過去の青き聖女、未来の白き令嬢

手嶋ゆき

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第2話 勝負をもちかけられて

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 王国は、以前より国境付近の森や洞窟から湧き出す魔物に、頭を悩ませていた。
 聖女を示す痣が私に現れたのは、その危機的な状況が原因だと考えられている。
 私の、聖女の祈りの力で国を防衛する結界を張ることができるようになる。

 結界により防衛に力を注ぐ必要がなくなると、王国側は攻勢に転じる。
 全力を挙げて、魔物が湧き出る洞窟や、魔物が潜む森の清浄化を進めていくことになった。

 清浄化が達成されたとき、私は王城から追い出されるかもしれない。
 あるいは、王族のことを知りすぎたからと命を奪われるかもしれない。
 平民出であり、不要となった私をここに置いておく理由がないと思う。

 いずれ私を追い出し、あの公爵令嬢を正式に王妃として迎える可能性が頭をよぎる。


 その公爵令嬢ジェーン様がある日、私に会いに来た。
 一対一で、話をしたいということだ。

 彼女との会話は、思いのほか楽しいものだった。
 公爵令嬢といえば、やたら平民を見下しその一切を認めないものだと思っていた。
 しかし令嬢ジェーン様は、趣味の話や私の家族の話などを時には真剣に、時には笑顔で頷きながら聞いて下さった。

 令嬢ジェーン様には白き令嬢と別名があるくらいに、外見も美しく内面も非の打ち所がない。
 身分も完璧であり、まさに殿下に相応しい。
 私でさえ憧れてしまうほどだ。

 殿下の奪い合いで白き令嬢に勝てるはずがない。
 私は、身の程を知るが良いとでも言われたような気になった。


 様々な話をした後、彼女はこう言った。

「あなたが、アレックス殿下を大好きなのは分かったわ。私も好きよ。を楽しみに待っているといいわ」

 そう言って、彼女はニヤリと口元を曲げる。
 殿下を奪うつもりだから覚悟しておけ、という意味なのだろう。
 宣戦布告ということだろう。


 それ以降も、令嬢ジェーン様は私に嫌がらせのようなことをすることはなかった。
 彼女はとことん、正々堂々と勝負しようと考えているのだろう。

 益々勝てるはずがない。

 でも、同時にとても幸福な事だと思う。
 彼女が素敵な令嬢なら、殿下を奪われても仕方ないと思えるし、きっと二人は幸せになれるだろう。

 私は、いずれ故郷からか……空の上から彼らを見守るのだ。


 アレックス殿下は私の手を引き、何事も優先してくださった。
 それは、私を愛しているというわけではない。
 単純に王子として注目されることを気にしているだけなのだろう。

 毎日の祈りに欠かさず付き添ってくださった。
 それは、聖女の勤めを確実に果たさせるための監視なのだろう。

「何か欲しいものはないか?」

 時々そのように気遣ってくれるのも私へのご機嫌取りだ。
 あるいは、いずれお役御免となる私への、手切れの品だというつもりなのかも知れない。

「今の生活で十分満足しています。ここにいられるのであれば、あなたがいれば、それだけで」

 私はそう答えた。

 私が不要となった時に、同時に処分するものは少ない方がいい。
 何か貰っても、もったいないから。

 殿下は、期待していた言葉を得られなかったためか、

「ソフィア……じゃあ……」

 と言って、私をぎゅっと抱き締めた。
 彼の温もりを感じて、私はこれ以上にない幸福感に包まれる。

 これを手切れの品とする、という意味なのだろう。
 形はなくても私には何よりもかけがえのないものだ。
 それで十分だった。


 令嬢ジェーン様は、時々城を訪れ、私と時には政治や外交の書類の仕事を手伝うように言ってきた。
 私は彼女の様子をのぞき見て、仕事の内容を覚えていく。
 しかし、そのたびに感じるのだ。

「これくらいの知識もないのに、妃になれると思っているの?」

 そう感じるほどに、彼女の知識量は圧倒的だった。
 政治、経済、外交の幅広い知識に加え、貴族としての身だしなみや振る舞い、さらに趣味は薬草集めが高じた薬学など、とんでもない人だった。

 仕事を頼まれるのは嫌ではない。
 むしろ、仕事に没頭できる分、助かる気がしていた。
 アレックス殿下が忙しく、なかなか会えないことの寂しさが癒されるから。

「……聖女のソフィアさんは仕事もできるのね。他のことでも勝負しましょう」

 そう言われたときは、褒められたみたいで嬉しかった。
 他のこととは、殿下との関係のことなのだろうけど。

 もっとも、仕事ができるのは聖女の力によるところが大きい。
 聖女というだけで、瞬間記憶能力など、身体の機能が向上しているためだ。

 聖女というズルをしてやっと白き令嬢ジェーン様と張りあえる。
 私とは、所詮そういう存在であり、彼女はとてつもなく優秀なのだ。

 令嬢ジェーン様がアレックス殿下とよく会っていることを私は知っている。
 勝てないことを私は知っている。
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