分の通話記録が記載されている。
そう、死の直前までの……。
「……その顔は間違いないな。お前だろ? これ」
岩崎は、目の前の青ざめた顔を見て確信した。
事故の日、最後の通話は東警察署からの着信だった。
「……はい、間違いありません」
「この子はこのあと死んだ。それは知っているな?」
「……はい」
「聞かせてもらおうか。洗いざらい」
「…………。」
「お前の処遇は事実を聴いてから判断する。それともお前がこの子を殺したっていうのか?」
「いえ、そんなことは……」
「なら聞かせろ。俺をなめてんのか?」
「いえ……分かりました……」
おそらくこれが動機に繋がる線だ。
こいつ……少年課の田代がかけた電話……。
それが最後の通話なのだから。
「……私は、育成条例の事件を調べていました」
「あの、富永を割り込ませた女の子の事件のことか?」
「いえ、別件です。同じ東中の生徒ですが。その電話番号はその別件の捜査で出てきたんです」
「……どんな事件なんだ?」
「単純な援交……と思っていました。男は一流企業の部長、女の子は学校でも優等生という組み合わせでした。初めはその二人がラブホテルから出てきたところを、たまたまパトロール中だったパトカーに見つかって職務質問を受けたんです。……明らかに女の子が幼かったので」
「で、地域課から報告が上がってきたんだな?」
「はい。二人が職務質問を受けたのは今月の頭でした。私は、まあ単純な事件だろうと思って、任意で別々に二人を呼び出して取調べをしたんです」
「……続けろ」
「携帯電話を提出させて調べたら、二人はそれぞれの携帯電話で直接に話もしていたんですが、何か、おかしな履歴があったんです」
「つまりそれが、堤加南子名義の携帯電話だな?」
「……はい。二人で話して待ち合わせを決めていた関係なのに、それに混じって、その、わざわざ堤加南子名義の電話番号を介して待ち合わせをしているときが何回かあったんです」
「最近……つまり先月辺りでも、か?」
「はい。まるで堤加南子という人に気を遣うように、わざわざ……です。それで履歴を遡っていくと、秋ごろまでは、すべて堤加南子の携帯電話を介して会っていたことが判りました」
「その番号は、二人の電話帳にはなんて登録されていたんだ?」
「男の方には『美咲塾』、女の子の方にはひらがなで『みさき』と。この番号のことを尋ねると、二人とも急に話が合わなくなったんです。『ボランティアで勉強をみていた』とか、『単なる友達』だとか。いずれにしろ、この番号の人物……堤加南子から話を聴く必要が出てきました」
「……それで、電話をかけたんだな?」
「……はい。そうしたら『ファミレスとかでなら会ってもいいです』と言うので、署の近くのファミレスで、夕方に待ち合わせをしました」
「なにを話したんだ? そこで」
「はい、ええと……まず、待ち合わせの場所にいたのが制服姿の中学生だったのにビックリしました。私は、電話の契約者である堤加南子が来るものとばかり思っていたので。美咲というのは偽名で、二人の前ではそう名乗っていたんだろうと見立てていましたし、電話口でも大人みたいな喋り方でしたし。思わず聞きました、『君は誰?』って」
……なるほど。ここまでの田代の動きには、まあ、問題はないだろう。もう少し詰めてから電話をかけてもよかったかもしれないが、小さな事件と考えていたのだから致し方ないかもしれない。
「……それで、お前の予想に反して現れた加藤美咲はどんな言い訳をしたんだ?」
「男の方……中村というんですが、こっちについて『中村さんはお父さんの大学の時からの友達』と説明して、その中村さんに友達の勉強をみてもらっていた、と。その上で『まさか手を出すなんて……信じられない』と言いました」
「下手な芝居だな」
「いえ、迫真の演技でした。『刑事さん、私、どうしよう』なんて言ってましたし」
「どのみち見え透いた嘘だ」
「……ええ、私もそんな話は信じませんでした。私が加藤美咲に携帯電話を見せてくれと言ったら『家に置いてきた』と言いました。これは確信犯、しかもこの件だけではない。そう思いました」
「……なるほどな、それで?」
「お前、これだけじゃないんだな? と言ったら、平然と『なんのこと?』と受け流しました。そして……」
「……そして?」
「今度は私を誘惑にかかりました。『刑事さん、私、お母さんがいないんだ』と切り出して『ねえ刑事さん。こんな話やめて、私と楽しいことしようよ。誰にも内緒でさ』って」
……無謀だ。そんな罠に引っ掛かる警察官はいない。
美咲ちゃんは本当にそんな取引ができると思っていたのか?
「……やぶれかぶれ、か」
「いえ、本気だったと思います。正直言って、私の頭の中では、リスクと欲求が交錯しました」
「おいおい……お前、福祉犯の担当だろ? そんな誘惑、一度や二度じゃないはずだ」
「はい。……そうなんですが、加藤美咲はいろんな言葉で食い下がってきました。泣き落としもありましたし、上目遣いで『どんなプレイでも……いいよ』と言ってみたり。……ああ、こんなことも言ってました」
「ん?」
「たしか、『刑事さんと同じで、私にも守らなきゃならないものがあるの。解ってよ』って。かなり印象に残りました。そして、加藤美咲には魅力がありました。とても中学生とは思えないほどの」
「……だが、お前さんは誘惑に乗らなかった」
「はい、あまりの懇願ぶりに、かえって私は、これはもしかしたら相当に根深いかもしれないと考えました。ですから私は『お前からは、もっと聞かなきゃならないことがありそうだな』って言ったんです。そうしたら、今度は急に『私帰るね。バイバイ』と言って席を立って出ていってしまったんです」
「そこまで怪しいと睨んだなら、親に身柄請けをもらわなきゃならんだろう」
「……申し訳ありません。こんな展開になるとは思いませんでしたので、親御さんの連絡先も聞いてませんでしたし、なにぶん、場所がファミレスだったので……」
計算済みか。あらかじめ携帯電話を隠したのも、ファミレスを指定したのも、全て最悪のケースを想定していたのだ。
そして実際に最悪の事態になった……。
聡明な加藤美咲の誤算……。美咲ちゃんは警察官という人種を見誤った。
警察官は、もちろん人一倍の正義感があるが、それ以上の特性は、罠やリスクを徹底的に嫌うことだ。それを見定める眼も鍛えられている。
世の中の色々な落とし穴、それに落とされた人間を嫌というほど見てきているのだから。
「そして、その帰りに事故で死んだ。お前はこれをどう思う?」
「……私のせい……だと思います」
「偶然のわけがない。そう思うんだな?」
「……はい」
「そうか。で、少年課長には報告したのか?」
「いえ……できませんでした」
「だが、事件の関係者と会うことは報告しなきゃならんはずだ。違うか?」
「はい、それは報告していました。でも、堤加南子という成人女性と会うと言ってありましたので……」
「……濁した、か」
「はい、頭が真っ白になっていたのでどんな言い方をしたのか思い出せませんが、収穫なし、というような報告をした……と思います」
「……そうか」
岩崎は眼を閉じて考える。自殺した女の子は、その直前に警察官と会っていた……。
なにか申し開きができるか? 結果は重大だ。たとえ全ての状況をつまびらかにしても、落ち度はゼロにはならないだろう。
「……岩崎課長。……私はどうなるんですか?」
「うーん……」
「課長……」
「……田代」
「……はい」
「どうなるかは、今は判らん。だが俺が指示するまで、この件は胸の内にしまっておけ。いいな?」
「……分かりました」
翌朝、いつもより早く出勤した岩崎は、刑事部屋の掃除をしていた富永を呼んだ。
「美咲塾の実態は掴めたか?」
「はい。それはもう」
自信ありげだ。こいつ、目的を忘れてないか?
「自殺の動機は掴んだか?」
「いえ、それはまだ……」
……まあ、そうなるだろう。
「二度手間はごめんだ。今から加藤の家に行く。そこで聞かせろ」
「……は、はいっ」
「ただし、昨日言ったとおり、お父さんへの恋心の話は抜きだ。いいな?」
「え……え?」
富永の顔が赤くなる。……こいつ、壊れたか?
「……美咲ちゃんが抱いていた恋心だ。お前のことは言ってない」
「…………。」
うつむいて、耳まで赤くしている。
やれやれだ。
マンションに向かう車中で、富永が尋ねてきた。
「そういえば、課長は何か見つけたんですか? 動機になりそうなこと」
「……なんとも言えん。まあ、加藤次第だな」
答えになっていないな、と自分でも思う。
富永も首を傾げているが、放っておこう。
マンションに着くと、まだ眠たそうな加藤が出迎えた。
……無理もない。なんだかんだといって、美咲ちゃんが死んでからまだ1週間も経っていないのだ。
ひとりの家で、寝付けない日を送っているのだろう。
「ああ、早かったな。ん、富永君、風邪でも引いたのか? 顔が赤いぞ」
「……いえ、大丈夫です……」
「そうか? ならいいんだが」
「加藤、心配ない。ちょっと熱があるだけだ。こいつは昨日、パンツ一丁で寝たらしい」
「なにを言い出すんですか、課長」
「……まあいい、入ってくれ。なにか温かいものを飲もう」
「はい……お邪魔します」
岩崎と富永は、今日はダイニングに通された。
テーブルが置かれていたはずだが、それがコタツに代わっている。
「なんだ加藤、いまさらコタツを出したのか?」
「ああ、テレビもここにあるんでな」
布団に入っても眠れず、コタツに入って、観る気にもなれないテレビを点けて過ごしているのだ。
岩崎は加藤の胸中を偲んだ。救い……か。
今できることは、とりあえず判ったことを報告することだけだ。
それが加藤の望んだことなのだから。
「富永、まずは理科の先生の話からだ」
「……はい」
富永は、昨日堤加南子から聞いた結果を事細かに説明し始めた。
「よし、救われた。ありがとう」
「……え?」
堤加南子からの話を聞き終えた加藤は、晴れた顔で宣言した。富永が思わず聞き返す。
「救いが……あったんですか? 今の話に」
「ああ、勝手ながら、俺のなかではな」
「……教えてもらっても……いいですか?」
「ああ、そうだな。救いはつまり、美咲は短い人生だったが、そのなかでも良き理解者を得て、情熱的な恋をし、それを成就させていた。その一点だ」
「……そうなんですか?」
「美咲にも、ちゃんと自分のために生きた部分があったんだ。俺が気掛かりだったのは、美咲の一生が、最期までなんの彩りもない灰色だったのではないかということだ。俺でも確信していなかった障害のことまで包み込んでもらって、愛すべき人と満たされた時間を過ごしていた。これ以上の救いはない」
「そうですか……」
加藤の顔を見れば判る……。
これは間違いなく本心だ。富永はまだ信じられない様子だが。
「人生は、ただ長ければいいというものではない。違うか? 富永君」
「え、あ、はい……そうかも、しれません……ね」
加藤の突然の上機嫌に富永も困惑気味だ。
そういえば富永は、美咲ちゃんが死んでからの加藤しか知らないのだ。無理もないか……。
「そうか……橋で見たあの人が……そうか」
富永を置き去りにして、加藤は感慨に耽っている。
しかし加藤、話はこれでは終わらないんだ……。
岩崎はそれを告げる。
「……おい加藤、残念だが話は続くぞ」
加藤が岩崎に向き直る。
「ああ、分かってる。美咲の罪……だな?」
「そうだ。先生からの話では実態が判らなかったから、富永がその、美咲塾の子から話を聞いた。……おい富永、続きだ」
「はい。私が会ったのは、美咲塾のメンバーでも古株で、ほとんど全部を知っていました……」
富永は美咲塾の子から聞いた話を説明する。
まだ岩崎も聞いていない話なので注意して耳を傾けた。
富永の話は続いていた。微に入り細に至るまで美咲塾のことを聞き出したようだった。
「進学組? ……進学とは高校入試のことか?」
「いえ、大学入試です。進学組の子にあてがわれていた客は、おもに有名大学の教授、もしくは大学の経営に関わる人でした」
「愛人契約のようなものか? しかし、大学入試まではまだ5年もあるんだぞ? その間、ずっと関係を維持しろというのか?」
「いえ、美咲ちゃんは、関係が切れても構わないと言っていたそうです」
「……どういうことだ?」
「『大丈夫、5年は縛れるから』だそうです」
「……それは、もしかして……時効か?」
「ご名答だ、加藤。ただの売春ではなくて児童売春になると、買った方も罰則がある。期限付きのハニートラップだ。それも含めて美咲ちゃんは自分たちの体を『今が最高値』と言っていたんだ。もっとも、客たちは関係を切るどころか美咲塾を竜宮城のように思っていたようだがな」
「美咲塾には他に『就職組』とか『一般組』とかがあったみたいで、この棲み分けは全部美咲ちゃんが取り仕切っていたので正確にはわかりませんが、『就職組』の客は一流企業のエリートで、女の子が受け取るお金は『進学組』より多かったみたいです」
「……呆れるしかないな、それにしても」
「『一般組』という括りがよく判らないんですが、いちばんおカネを受け取っていたのがこの『一般組』だったようなので、これは見返りのない単純な、おカネだけの売春だったのかもしれません」
「いったいどれだけいたんだ? その、体を売っていた女の子は」
「それがよく判らないんです。話を聞いた子の推測では、20人くらいじゃないかな、と言っていました」
「…………。」
「メンバーも、他に誰がいるのかは原則として知らなかったんです。女の子と客が会う時間はすべて美咲ちゃんがセッティングしていましたし、あえて知らない方がいいということを理解できる子ばかりでしたので」
「……罪深いな」
「美咲ちゃんは情報の管理も特殊でした。堤先生名義の携帯電話で女の子や客と連絡を取っていたんですが、SNSのIDがほとんど公式アカウントのように無価値になっていたのに、メールアドレスは美咲塾のメンバーだけしか知らないし、電話番号を知っていて美咲ちゃんと直接に電話で話すことができたのは、さらに限られたメンバーだけだったようです」
「逆だな、俺たちの感覚と」
「そうなんです。でも、これを聞いたとき、もしかしたらこの情報価値の置きかたは、これからの主流になるかもしれないと思いました」
「その可能性は充分にあるな。もしかしたら若い子の間では既にそうなっているのかもしれない。無意識に……かもしれないが」
「……ですよね。私もそう思いました」
罪深い話だが、「救われた」と言ってからの加藤は憑き物が取れたようで、穏やかに話を聞いていた。その加藤が思い出したように言う。
「そういえば危険ドラッグの話が出てこないな。美咲塾では蔓延していたんじゃないのか?」
「ああそれは、客や女の子は『媚薬』という認識しかなかったと思います」
「どうしてだ? あのバッグの中にあったのは、確かに脱法ハーブのようだったが」
「そうなんですが、美咲ちゃんはそれを水に溶かして、みんなに『媚薬』といって分けていたようなんです」
「なに? あれは普通……と言っても犯罪だが……こう、煙草みたいに火を点けて煙を吸うんじゃないのか?」
「はい、ですが美咲ちゃんはそれを水に溶かしていました。もともと成分を葉っぱに吹き付けて作るものらしいので……」
「それでその液体をどうするんだ? 注射するのか?」
ここで富永が間を置いた。そして少しうつむいて言う。
「……それは、あの……おしりの穴……から、その……浣腸器で……」
……おい富永、それはさすがにあざといだろう。
刑事なら刑事らしく「直腸から摂取していた」でいいじゃないか。
加藤に女を意識させようという魂胆がみえみえだ。
こんな子供だましに惑わされる加藤ではないぞ。
「そ、そう……か。それで……その、効き目があるんだな?」
うわあ、効いてやがる。
……そうか、加藤は堅物だから、こういうのに免疫がないのか。
盲点だった……。これは脈があるかもしれない。
岩崎は急に座り心地が悪くなった。
「効き目はある……みたいです。私も昨日、ネットで調べて初めて知りました」
「女の子がだいたい20人として、客……つまり男はどれくらい関わっていたんだろうな」
「女の子の数も客の数も、着実に増えていっていたようです。私が会った子は5人の客を持たされていました。これは多い方だと思う……とは言ってましたが。それから考えると客は70から80人……くらいですかね」
「5人を……か。その子はその……抵抗はなかったのかな」
「多少はあったと言ってましたが……実際はそんなになかったんじゃないですかね。女の子たちはみんな、まず美咲ちゃんの手解きを受けて快楽に目覚めてましたし、客も身持ちの堅い常識人ばかりで、みんな優しかったようです」
常識人だと? ローティーンの女の子の体を金で買う男たちのどこが常識人なんだ。
ここまであまり口を挟まぬようにしていた岩崎だったが、これには思わず物言いを付ける。
「おい富永、言葉を慎め。美咲塾の客のどこが常識人なんだ? 立派な犯罪者たちなんだぞ」
「……そうですね、すみません。ですが少なくとも当事者……つまり美咲塾の子にとっては、素敵な男性ばかりだったみたいです。あ、そういえば、美咲塾ではお客さんを『先生』と呼ぶように言われていたみたいですよ。美咲ちゃんから」
「ふん、たいした先生方だ」
「美咲塾はおカネ以上の見返りがあったんです。私が会った子は、学年上位の成績を維持するために毎日かなりの勉強をしてましたが『もう限界でした』と言ってましたし、両親からのプレッシャーも相当なものだったようです」
「見返りとはつまり、有名大学とのコネクション……か?」
「もちろんそれもあります。それもあるんですが、客の男性たちは女の子の勉強の悩みにも真剣に相談に乗ってあげて、いろいろアドバイスをしていたようです。立派な学歴の男性ばかりでしたので」
「……本来、親が果たすべき役割だな、その部分は」
「ええ、でも、昨日の子の親御さんは『勉強は大事』とは言うものの、いざ解らないところを聞かれると『そんなもの忘れた』と言って逃げるだけだったようです。美咲塾の先生の方がよっぽど頼りになった。……そう言ってました」
俺には耳が痛い話だ。岩崎はそう思った。
「そんな具合で、客と女の子の関係は円満だったようです。恋愛、というのとは違いますが、なんというか、安心……を得ていたようです。女の子たちにとって美咲塾は『救いの場』でもあったようです。それに……」
「……まだ何かあるのか?」
「得ていたおカネ……。これも少なくない女の子たちにとって、いわゆるお小遣いとは違ったようです」
「……学資、だな?」
「そうです。将来、もし国立大に受からなかった時に、有名私大に行ける資金です。親がちゃんと働いていても、経済的に苦しい家庭も多くなってますし」
「なんだか不思議な気分になってくる話だな」
岩崎は素直な感想を口にした。
「とにかく、美咲ちゃんは女の子を見る眼だけでなく、客となる男性を選ぶ眼も確かだったようです」
「しかし……それだけの客を美咲の部屋ひとつで捌いていたのか?」
「はい、そのようです。上手に時間を調整していたみたいですね」
「しかし営業日……というのもなんだか変だが、メインはその、美咲が部活を欠席していた火曜と木曜だろう?」
「そのほかにも、お父さんが出張の日は客をとっていたみたいです。この場合は深夜営業……それも親にうまく言い訳できる子は一晩中、ということも多かったみたいです」
「一晩中……。どうりで稼げるわけだな。客の単価も高そうだし……。まさに超が付くほどの高級秘密クラブだ」
「あ、それとまだ報告があります」
「……なんだ?」
「この家に入った空き巣、その犯人が判りました」
「なんだと?」
思ってもいない報告に驚く岩崎をよそに、富永はポケットから一本の鍵を取り出して卓上に置く。
鍵は持ち手部分がクマのキャラクターの形をしていた。
加藤に驚く様子はない。
「……合鍵、か」
「はい。昨日の子は美咲塾の古株で、美咲ちゃんの携帯番号を知るメンバーでした。そのメンバーは、美咲ちゃんが部活にでている日でも客と会う予定を組まれていたんです。美咲塾の中でも特に信頼されていたメンバー……ということですね」
「その子たち……何人なのかはしらないが、その子たちはみんな合鍵を持たされていたのか?」
「いえ、美咲ちゃんの指示で、これ以外の合鍵は作っていなかったようです。そのメンバー……具体的には4人だそうですが、その4人の間でしっかり管理されていたらしいです。『クマ』という隠語で」
「なんでそんな面倒くさいことを……」
「それだけこの4人には信頼をおいていた、という印でもあったようですが、『合鍵を量産すると、なし崩しになるよ』と言っていたそうです」
岩崎はまさに舌を巻く気持ちになった。
美咲ちゃん……いや、加藤美咲という人物は、命を落としていなかったらどんな大人になっていたのか……。
善に転んでも悪に堕ちても、どちらにしろ只者では終わらなかっただろう。
……加藤の子、か。天性の素質に特殊な環境が加わり、とんでもない人間を生み出していたようだ。
「つまり、その4人が空き巣に入ったんだな?」
「はい。正確には、お父さんが家を出て来るのを待って、一人はお父さんの行動を監視しました。お父さんが歩いて事故現場に行ったので携帯電話でゴーサインを出して、連絡を受けた残りの3人で空き巣に入ったそうです」
「目的は……携帯電話だな?」
「そうです。堤先生名義の携帯電話、それが美咲塾の命綱でしたから」
「だが携帯電話はなかった。美咲が隠滅していたからな」
「はい、ですので女の子たちは、てっきり携帯電話の中身が警察に渡ったものと思って、気が気ではなかったようです」
「それは……可哀想に」
相変わらずの人の好さ……天然だな、加藤は。
清濁にまみれる仕事をしているはずなのにこの性格を維持しているのは驚愕だ。
誰がこの男を憎めるだろうか……。
加藤は他人の心に気を遣いすぎる。
官僚などという仕事はこの男の精神をすり減らすだけではないのか?
美咲ちゃんはそんな父親を救けたいという一心で道を踏み外した……。
同級生が抱える不安と、刺激に飢える男の利害を一致させて。
「だいたい判った。ありがとう、富永君」
「いえ、そんな……。ありがとうございます」
「……なあ岩崎」
「ん?」
「この美咲の罪、どうなるんだ?」
「……お前はどう思うんだ?」
「判らん。償うにしても死んでるしな。でも言ってたじゃないか。被疑者死亡でも捜査はするんだろう?」
「意味のないことは、しないつもりだ」
「……つまり、どういうことだ?」
「まず危険ドラッグの件……これについては美咲ちゃん以外は単に『媚薬』と思っていたらしい。真偽は怪しいが、そういう建前をとっていたんだから、美咲塾の関係者に聞いたところでその建前を貫くだろう。この罪は美咲ちゃんが一人で抱えて逝ったことになる」
「売春は? これは申し開きの余地がなさそうだぞ」
「通常の売春は、元締めというか、させた側に罰則があるから、これは美咲ちゃん一人の罪だ。美咲ちゃんは罪を自分に集約させていた。たいしたもんだ、まったく」
「通常の売春は……と言ったな?」
「ああ、さっき時効の話のときにちょっと言ったが、売春防止法とは別に、いわゆる児童買春防止法というのがある。こっちは買った方、つまり客も罪を負う」
「……つまり、どうなるんだ?」
「この法の目的はひとつ、児童を守ることだ。弱みを握られたり、暴力を背景にして、性的な搾取を強制されることを防止するものだ。しかし法的にそもそも児童は判断が未熟としているから、児童の合意があったとしてもこっちの罪は成立する。美咲ちゃんと、客に」
「……じゃあ、客の男たちを捕まえるのか?」
「データは美咲ちゃんが隠してしまったが堤加南子名義の携帯の履歴、それも詳細を照会すれば、客の特定は可能だろう。だが……」
「だが……なんだ?」
「ここまで聞いた内容から考えるに、捜査をするのに不可欠な受け側、つまり女の子の協力は望めそうもない。これも結局、美咲ちゃんが一人で背負ったようなもんだ。つくづく念の入った仕掛けだよ。お前の娘は大した器だ」
「……警察としてはそれでいいのか? お前ひとりで揉み消すということにならないのか?」
「心配には及ばん。ちゃんと署長に報告するさ。真面目な女の子たちを無理矢理に取調べてまで捜査をすることはない。それこそ女の子たちの将来に悪影響がある」
「そうか、それならいいんだが」
「まあ、これは組織が判断することだ。とにかく俺のことを心配する必要はない」
「分かった。それを聞いて安心した。ああ、今日からはよく眠れそうだ」
加藤の表情はすっかり穏やかだ。そうだ、これがこいつの本来の顔だ……。
3人でコタツを囲み穏やかな時間が流れる中、岩崎は、同窓会の夜からのこの5日間を振り返る。
やはり加藤は格別だ。昔も今も自分の憧れなのだと思う。
……絶対に口には出さないが。
話が一段落し、ミカンを頬張っていた富永が思い出したように言う。
「……そういえば、死んだ動機が判りませんね」
「それは……まあ、想像するしかないな」
……ああ、そうだった。加藤の顔色を見て安心して、すっかり忘れていた。
言わねばならない。
「……加藤、その……動機のことなんだがな」
「やめ時だ、岩崎」
「なに?」
「お前が言ったんじゃないか。やめ時は俺が決めろって」
「……加藤」
「暴力や弱みとかの後ろ楯がない良心的な売春の元締めが破綻する理由など知れたものだ。背信、抜け駆け……。おおかたそんなところから足がついたんだろう。そして、それは俺にとって不要な情報だ。岩崎、俺は聞かないぞ。もうやめ時を宣言したんだからな」
そうだった。こいつはそういう奴だった。
「……分かった。恩に着る」
「それは俺の方だ。お前のお陰で美咲の死に目に間に合った……。それは他に替えようのない大恩、俺はそう思っている。お前のお陰で美咲は最期に笑ったんだからな」
「……そうか」
富永は話が飲み込めず、キョトンとしている。
「とにかく二人ともありがとう。色々とすっきりしたら、なんだか眠くなってきたくらいだ」
加藤は本当に眠そうだった。岩崎は富永を連れて加藤のマンションを出た。
「……お前、あれはあざとかったぞ、いくらなんでも」
署に戻る車の中、岩崎は富永に言った。
「なんのことですか? 課長」
とぼけやがって……。
まあ、この程度にしたたかじゃないとやっていけないか。
さて、こいつの想いは報われるだろうか……。
ひとつ楽しみができたな。
岩崎はそんなことを考えた。
岩崎はピカピカに磨かれて机の上に並べられたアダルトグッズを眺めて満足する。……壮観だ。
男性器を模したものが5個くらい、ローターは様々な形をしたものがこれも5個くらいあり、そのうちの一つは無線で遠隔操作ができるようだ。
他には肛門を弄ぶ器具、産婦人科に置いてありそうな金属製の道具……。手錠、浣腸器、体操服にブルマ、ポラロイドカメラ、縄跳びと……ガムテープ?
その美咲塾とやらの客は、加藤美咲の部屋で妄想の世界を現実にしていた……。しかも驚いたことに、どうやら一方的な性の搾取という単純なものではなかったようだ。
この売春で、弱味を握られて強制的に体を売らされていた女の子がもし一人でもいれば、その子は救い出してやらなければならないし、そこまで罪深い組織であったなら、いかに加藤の娘とはいえ、大々的かつ徹底的に捜査して、欲に駆られた男たちを捕まえる。……絶対に。
だが富永からの中間報告では、どうやらそうではないらしい。
加藤美咲という元締めを介していたとはいえ、少なくとも女の子たちには自主性が認められていたようだ。
加入の強制もなければ離脱の自由もあっただろう。
……秘密は守らなければならなかっただろうが。
こうなってくると、この種の事件の捜査は途端にデリケートなものになる。立件することで女の子の今後に与える影響を慎重に吟味しなければならないからだ。
特に今回の場合、女の子たちは警察などとは縁がない「お利口さん」の集まりなのだ。
親御さんが事実を聞いたらそれだけで卒倒するかもしれない。
さて、俺は俺の仕事をしようか。……おそらく富永の線では、実態は明らかになっても、肝心部分である自殺の動機には行き着かない。
岩崎は、卑猥なおもちゃ類をスポーツバッグに詰めてファスナーを閉め、仕上げに南京錠をかけた。
これでもう開けられない……。岩崎は会計課の女性事務に「結局鍵が合わなかったよ」と言ってバッグを返した。手には茶封筒を持っている。
……さあ、けりを付けようか。
およそ10分後、岩崎は再び応接室にいた。
机の上には茶封筒から出した書類がある。
最初に入っていた内の一枚、契約者情報は富永に持たせたから、今、机の上にあるのは通話記録の部分だ。
堤加南子が加藤美咲に持たせていた携帯電話……。
その電話番号の3ヶ月分の通話記録が記載されている。
そう、死の直前までの……。
「……その顔は間違いないな。お前だろ? これ」
岩崎は、目の前の青ざめた顔を見て確信した。
事故の日、最後の通話は東警察署からの着信だった。
「……はい、間違いありません」
「この子はこのあと死んだ。それは知っているな?」
「……はい」
「聞かせてもらおうか。洗いざらい」
「…………。」
「お前の処遇は事実を聴いてから判断する。それともお前がこの子を殺したっていうのか?」
「いえ、そんなことは……」
「なら聞かせろ。俺をなめてんのか?」
「いえ……分かりました……」
おそらくこれが動機に繋がる線だ。
こいつ……少年課の田代がかけた電話……。
それが最後の通話なのだから。
「……私は、育成条例の事件を調べていました」
「あの、富永を割り込ませた女の子の事件のことか?」
「いえ、別件です。同じ東中の生徒ですが。その電話番号はその別件の捜査で出てきたんです」
「……どんな事件なんだ?」
「単純な援交……と思っていました。男は一流企業の部長、女の子は学校でも優等生という組み合わせでした。初めはその二人がラブホテルから出てきたところを、たまたまパトロール中だったパトカーに見つかって職務質問を受けたんです。……明らかに女の子が幼かったので」
「で、地域課から報告が上がってきたんだな?」
「はい。二人が職務質問を受けたのは今月の頭でした。私は、まあ単純な事件だろうと思って、任意で別々に二人を呼び出して取調べをしたんです」
「……続けろ」
「携帯電話を提出させて調べたら、二人はそれぞれの携帯電話で直接に話もしていたんですが、何か、おかしな履歴があったんです」
「つまりそれが、堤加南子名義の携帯電話だな?」
「……はい。二人で話して待ち合わせを決めていた関係なのに、それに混じって、その、わざわざ堤加南子名義の電話番号を介して待ち合わせをしているときが何回かあったんです」
「最近……つまり先月辺りでも、か?」
「はい。まるで堤加南子という人に気を遣うように、わざわざ……です。それで履歴を遡っていくと、秋ごろまでは、すべて堤加南子の携帯電話を介して会っていたことが判りました」
「その番号は、二人の電話帳にはなんて登録されていたんだ?」
「男の方には『美咲塾』、女の子の方にはひらがなで『みさき』と。この番号のことを尋ねると、二人とも急に話が合わなくなったんです。『ボランティアで勉強をみていた』とか、『単なる友達』だとか。いずれにしろ、この番号の人物……堤加南子から話を聴く必要が出てきました」
「……それで、電話をかけたんだな?」
「……はい。そうしたら『ファミレスとかでなら会ってもいいです』と言うので、署の近くのファミレスで、夕方に待ち合わせをしました」
「なにを話したんだ? そこで」
「はい、ええと……まず、待ち合わせの場所にいたのが制服姿の中学生だったのにビックリしました。私は、電話の契約者である堤加南子が来るものとばかり思っていたので。美咲というのは偽名で、二人の前ではそう名乗っていたんだろうと見立てていましたし、電話口でも大人みたいな喋り方でしたし。思わず聞きました、『君は誰?』って」
……なるほど。ここまでの田代の動きには、まあ、問題はないだろう。もう少し詰めてから電話をかけてもよかったかもしれないが、小さな事件と考えていたのだから致し方ないかもしれない。
「……それで、お前の予想に反して現れた加藤美咲はどんな言い訳をしたんだ?」
「男の方……中村というんですが、こっちについて『中村さんはお父さんの大学の時からの友達』と説明して、その中村さんに友達の勉強をみてもらっていた、と。その上で『まさか手を出すなんて……信じられない』と言いました」
「下手な芝居だな」
「いえ、迫真の演技でした。『刑事さん、私、どうしよう』なんて言ってましたし」
「どのみち見え透いた嘘だ」
「……ええ、私もそんな話は信じませんでした。私が加藤美咲に携帯電話を見せてくれと言ったら『家に置いてきた』と言いました。これは確信犯、しかもこの件だけではない。そう思いました」
「……なるほどな、それで?」
「お前、これだけじゃないんだな? と言ったら、平然と『なんのこと?』と受け流しました。そして……」
「……そして?」
「今度は私を誘惑にかかりました。『刑事さん、私、お母さんがいないんだ』と切り出して『ねえ刑事さん。こんな話やめて、私と楽しいことしようよ。誰にも内緒でさ』って」
……無謀だ。そんな罠に引っ掛かる警察官はいない。
美咲ちゃんは本当にそんな取引ができると思っていたのか?
「……やぶれかぶれ、か」
「いえ、本気だったと思います。正直言って、私の頭の中では、リスクと欲求が交錯しました」
「おいおい……お前、福祉犯の担当だろ? そんな誘惑、一度や二度じゃないはずだ」
「はい。……そうなんですが、加藤美咲はいろんな言葉で食い下がってきました。泣き落としもありましたし、上目遣いで『どんなプレイでも……いいよ』と言ってみたり。……ああ、こんなことも言ってました」
「ん?」
「たしか、『刑事さんと同じで、私にも守らなきゃならないものがあるの。解ってよ』って。かなり印象に残りました。そして、加藤美咲には魅力がありました。とても中学生とは思えないほどの」
「……だが、お前さんは誘惑に乗らなかった」
「はい、あまりの懇願ぶりに、かえって私は、これはもしかしたら相当に根深いかもしれないと考えました。ですから私は『お前からは、もっと聞かなきゃならないことがありそうだな』って言ったんです。そうしたら、今度は急に『私帰るね。バイバイ』と言って席を立って出ていってしまったんです」
「そこまで怪しいと睨んだなら、親に身柄請けをもらわなきゃならんだろう」
「……申し訳ありません。こんな展開になるとは思いませんでしたので、親御さんの連絡先も聞いてませんでしたし、なにぶん、場所がファミレスだったので……」
計算済みか。あらかじめ携帯電話を隠したのも、ファミレスを指定したのも、全て最悪のケースを想定していたのだ。
そして実際に最悪の事態になった……。
聡明な加藤美咲の誤算……。美咲ちゃんは警察官という人種を見誤った。
警察官は、もちろん人一倍の正義感があるが、それ以上の特性は、罠やリスクを徹底的に嫌うことだ。それを見定める眼も鍛えられている。
世の中の色々な落とし穴、それに落とされた人間を嫌というほど見てきているのだから。
「そして、その帰りに事故で死んだ。お前はこれをどう思う?」
「……私のせい……だと思います」
「偶然のわけがない。そう思うんだな?」
「……はい」
「そうか。で、少年課長には報告したのか?」
「いえ……できませんでした」
「だが、事件の関係者と会うことは報告しなきゃならんはずだ。違うか?」
「はい、それは報告していました。でも、堤加南子という成人女性と会うと言ってありましたので……」
「……濁した、か」
「はい、頭が真っ白になっていたのでどんな言い方をしたのか思い出せませんが、収穫なし、というような報告をした……と思います」
「……そうか」
岩崎は眼を閉じて考える。自殺した女の子は、その直前に警察官と会っていた……。
なにか申し開きができるか? 結果は重大だ。たとえ全ての状況をつまびらかにしても、落ち度はゼロにはならないだろう。
「……岩崎課長。……私はどうなるんですか?」
「うーん……」
「課長……」
「……田代」
「……はい」
「どうなるかは、今は判らん。だが俺が指示するまで、この件は胸の内にしまっておけ。いいな?」
「……分かりました」
翌朝、いつもより早く出勤した岩崎は、刑事部屋の掃除をしていた富永を呼んだ。
「美咲塾の実態は掴めたか?」
「はい。それはもう」
自信ありげだ。こいつ、目的を忘れてないか?
「自殺の動機は掴んだか?」
「いえ、それはまだ……」
……まあ、そうなるだろう。
「二度手間はごめんだ。今から加藤の家に行く。そこで聞かせろ」
「……は、はいっ」
「ただし、昨日言ったとおり、お父さんへの恋心の話は抜きだ。いいな?」
「え……え?」
富永の顔が赤くなる。……こいつ、壊れたか?
「……美咲ちゃんが抱いていた恋心だ。お前のことは言ってない」
「…………。」
うつむいて、耳まで赤くしている。
やれやれだ。
マンションに向かう車中で、富永が尋ねてきた。
「そういえば、課長は何か見つけたんですか? 動機になりそうなこと」
「……なんとも言えん。まあ、加藤次第だな」
答えになっていないな、と自分でも思う。
富永も首を傾げているが、放っておこう。
マンションに着くと、まだ眠たそうな加藤が出迎えた。
……無理もない。なんだかんだといって、美咲ちゃんが死んでからまだ1週間も経っていないのだ。
ひとりの家で、寝付けない日を送っているのだろう。
「ああ、早かったな。ん、富永君、風邪でも引いたのか? 顔が赤いぞ」
「……いえ、大丈夫です……」
「そうか? ならいいんだが」
「加藤、心配ない。ちょっと熱があるだけだ。こいつは昨日、パンツ一丁で寝たらしい」
「なにを言い出すんですか、課長」
「……まあいい、入ってくれ。なにか温かいものを飲もう」
「はい……お邪魔します」
岩崎と富永は、今日はダイニングに通された。
テーブルが置かれていたはずだが、それがコタツに代わっている。
「なんだ加藤、いまさらコタツを出したのか?」
「ああ、テレビもここにあるんでな」
布団に入っても眠れず、コタツに入って、観る気にもなれないテレビを点けて過ごしているのだ。
岩崎は加藤の胸中を偲んだ。救い……か。
今できることは、とりあえず判ったことを報告することだけだ。
それが加藤の望んだことなのだから。
「富永、まずは理科の先生の話からだ」
「……はい」
富永は、昨日堤加南子から聞いた結果を事細かに説明し始めた。
「よし、救われた。ありがとう」
「……え?」
堤加南子からの話を聞き終えた加藤は、晴れた顔で宣言した。富永が思わず聞き返す。
「救いが……あったんですか? 今の話に」
「ああ、勝手ながら、俺のなかではな」
「……教えてもらっても……いいですか?」
「ああ、そうだな。救いはつまり、美咲は短い人生だったが、そのなかでも良き理解者を得て、情熱的な恋をし、それを成就させていた。その一点だ」
「……そうなんですか?」
「美咲にも、ちゃんと自分のために生きた部分があったんだ。俺が気掛かりだったのは、美咲の一生が、最期までなんの彩りもない灰色だったのではないかということだ。俺でも確信していなかった障害のことまで包み込んでもらって、愛すべき人と満たされた時間を過ごしていた。これ以上の救いはない」
「そうですか……」
加藤の顔を見れば判る……。
これは間違いなく本心だ。富永はまだ信じられない様子だが。
「人生は、ただ長ければいいというものではない。違うか? 富永君」
「え、あ、はい……そうかも、しれません……ね」
加藤の突然の上機嫌に富永も困惑気味だ。
そういえば富永は、美咲ちゃんが死んでからの加藤しか知らないのだ。無理もないか……。
「そうか……橋で見たあの人が……そうか」
富永を置き去りにして、加藤は感慨に耽っている。
しかし加藤、話はこれでは終わらないんだ……。
岩崎はそれを告げる。
「……おい加藤、残念だが話は続くぞ」
加藤が岩崎に向き直る。
「ああ、分かってる。美咲の罪……だな?」
「そうだ。先生からの話では実態が判らなかったから、富永がその、美咲塾の子から話を聞いた。……おい富永、続きだ」
「はい。私が会ったのは、美咲塾のメンバーでも古株で、ほとんど全部を知っていました……」
富永は美咲塾の子から聞いた話を説明する。
まだ岩崎も聞いていない話なので注意して耳を傾けた。
富永の話は続いていた。微に入り細に至るまで美咲塾のことを聞き出したようだった。
「進学組? ……進学とは高校入試のことか?」
「いえ、大学入試です。進学組の子にあてがわれていた客は、おもに有名大学の教授、もしくは大学の経営に関わる人でした」
「愛人契約のようなものか? しかし、大学入試まではまだ5年もあるんだぞ? その間、ずっと関係を維持しろというのか?」
「いえ、美咲ちゃんは、関係が切れても構わないと言っていたそうです」
「……どういうことだ?」
「『大丈夫、5年は縛れるから』だそうです」
「……それは、もしかして……時効か?」
「ご名答だ、加藤。ただの売春ではなくて児童売春になると、買った方も罰則がある。期限付きのハニートラップだ。それも含めて美咲ちゃんは自分たちの体を『今が最高値』と言っていたんだ。もっとも、客たちは関係を切るどころか美咲塾を竜宮城のように思っていたようだがな」
「美咲塾には他に『就職組』とか『一般組』とかがあったみたいで、この棲み分けは全部美咲ちゃんが取り仕切っていたので正確にはわかりませんが、『就職組』の客は一流企業のエリートで、女の子が受け取るお金は『進学組』より多かったみたいです」
「……呆れるしかないな、それにしても」
「『一般組』という括りがよく判らないんですが、いちばんおカネを受け取っていたのがこの『一般組』だったようなので、これは見返りのない単純な、おカネだけの売春だったのかもしれません」
「いったいどれだけいたんだ? その、体を売っていた女の子は」
「それがよく判らないんです。話を聞いた子の推測では、20人くらいじゃないかな、と言っていました」
「…………。」
「メンバーも、他に誰がいるのかは原則として知らなかったんです。女の子と客が会う時間はすべて美咲ちゃんがセッティングしていましたし、あえて知らない方がいいということを理解できる子ばかりでしたので」
「……罪深いな」
「美咲ちゃんは情報の管理も特殊でした。堤先生名義の携帯電話で女の子や客と連絡を取っていたんですが、SNSのIDがほとんど公式アカウントのように無価値になっていたのに、メールアドレスは美咲塾のメンバーだけしか知らないし、電話番号を知っていて美咲ちゃんと直接に電話で話すことができたのは、さらに限られたメンバーだけだったようです」
「逆だな、俺たちの感覚と」
「そうなんです。でも、これを聞いたとき、もしかしたらこの情報価値の置きかたは、これからの主流になるかもしれないと思いました」
「その可能性は充分にあるな。もしかしたら若い子の間では既にそうなっているのかもしれない。無意識に……かもしれないが」
「……ですよね。私もそう思いました」
罪深い話だが、「救われた」と言ってからの加藤は憑き物が取れたようで、穏やかに話を聞いていた。その加藤が思い出したように言う。
「そういえば危険ドラッグの話が出てこないな。美咲塾では蔓延していたんじゃないのか?」
「ああそれは、客や女の子は『媚薬』という認識しかなかったと思います」
「どうしてだ? あのバッグの中にあったのは、確かに脱法ハーブのようだったが」
「そうなんですが、美咲ちゃんはそれを水に溶かして、みんなに『媚薬』といって分けていたようなんです」
「なに? あれは普通……と言っても犯罪だが……こう、煙草みたいに火を点けて煙を吸うんじゃないのか?」
「はい、ですが美咲ちゃんはそれを水に溶かしていました。もともと成分を葉っぱに吹き付けて作るものらしいので……」
「それでその液体をどうするんだ? 注射するのか?」
ここで富永が間を置いた。そして少しうつむいて言う。
「……それは、あの……おしりの穴……から、その……浣腸器で……」
……おい富永、それはさすがにあざといだろう。
刑事なら刑事らしく「直腸から摂取していた」でいいじゃないか。
加藤に女を意識させようという魂胆がみえみえだ。
こんな子供だましに惑わされる加藤ではないぞ。
「そ、そう……か。それで……その、効き目があるんだな?」
うわあ、効いてやがる。
……そうか、加藤は堅物だから、こういうのに免疫がないのか。
盲点だった……。これは脈があるかもしれない。
岩崎は急に座り心地が悪くなった。
「効き目はある……みたいです。私も昨日、ネットで調べて初めて知りました」
「女の子がだいたい20人として、客……つまり男はどれくらい関わっていたんだろうな」
「女の子の数も客の数も、着実に増えていっていたようです。私が会った子は5人の客を持たされていました。これは多い方だと思う……とは言ってましたが。それから考えると客は70から80人……くらいですかね」
「5人を……か。その子はその……抵抗はなかったのかな」
「多少はあったと言ってましたが……実際はそんなになかったんじゃないですかね。女の子たちはみんな、まず美咲ちゃんの手解きを受けて快楽に目覚めてましたし、客も身持ちの堅い常識人ばかりで、みんな優しかったようです」
常識人だと? ローティーンの女の子の体を金で買う男たちのどこが常識人なんだ。
ここまであまり口を挟まぬようにしていた岩崎だったが、これには思わず物言いを付ける。
「おい富永、言葉を慎め。美咲塾の客のどこが常識人なんだ? 立派な犯罪者たちなんだぞ」
「……そうですね、すみません。ですが少なくとも当事者……つまり美咲塾の子にとっては、素敵な男性ばかりだったみたいです。あ、そういえば、美咲塾ではお客さんを『先生』と呼ぶように言われていたみたいですよ。美咲ちゃんから」
「ふん、たいした先生方だ」
「美咲塾はおカネ以上の見返りがあったんです。私が会った子は、学年上位の成績を維持するために毎日かなりの勉強をしてましたが『もう限界でした』と言ってましたし、両親からのプレッシャーも相当なものだったようです」
「見返りとはつまり、有名大学とのコネクション……か?」
「もちろんそれもあります。それもあるんですが、客の男性たちは女の子の勉強の悩みにも真剣に相談に乗ってあげて、いろいろアドバイスをしていたようです。立派な学歴の男性ばかりでしたので」
「……本来、親が果たすべき役割だな、その部分は」
「ええ、でも、昨日の子の親御さんは『勉強は大事』とは言うものの、いざ解らないところを聞かれると『そんなもの忘れた』と言って逃げるだけだったようです。美咲塾の先生の方がよっぽど頼りになった。……そう言ってました」
俺には耳が痛い話だ。岩崎はそう思った。
「そんな具合で、客と女の子の関係は円満だったようです。恋愛、というのとは違いますが、なんというか、安心……を得ていたようです。女の子たちにとって美咲塾は『救いの場』でもあったようです。それに……」
「……まだ何かあるのか?」
「得ていたおカネ……。これも少なくない女の子たちにとって、いわゆるお小遣いとは違ったようです」
「……学資、だな?」
「そうです。将来、もし国立大に受からなかった時に、有名私大に行ける資金です。親がちゃんと働いていても、経済的に苦しい家庭も多くなってますし」
「なんだか不思議な気分になってくる話だな」
岩崎は素直な感想を口にした。
「とにかく、美咲ちゃんは女の子を見る眼だけでなく、客となる男性を選ぶ眼も確かだったようです」
「しかし……それだけの客を美咲の部屋ひとつで捌いていたのか?」
「はい、そのようです。上手に時間を調整していたみたいですね」
「しかし営業日……というのもなんだか変だが、メインはその、美咲が部活を欠席していた火曜と木曜だろう?」
「そのほかにも、お父さんが出張の日は客をとっていたみたいです。この場合は深夜営業……それも親にうまく言い訳できる子は一晩中、ということも多かったみたいです」
「一晩中……。どうりで稼げるわけだな。客の単価も高そうだし……。まさに超が付くほどの高級秘密クラブだ」
「あ、それとまだ報告があります」
「……なんだ?」
「この家に入った空き巣、その犯人が判りました」
「なんだと?」
思ってもいない報告に驚く岩崎をよそに、富永はポケットから一本の鍵を取り出して卓上に置く。
鍵は持ち手部分がクマのキャラクターの形をしていた。
加藤に驚く様子はない。
「……合鍵、か」
「はい。昨日の子は美咲塾の古株で、美咲ちゃんの携帯番号を知るメンバーでした。そのメンバーは、美咲ちゃんが部活にでている日でも客と会う予定を組まれていたんです。美咲塾の中でも特に信頼されていたメンバー……ということですね」
「その子たち……何人なのかはしらないが、その子たちはみんな合鍵を持たされていたのか?」
「いえ、美咲ちゃんの指示で、これ以外の合鍵は作っていなかったようです。そのメンバー……具体的には4人だそうですが、その4人の間でしっかり管理されていたらしいです。『クマ』という隠語で」
「なんでそんな面倒くさいことを……」
「それだけこの4人には信頼をおいていた、という印でもあったようですが、『合鍵を量産すると、なし崩しになるよ』と言っていたそうです」
岩崎はまさに舌を巻く気持ちになった。
美咲ちゃん……いや、加藤美咲という人物は、命を落としていなかったらどんな大人になっていたのか……。
善に転んでも悪に堕ちても、どちらにしろ只者では終わらなかっただろう。
……加藤の子、か。天性の素質に特殊な環境が加わり、とんでもない人間を生み出していたようだ。
「つまり、その4人が空き巣に入ったんだな?」
「はい。正確には、お父さんが家を出て来るのを待って、一人はお父さんの行動を監視しました。お父さんが歩いて事故現場に行ったので携帯電話でゴーサインを出して、連絡を受けた残りの3人で空き巣に入ったそうです」
「目的は……携帯電話だな?」
「そうです。堤先生名義の携帯電話、それが美咲塾の命綱でしたから」
「だが携帯電話はなかった。美咲が隠滅していたからな」
「はい、ですので女の子たちは、てっきり携帯電話の中身が警察に渡ったものと思って、気が気ではなかったようです」
「それは……可哀想に」
相変わらずの人の好さ……天然だな、加藤は。
清濁にまみれる仕事をしているはずなのにこの性格を維持しているのは驚愕だ。
誰がこの男を憎めるだろうか……。
加藤は他人の心に気を遣いすぎる。
官僚などという仕事はこの男の精神をすり減らすだけではないのか?
美咲ちゃんはそんな父親を救けたいという一心で道を踏み外した……。
同級生が抱える不安と、刺激に飢える男の利害を一致させて。
「だいたい判った。ありがとう、富永君」
「いえ、そんな……。ありがとうございます」
「……なあ岩崎」
「ん?」
「この美咲の罪、どうなるんだ?」
「……お前はどう思うんだ?」
「判らん。償うにしても死んでるしな。でも言ってたじゃないか。被疑者死亡でも捜査はするんだろう?」
「意味のないことは、しないつもりだ」
「……つまり、どういうことだ?」
「まず危険ドラッグの件……これについては美咲ちゃん以外は単に『媚薬』と思っていたらしい。真偽は怪しいが、そういう建前をとっていたんだから、美咲塾の関係者に聞いたところでその建前を貫くだろう。この罪は美咲ちゃんが一人で抱えて逝ったことになる」
「売春は? これは申し開きの余地がなさそうだぞ」
「通常の売春は、元締めというか、させた側に罰則があるから、これは美咲ちゃん一人の罪だ。美咲ちゃんは罪を自分に集約させていた。たいしたもんだ、まったく」
「通常の売春は……と言ったな?」
「ああ、さっき時効の話のときにちょっと言ったが、売春防止法とは別に、いわゆる児童買春防止法というのがある。こっちは買った方、つまり客も罪を負う」
「……つまり、どうなるんだ?」
「この法の目的はひとつ、児童を守ることだ。弱みを握られたり、暴力を背景にして、性的な搾取を強制されることを防止するものだ。しかし法的にそもそも児童は判断が未熟としているから、児童の合意があったとしてもこっちの罪は成立する。美咲ちゃんと、客に」
「……じゃあ、客の男たちを捕まえるのか?」
「データは美咲ちゃんが隠してしまったが堤加南子名義の携帯の履歴、それも詳細を照会すれば、客の特定は可能だろう。だが……」
「だが……なんだ?」
「ここまで聞いた内容から考えるに、捜査をするのに不可欠な受け側、つまり女の子の協力は望めそうもない。これも結局、美咲ちゃんが一人で背負ったようなもんだ。つくづく念の入った仕掛けだよ。お前の娘は大した器だ」
「……警察としてはそれでいいのか? お前ひとりで揉み消すということにならないのか?」
「心配には及ばん。ちゃんと署長に報告するさ。真面目な女の子たちを無理矢理に取調べてまで捜査をすることはない。それこそ女の子たちの将来に悪影響がある」
「そうか、それならいいんだが」
「まあ、これは組織が判断することだ。とにかく俺のことを心配する必要はない」
「分かった。それを聞いて安心した。ああ、今日からはよく眠れそうだ」
加藤の表情はすっかり穏やかだ。そうだ、これがこいつの本来の顔だ……。
3人でコタツを囲み穏やかな時間が流れる中、岩崎は、同窓会の夜からのこの5日間を振り返る。
やはり加藤は格別だ。昔も今も自分の憧れなのだと思う。
……絶対に口には出さないが。
話が一段落し、ミカンを頬張っていた富永が思い出したように言う。
「……そういえば、死んだ動機が判りませんね」
「それは……まあ、想像するしかないな」
……ああ、そうだった。加藤の顔色を見て安心して、すっかり忘れていた。
言わねばならない。
「……加藤、その……動機のことなんだがな」
「やめ時だ、岩崎」
「なに?」
「お前が言ったんじゃないか。やめ時は俺が決めろって」
「……加藤」
「暴力や弱みとかの後ろ楯がない良心的な売春の元締めが破綻する理由など知れたものだ。背信、抜け駆け……。おおかたそんなところから足がついたんだろう。そして、それは俺にとって不要な情報だ。岩崎、俺は聞かないぞ。もうやめ時を宣言したんだからな」
そうだった。こいつはそういう奴だった。
「……分かった。恩に着る」
「それは俺の方だ。お前のお陰で美咲の死に目に間に合った……。それは他に替えようのない大恩、俺はそう思っている。お前のお陰で美咲は最期に笑ったんだからな」
「……そうか」
富永は話が飲み込めず、キョトンとしている。
「とにかく二人ともありがとう。色々とすっきりしたら、なんだか眠くなってきたくらいだ」
加藤は本当に眠そうだった。岩崎は富永を連れて加藤のマンションを出た。
「……お前、あれはあざとかったぞ、いくらなんでも」
署に戻る車の中、岩崎は富永に言った。
「なんのことですか? 課長」
とぼけやがって……。
まあ、この程度にしたたかじゃないとやっていけないか。
さて、こいつの想いは報われるだろうか……。
ひとつ楽しみができたな。
岩崎はそんなことを考えた。
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