5 / 11
本編
第5話 聖女としての務めを果たします。
しおりを挟む
聖堂には、十数人の怪我人が担ぎ込まれていた。神官職らしき人物が癒やしの術を行使しているが、まったく追いついていない様子だ。
「い……痛い……痛い」
青年が血で真っ赤に染まった腕を抱えている。
「誰か……息子を助けて……」
ぐったりとした子供を抱えた女性が、叫んでいた。
バタバタと、侍女が走り回っている。彼女らは、癒やしの能力を持っておらず、出来ることと言えば布を押し当て止血をしたりする程度だ。
そんな「次の戦場」に、ミーナ達は到着した。
「クラウディオ様……まずはあちらの女性が抱えている男の子……いえ……そこに寝かされている彼をこちらの台に連れてきて下さい。ヴァネッサさんは、お湯と……布を」
「あ……ああ……その前に、休まなくていいのか?」
クラウディオの言葉が届かないのか、ミーナはフードを脱ぎ、空いていた治療用の台に向かった。
馬に乗り慣れない彼女は、下りてすぐ青い顔をしていたはずだ。しかし、今はそれを忘れたかのように立ち振る舞っている。
「早く、お願いします」
「わ、わかった」
ミーナの気迫に押され、彼女の指示通りにクラウディオは動いた。ヴァネッサも、指示通り行動する。
「なぁ、ヴァネッサ……ミーナはいつもあんな感じなのか?」
「いいえ。あのようなミーナ様は初めて目にしました。この戦場のような状況は、コリン殿の聖堂では起き得なかったので」
「く……苦しい……助け……」
クラウディオがうめき声を上げる怪我人を抱えてきた。彼は二十代の青年で、左胸の服が破れ、あいた穴から血が流れ出ている。
さらに、ひゅーひゅーと空気が漏れるような音がしていた。
「さすがに……これは……もうダメだ」
クラウディオは連れてきたものの、どう見ても手遅れの様子に肩を落とす。傷が肺まで達し、空気が漏れていた。
このまま苦しんで最期の時まで過ごすよりは、いっそのこと……。戦場でのシビアな判断をクラウディオは思い出す。
しかしミーナは赤く染まった彼の胸に手を当て、目をつぶった。彼女は諦めていない。
「では、はじめます。——【大治癒】!」
ミーナのよく通る声が聖堂内に響く。
手のひらから光がほとばしり、青年の体も輝き始めた。その強烈な光に、バタバタと走り回っていた侍女たちや神官が動きを止めた。
「高位の治癒魔法…………初めて目にした……まだまだ怪我人はいるが……」
信じられない光景に、神官がつぶやく。
次の瞬間、青年がゴホッと声を上げると、その口から大量の血が吹き出した。
側にいたミーナがそれを浴び、顔と髪の毛の半分が赤く染まる。
「大丈夫……大丈夫だよ」
赤い液体は頬を伝い、彼女の顎から落ちていく。
ミーナは少しも目を逸らさず、意識が途切れそうな青年に語りかけていた。
花が綻ぶような優しい笑顔を向けている。
真っ赤に染まった青年の手を握りつつ、彼と目を合わせ話しかける。
「ゆっくりと……息を吸って……。ほら、もう大丈夫。安心してね」
顔を、髪を、体を……まだらに血によって赤黒く血塗られた少女。負傷した青年の凄惨な状況。それだけなら、誰もが目を背けたくなるはずだ。
しかし、ミーナが放つ温もりは、その場にいた全員の視線を集めていた。
クラウディオは目を見張る。
「な……なんという光景か」
「あの笑顔は、いつものミーナ様ですね」
「そうか……彼女が持つ真の力は、聖女の力によるものではないのだな」
クラウディオがあっという間に理解したこと。それは、ミーナの精神がもたらす真の力だ。
コリン伯爵が未だに知らないことである。彼はこのようなミーナの献身的で力強く、優しさを兼ね備えた姿を見たことがない。
聖女の務めなどまるで興味が無かったからだ。
この真の力に支えられていたことを知らず、ミーナを追い出したコリン伯爵がいったいどうなるのか……。
火を見るより明らかだった。
光が収まる頃には青年の呼吸は安定し、胸の傷も塞がっていた。損傷し、欠けた肺の組織すら元通りになっていたのだ。
「助かった……。あなたは……女神さま……感謝します」
「辛かったでしょう。でも、もう大丈夫。ゆっくり休んでね」
ミーナの声に安心したのだろう。青年の目がゆっくり閉じていく。
彼の寝顔は安心しきった子供のように穏やかになっている。
先ほどまで重傷を負っていたとは思えないほど顔色が良くなっていた。
「すごい……!」
周囲の侍女や、運び込まれた人々が驚く。
あまりの青年の劇的な変化に、誰もが目を疑い言葉を失った。もう助からないと、放置されていた青年なのに……と。
しかし、ミーナはすぐに凜とした表情に戻り、間髪いれず次の指示を出す。
「もう彼は大丈夫です。ヴァネッサさん、彼を横向きに寝かして口元の血を拭ってあげて下さい。クラウディオ様、次の方……あの女性が抱えている子供を」
次にミーナの目の前に運ばれたのは五歳くらいの男の子だ。背中から血を流しており、意識を失っている。
早速治療を始めようとする彼女を、クラウディオは引き留めた。彼女の手に清潔な布を手渡そうとする。
「君も顔を拭ってくれ」
「平気です。急がないと——」
「では、せめて、邪魔にならないようにするから、私に君の顔を拭わせてくれ」
クラウディオの声にミーナの顔が一瞬緩むと、頬を染め目を伏せた。そして、小さな声で「はい……お願いします」と頷いたのだった。
「い……痛い……痛い」
青年が血で真っ赤に染まった腕を抱えている。
「誰か……息子を助けて……」
ぐったりとした子供を抱えた女性が、叫んでいた。
バタバタと、侍女が走り回っている。彼女らは、癒やしの能力を持っておらず、出来ることと言えば布を押し当て止血をしたりする程度だ。
そんな「次の戦場」に、ミーナ達は到着した。
「クラウディオ様……まずはあちらの女性が抱えている男の子……いえ……そこに寝かされている彼をこちらの台に連れてきて下さい。ヴァネッサさんは、お湯と……布を」
「あ……ああ……その前に、休まなくていいのか?」
クラウディオの言葉が届かないのか、ミーナはフードを脱ぎ、空いていた治療用の台に向かった。
馬に乗り慣れない彼女は、下りてすぐ青い顔をしていたはずだ。しかし、今はそれを忘れたかのように立ち振る舞っている。
「早く、お願いします」
「わ、わかった」
ミーナの気迫に押され、彼女の指示通りにクラウディオは動いた。ヴァネッサも、指示通り行動する。
「なぁ、ヴァネッサ……ミーナはいつもあんな感じなのか?」
「いいえ。あのようなミーナ様は初めて目にしました。この戦場のような状況は、コリン殿の聖堂では起き得なかったので」
「く……苦しい……助け……」
クラウディオがうめき声を上げる怪我人を抱えてきた。彼は二十代の青年で、左胸の服が破れ、あいた穴から血が流れ出ている。
さらに、ひゅーひゅーと空気が漏れるような音がしていた。
「さすがに……これは……もうダメだ」
クラウディオは連れてきたものの、どう見ても手遅れの様子に肩を落とす。傷が肺まで達し、空気が漏れていた。
このまま苦しんで最期の時まで過ごすよりは、いっそのこと……。戦場でのシビアな判断をクラウディオは思い出す。
しかしミーナは赤く染まった彼の胸に手を当て、目をつぶった。彼女は諦めていない。
「では、はじめます。——【大治癒】!」
ミーナのよく通る声が聖堂内に響く。
手のひらから光がほとばしり、青年の体も輝き始めた。その強烈な光に、バタバタと走り回っていた侍女たちや神官が動きを止めた。
「高位の治癒魔法…………初めて目にした……まだまだ怪我人はいるが……」
信じられない光景に、神官がつぶやく。
次の瞬間、青年がゴホッと声を上げると、その口から大量の血が吹き出した。
側にいたミーナがそれを浴び、顔と髪の毛の半分が赤く染まる。
「大丈夫……大丈夫だよ」
赤い液体は頬を伝い、彼女の顎から落ちていく。
ミーナは少しも目を逸らさず、意識が途切れそうな青年に語りかけていた。
花が綻ぶような優しい笑顔を向けている。
真っ赤に染まった青年の手を握りつつ、彼と目を合わせ話しかける。
「ゆっくりと……息を吸って……。ほら、もう大丈夫。安心してね」
顔を、髪を、体を……まだらに血によって赤黒く血塗られた少女。負傷した青年の凄惨な状況。それだけなら、誰もが目を背けたくなるはずだ。
しかし、ミーナが放つ温もりは、その場にいた全員の視線を集めていた。
クラウディオは目を見張る。
「な……なんという光景か」
「あの笑顔は、いつものミーナ様ですね」
「そうか……彼女が持つ真の力は、聖女の力によるものではないのだな」
クラウディオがあっという間に理解したこと。それは、ミーナの精神がもたらす真の力だ。
コリン伯爵が未だに知らないことである。彼はこのようなミーナの献身的で力強く、優しさを兼ね備えた姿を見たことがない。
聖女の務めなどまるで興味が無かったからだ。
この真の力に支えられていたことを知らず、ミーナを追い出したコリン伯爵がいったいどうなるのか……。
火を見るより明らかだった。
光が収まる頃には青年の呼吸は安定し、胸の傷も塞がっていた。損傷し、欠けた肺の組織すら元通りになっていたのだ。
「助かった……。あなたは……女神さま……感謝します」
「辛かったでしょう。でも、もう大丈夫。ゆっくり休んでね」
ミーナの声に安心したのだろう。青年の目がゆっくり閉じていく。
彼の寝顔は安心しきった子供のように穏やかになっている。
先ほどまで重傷を負っていたとは思えないほど顔色が良くなっていた。
「すごい……!」
周囲の侍女や、運び込まれた人々が驚く。
あまりの青年の劇的な変化に、誰もが目を疑い言葉を失った。もう助からないと、放置されていた青年なのに……と。
しかし、ミーナはすぐに凜とした表情に戻り、間髪いれず次の指示を出す。
「もう彼は大丈夫です。ヴァネッサさん、彼を横向きに寝かして口元の血を拭ってあげて下さい。クラウディオ様、次の方……あの女性が抱えている子供を」
次にミーナの目の前に運ばれたのは五歳くらいの男の子だ。背中から血を流しており、意識を失っている。
早速治療を始めようとする彼女を、クラウディオは引き留めた。彼女の手に清潔な布を手渡そうとする。
「君も顔を拭ってくれ」
「平気です。急がないと——」
「では、せめて、邪魔にならないようにするから、私に君の顔を拭わせてくれ」
クラウディオの声にミーナの顔が一瞬緩むと、頬を染め目を伏せた。そして、小さな声で「はい……お願いします」と頷いたのだった。
10
あなたにおすすめの小説
宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです
ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」
宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。
聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。
しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。
冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。
この国を護ってきた私が、なぜ婚約破棄されなければいけないの?
柊
ファンタジー
ルミドール聖王国第一王子アルベリク・ダランディールに、「聖女としてふさわしくない」と言われ、同時に婚約破棄されてしまった聖女ヴィアナ。失意のどん底に落ち込むヴィアナだったが、第二王子マリクに「この国を出よう」と誘われ、そのまま求婚される。それを受け入れたヴィアナは聖女聖人が確認されたことのないテレンツィアへと向かうが……。
※複数のサイトに投稿しています。
金喰い虫ですって!? 婚約破棄&追放された用済み聖女は、実は妖精の愛し子でした ~田舎に帰って妖精さんたちと幸せに暮らします~
アトハ
ファンタジー
「貴様はもう用済みだ。『聖女』などという迷信に踊らされて大損だった。どこへでも行くが良い」
突然の宣告で、国外追放。国のため、必死で毎日祈りを捧げたのに、その仕打ちはあんまりでではありませんか!
魔法技術が進んだ今、妖精への祈りという不確かな力を行使する聖女は国にとっての『金喰い虫』とのことですが。
「これから大災厄が来るのにね~」
「ばかな国だね~。自ら聖女様を手放そうなんて~」
妖精の声が聞こえる私は、知っています。
この国には、間もなく前代未聞の災厄が訪れるということを。
もう国のことなんて知りません。
追放したのはそっちです!
故郷に戻ってゆっくりさせてもらいますからね!
※ 他の小説サイト様にも投稿しています
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています
黒崎隼人
ファンタジー
「君に触れると、不幸が起きるんだ」――偽りの呪いをかけられ、聖女の座を追われた少女、ルナ。
彼女は正体を隠し、辺境のミモザ村で薬師として静かな暮らしを始める。
ようやく手に入れた穏やかな日々。
しかし、そんな彼女の前に現れたのは、「王国一の不運王子」リオネスだった。
彼が歩けば嵐が起き、彼が触れば物が壊れる。
そんな王子が、なぜか彼女の薬草店の前で派手に転倒し、大怪我を負ってしまう。
「私の呪いのせいです!」と青ざめるルナに、王子は笑った。
「いつものことだから、君のせいじゃないよ」
これは、自分を不幸だと思い込む元聖女と、天性の不運をものともしない王子の、勘違いから始まる癒やしと幸運の物語。
二人が出会う時、本当の奇跡が目を覚ます。
心温まるスローライフ・ラブファンタジー、ここに開幕。
【完結】偽物聖女として追放される予定ですが、続編の知識を活かして仕返しします
ユユ
ファンタジー
聖女と認定され 王子妃になったのに
11年後、もう一人 聖女認定された。
王子は同じ聖女なら美人がいいと
元の聖女を偽物として追放した。
後に二人に天罰が降る。
これが この体に入る前の世界で読んだ
Web小説の本編。
だけど、読者からの激しいクレームに遭い
救済続編が書かれた。
その激しいクレームを入れた
読者の一人が私だった。
異世界の追放予定の聖女の中に
入り込んだ私は小説の知識を
活用して対策をした。
大人しく追放なんてさせない!
* 作り話です。
* 長くはしないつもりなのでサクサクいきます。
* 短編にしましたが、うっかり長くなったらごめんなさい。
* 掲載は3日に一度。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
婚約破棄された「無能」聖女、拾った子犬が伝説の神獣だったので、辺境で極上もふもふライフを満喫します。~捨てた国が滅びそう?知りません~
ソラ
ファンタジー
「エリアナ、貴様との婚約を破棄し、この国から追放する!」
聖女としての魔力を使い果たし、無能と蔑まれた公爵令嬢エリアナ。
妹に婚約者を奪われ、身一つで北の最果て、凍てつく「死の森」へと捨てられる。
寒さに震え死を覚悟した彼女が出会ったのは、雪に埋もれていた一匹の小さなしっぽ。
「……ひとりぼっちなの? 大丈夫、私が温めてあげるわ」
最後の手向けに、残されたわずかな浄化の力を注いだエリアナ。
だが、その子犬の正体は――数千年の眠りから目覚めた、世界を滅ぼす伝説の神獣『フェンリル』だった!
ヒロインの淹れるお茶に癒やされ、ヒロインのブラッシングにうっとり。
最強の神獣は、彼女を守るためだけに辺境を「極上の聖域」へと作り替えていく。
一方、本物の聖女(結界維持役)を失った王国では、災厄が次々と降り注ぎ、崩壊の危機を迎えていた。
今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくる王子たち。
けれど、エリアナの膝の上には、甘えん坊の神獣様(執着心MAX)が陣取っていて――。
「聖女の仕事? いえ、今は神獣様とのお昼寝の方が忙しいので」
無自覚チートな聖女と、彼女にだけはデレデレな神獣様による、逆転溺愛スローライフが幕を開ける!
(本作品はAIを活用して構成・執筆しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる