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第二章 暗躍するもの
序 開幕
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寂しい正月をやり過ごして新年最初の登庁日の朝を迎えた加藤は、いつものように仏壇にコーヒーを供えてから家を出る。
……じゃあ行ってくるぞ、美咲。
先月に美咲が死んで以来久々の出勤なので、通い慣れたはずの駅までの道程が心なしか新鮮だった。
ところが、改札をくぐり乗り慣れた電車に乗った途端、加藤の景色は色を失い、世界は馴染み親しんだ灰色に覆われた。
新たな年の事始めという雰囲気は微塵もない。通勤客はみな、正月など無かったかのように黙って気怠そうに電車に揺られている。
加藤は思う。この人たちはみな、自分の人生を生きているのだろうか? 自分が主役の、自分が望む生き方を……。
人のことを言えた義理ではないが。
通勤電車の車内では、それがまるで規則であるかのように客は一様に無表情だ。最近では携帯電話で動画を観ている者やゲームをしている者も多い。それらは娯楽であるはずなのに、それをしている当事者は規則を遵守し無表情である。もっとも、ニヤニヤしている者も稀にいるが……。
加藤は電車内でニヤニヤしている人を見つけると嬉しくなる。ああ、この人にはゆとりがある、と。
その感情が、日本の行政を担う官僚である加藤の自負からくるものか、それとも何か別の理由に因るものかは加藤自身にも判らないのだが、楽しそうな勤労者を見ると何故かホッとするのだ。
自分はこれまで、電車内で笑ったことが一度でもあっただろうか……。そんなことを考えながら加藤は久しぶりの勤め先、霞が関に着いた。
霞が関……日本の行政の中枢……。この眠ることない巨大な官庁街の人口が実は10人ほどしかいないということを知っている人がどれだけいるだろうか?
加藤は一寸立ち止まり、外務省本館の庁舎を眺めてから建物に入った。
今日から俺は、自分の目的のために生きるんだ。
さあ、幕を開けようか。
加藤は背筋を伸ばして庁内に入った。
……じゃあ行ってくるぞ、美咲。
先月に美咲が死んで以来久々の出勤なので、通い慣れたはずの駅までの道程が心なしか新鮮だった。
ところが、改札をくぐり乗り慣れた電車に乗った途端、加藤の景色は色を失い、世界は馴染み親しんだ灰色に覆われた。
新たな年の事始めという雰囲気は微塵もない。通勤客はみな、正月など無かったかのように黙って気怠そうに電車に揺られている。
加藤は思う。この人たちはみな、自分の人生を生きているのだろうか? 自分が主役の、自分が望む生き方を……。
人のことを言えた義理ではないが。
通勤電車の車内では、それがまるで規則であるかのように客は一様に無表情だ。最近では携帯電話で動画を観ている者やゲームをしている者も多い。それらは娯楽であるはずなのに、それをしている当事者は規則を遵守し無表情である。もっとも、ニヤニヤしている者も稀にいるが……。
加藤は電車内でニヤニヤしている人を見つけると嬉しくなる。ああ、この人にはゆとりがある、と。
その感情が、日本の行政を担う官僚である加藤の自負からくるものか、それとも何か別の理由に因るものかは加藤自身にも判らないのだが、楽しそうな勤労者を見ると何故かホッとするのだ。
自分はこれまで、電車内で笑ったことが一度でもあっただろうか……。そんなことを考えながら加藤は久しぶりの勤め先、霞が関に着いた。
霞が関……日本の行政の中枢……。この眠ることない巨大な官庁街の人口が実は10人ほどしかいないということを知っている人がどれだけいるだろうか?
加藤は一寸立ち止まり、外務省本館の庁舎を眺めてから建物に入った。
今日から俺は、自分の目的のために生きるんだ。
さあ、幕を開けようか。
加藤は背筋を伸ばして庁内に入った。
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