ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり

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第一章 14歳の真実

結 生きる理由

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 年が明けた……はず。
 でも、ここは……どこだ?

 目が覚めた場所が自分の部屋じゃないので富永は考える。

 これは……コタツ。そうだ、昨日は課長と一緒に加藤さんの家に突撃訪問して鍋をして、紅白を観て……。
 そこから先が思い出せない。まずい、何か変なことを言わなかっただろうか、私は。

 状況からしてここは加藤さんの家だ。
 寝てしまったんだ、私は……。

 富永は慌てて体を起こす。
 が、頭痛に顔をしかめる。
 飲みすぎた。明らかに。

 加藤さんが卓上に突っ伏して寝ている。
 宴のあとはきれいに片づけられている。

 私が勝手に飲んで大騒ぎして、勝手に寝てしまったのに、加藤さんは一人で片付けをしてくれたんだ。……って、課長は?
 課長は昨日「俺も最後まで付き合ってやる」と言っていた。だから私は付いてきたのに。
 いや……これは言い訳だ。この言葉がなくても私は課長の話に乗ったに違いない。

 加藤さんは気持ちよさそうに眠っている。
 加藤さん……。私とは15歳くらい離れているが、その15年の違いは大きい。
 加藤さんはこの15年ほどの間に妻をめとり、子をもうけ、妻をうしない、子をうしなったのだ……。
 それなのに優しさは揺るがない。本当にすごい人だ。

 課長が仕事に私情を持ち込むことなど今までなかったが、この人のためというのなら納得だ。
 しかし、美咲ちゃんを失った加藤さんはこれから、何を支えに生きていくんだろう。
 生きていくのに目的なんか求めなくてもいい。それは自由だ。それは判っているけど、支えなくして生きていくのは難しい。
 若くして悟ってしまった美咲ちゃんは、お父さんを支えることを目的に生きていた。加藤さんも美咲ちゃんをこころの拠り所にしていたということは想像に難くない。

 一部の人を除いて、仕事だけに人生を捧げることなどできない。それができると考えることができるのは、普通せいぜい30歳過ぎまでだろう。

「んん……」

 まずい、加藤さんが起きそうだ。いや、まずくないのか。ええと、なんて言おう。

「ん、ああ……富永君、おはよう」

「……おはようございます」

 今、私はどんな顔をしているんだろう。
 きっと真っ赤な顔をしているに違いない。

「……風邪が悪くなってないか? 昨日はずいぶん酔っていたが」

 ああやっぱり……。でも、風邪を引いていることになっていて良かった。

「あの……その、ごめんなさい。すっかり寝てしまって」

「いや、構わない。おかげで年越しが寂しくならずに済んだ」

「……そうですか」

「どうする? 帰るなら家まで送っていくぞ。自分の家でもう一度ゆっくり寝た方がいい」

「そうですね……。駅まで歩いて帰ります」

「そうか。じゃあ、駅まで歩こう」

「え……一緒に、ですか?」

「ああもちろん。最近は散歩が日課なんだ」


 富永は駅までの道のりを加藤と歩く。できるだけゆっくりと。
 年の初めに見たのは好きな人の顔だった。そして今、元旦の朝を並んで歩いている。
 今年はいい年になるかもしれない。いや、いい年にするんだ。……自分で。

「……加藤さんは、これからどうするんですか?」

 歩きながら富永は、加藤の顔を見て問う。

「俺か? そうだな……」

「…………。」

 富永は歩きながら加藤の答えを待った。

「美咲は俺のために生きた。今度は俺が美咲のために生きる。……当面は、だが」

「? ……そう……ですか」

 富永は意味を量りかねた。だが、加藤の表情は昨日よりも生き生きとしている。
 なにかの決意をしたような顔だ。


「じゃあ、失礼します」

「ああ、お大事にな。あ、それと岩崎によろしくな」

「……はい。たしかに」

 加藤さんは課長のことを忘れない。やはり羨むべき間柄だ。
 岩崎に対する嫉妬に似た感情が富永に芽生える。

「富永君も、いろいろありがとうな。君は優秀な刑事だ。頑張れよ」

「……はい。ありがとうございます」


 加藤と別れ、ホームで電車を待つ富永は、なんとなく手を入れたポケットに何かを見つける。
 取り出してみると、それは持ち手がクマの形をした鍵だった。
 合鍵……。これは……加藤さんがくれたのか?
 憶えてないけど……そうだ、きっとそうだ。

 富永は胸のときめきで顔がにやけてしまうのを必死で抑えながら家路についた。
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