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episode2:R.A.T.s期待の新人リガー、その名は!
第10話 トワイライト・パトロール
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〈おい。市長の公用車だぞ〉
分隊のオープン通信チャンネルに、そんな声が飛び込んできた。
「公用車だと……?」
思わず声に出して、首をかしげる。なんとなれば近づいてきた車は、著しくその名目にそぐわない外観をしていたのだ――公用車? あれが?
パッと見た感じは二一世紀の日本製ハイブリッド乗用車のそれを受け継ぐような、流麗なようでいてどこか煮え切らないボディライン。
ただしタイヤハウジングが大幅に拡張され、そこには武骨なトレッドパターンの刻まれたコンバットタイヤ風のものが装着されている。塗装は全体に劣化し、各部のエッジには銀灰色の地金が浮き上がっていて、ところどころにダクトテープで補修したような痕跡もあった。
ロス市警のよれよれレインコート刑事が降りてきてもさほど違和感がない――そんな車から降りてきたのは、白いスーツに身を包んだ、三十前後の女だった。
――市長閣下だ! 全員……
「あー、そのまま!」
アッシュブロンドの長い髪を背中に垂らしたその女は、思いのほか可愛らしい感じの声で一喝した。何と言うか、迫力は皆無だ。
「降りなくてよろしい。通常の執務が早めに終わったので、諸々の視察に来ました」
――そうは言っても、我々は間もなく夜間組と交代ですが……
トマツリが指揮車からいぶかしげに応答する。
「残業になるのは申し訳なく思います、謝罪するわ。でも日没までにはまだ二時間以上あります。今のうちに昨日の襲撃で破壊された地上の防衛施設と、あなたの報告にあった監視所を見ておきたい」
――N-24Bですか……戻るころには完全に夜ですよ。万一に備えての装備が必要だ。
「ゲート脇の格納庫に『センテンス』があったでしょう。あれを出して。複座だからさすがに一人では無理だけど……ちょうどいいわ、新隊員との面談も兼ねて――」
市長はかかとを支点にくるりと体を翻すと、センチネルのモニター越しに俺に人差し指を突きつけた。
「ミキオ・サルワタリ。あなたを臨時のガンナーに指名します」
* * *
「市長さんが操縦もできるとは、意外でした」
俺は急遽乗り替えたトレッド・リグ「センテンス」のコクピットで、前方の座席に座る市長に話しかけた。さすがに居住地の行政トップに、普段の大ざっぱな物言いは憚られた。
「ああ、私もね、元はR.A.T.sの隊員だったの。自分じゃ今でもメンバーのつもりでいるんだけど、トマツリが『公務に専念してください」ってうるさいのよね」
「……なにかいきさつがありそうな話ですね?」
「まあね。でも武力を背景に権力を、とかそういう話じゃないわ。たかが人口三万足らずの町だもの。前の市長がね、ここのプラントを丸ごと、他所の管理複合体に売り飛ばそうとしたのを阻止して、引きずりおろしただけ」
「なるほど」
「たまにいるのよ。自分に任せられた立場と付託された権限を、特権や身分とはき違える人がね。情けない話だけど」
視線が合うほどではなかったが、市長は頭を少しひねってこちらを振り向く仕草をした。
「……分かります。それは阻止できて何よりでしたね」
「ええ」
肩越しに見えた横顔の印象では、市長はなかなかの美人だ。顔の骨格が丸っこいせいで実年齢より若く――というより、幼く見える。
似たような印象の顔を最近見た気がするのだが。
「でもまあおかげでこんな貧乏くじを引く羽目になってるのだけどね……妹がちょっと羨ましいかな」
「妹?」
「ええ、私が市長になってから、ここを出てグライフになったわ――もう会ったんでしょ、レダには」
「ああっ!?」
言われてみれば顔の骨格が似ている。道理で……!
「自己紹介がまだだったわね。ギムナン市長、ジェルソミナ・ハーケン。市長になる前はレダとペアでこの機体を使ってた」
「……だからあんな所にしまい込んであったのか」
「そういうこと。レダ並に、とは言わないけれど、今日はしっかり頼むわね」
いきなりハードルが大幅に上げられた。
この「センテンス」というのは機体デザインから見てもセンチネルの同系列、それも上位互換機と言った位置づけらしく、ヘルメットの照準システムは簡便な調整だけですぐにこちらにも適合できるのだが。
「元々なじみがないものだけに、センチネルと同レベルで下手っぴな操作しかできそうにないです」
センテンスの武装はといえば、やや大型化された機体の胴部両側面に大口径の機関砲がそれぞれ一門づつ、その基部近くに小型ロケットランチャーが装備されている。全体的により人間のシルエットに近くなっていて、扱う火器の種類と数は一気に三倍に及ぶことになる。
「そう言えばそのことなんだけど……本当なの? 二十一世紀のニホンから来たって」
「本当ですよ。だから……こんなモノは映画やアニメの中でしか知らないんですって……んっ!?」
しゃべりながら、俺はヘルメットの視界に映ったものに気づいて激しく注意を引きつけられた。そろそろ問題のN-24B地区。ニコルがギムナンに迷い込むことになった入り口のある監視所の、残骸らしきものが見えてきつつあったのだが――
そこに、何か動くモノがいるのだ。
残照の赤い光を反射して鈍く光るその四つほどの影は、どうやらセンチネルと大体同格くらいのトレッド・リグらしかった。ただ、その機体には一対の、人間と同じような機能を持つと推測できる形状をした「腕」があった。
分隊のオープン通信チャンネルに、そんな声が飛び込んできた。
「公用車だと……?」
思わず声に出して、首をかしげる。なんとなれば近づいてきた車は、著しくその名目にそぐわない外観をしていたのだ――公用車? あれが?
パッと見た感じは二一世紀の日本製ハイブリッド乗用車のそれを受け継ぐような、流麗なようでいてどこか煮え切らないボディライン。
ただしタイヤハウジングが大幅に拡張され、そこには武骨なトレッドパターンの刻まれたコンバットタイヤ風のものが装着されている。塗装は全体に劣化し、各部のエッジには銀灰色の地金が浮き上がっていて、ところどころにダクトテープで補修したような痕跡もあった。
ロス市警のよれよれレインコート刑事が降りてきてもさほど違和感がない――そんな車から降りてきたのは、白いスーツに身を包んだ、三十前後の女だった。
――市長閣下だ! 全員……
「あー、そのまま!」
アッシュブロンドの長い髪を背中に垂らしたその女は、思いのほか可愛らしい感じの声で一喝した。何と言うか、迫力は皆無だ。
「降りなくてよろしい。通常の執務が早めに終わったので、諸々の視察に来ました」
――そうは言っても、我々は間もなく夜間組と交代ですが……
トマツリが指揮車からいぶかしげに応答する。
「残業になるのは申し訳なく思います、謝罪するわ。でも日没までにはまだ二時間以上あります。今のうちに昨日の襲撃で破壊された地上の防衛施設と、あなたの報告にあった監視所を見ておきたい」
――N-24Bですか……戻るころには完全に夜ですよ。万一に備えての装備が必要だ。
「ゲート脇の格納庫に『センテンス』があったでしょう。あれを出して。複座だからさすがに一人では無理だけど……ちょうどいいわ、新隊員との面談も兼ねて――」
市長はかかとを支点にくるりと体を翻すと、センチネルのモニター越しに俺に人差し指を突きつけた。
「ミキオ・サルワタリ。あなたを臨時のガンナーに指名します」
* * *
「市長さんが操縦もできるとは、意外でした」
俺は急遽乗り替えたトレッド・リグ「センテンス」のコクピットで、前方の座席に座る市長に話しかけた。さすがに居住地の行政トップに、普段の大ざっぱな物言いは憚られた。
「ああ、私もね、元はR.A.T.sの隊員だったの。自分じゃ今でもメンバーのつもりでいるんだけど、トマツリが『公務に専念してください」ってうるさいのよね」
「……なにかいきさつがありそうな話ですね?」
「まあね。でも武力を背景に権力を、とかそういう話じゃないわ。たかが人口三万足らずの町だもの。前の市長がね、ここのプラントを丸ごと、他所の管理複合体に売り飛ばそうとしたのを阻止して、引きずりおろしただけ」
「なるほど」
「たまにいるのよ。自分に任せられた立場と付託された権限を、特権や身分とはき違える人がね。情けない話だけど」
視線が合うほどではなかったが、市長は頭を少しひねってこちらを振り向く仕草をした。
「……分かります。それは阻止できて何よりでしたね」
「ええ」
肩越しに見えた横顔の印象では、市長はなかなかの美人だ。顔の骨格が丸っこいせいで実年齢より若く――というより、幼く見える。
似たような印象の顔を最近見た気がするのだが。
「でもまあおかげでこんな貧乏くじを引く羽目になってるのだけどね……妹がちょっと羨ましいかな」
「妹?」
「ええ、私が市長になってから、ここを出てグライフになったわ――もう会ったんでしょ、レダには」
「ああっ!?」
言われてみれば顔の骨格が似ている。道理で……!
「自己紹介がまだだったわね。ギムナン市長、ジェルソミナ・ハーケン。市長になる前はレダとペアでこの機体を使ってた」
「……だからあんな所にしまい込んであったのか」
「そういうこと。レダ並に、とは言わないけれど、今日はしっかり頼むわね」
いきなりハードルが大幅に上げられた。
この「センテンス」というのは機体デザインから見てもセンチネルの同系列、それも上位互換機と言った位置づけらしく、ヘルメットの照準システムは簡便な調整だけですぐにこちらにも適合できるのだが。
「元々なじみがないものだけに、センチネルと同レベルで下手っぴな操作しかできそうにないです」
センテンスの武装はといえば、やや大型化された機体の胴部両側面に大口径の機関砲がそれぞれ一門づつ、その基部近くに小型ロケットランチャーが装備されている。全体的により人間のシルエットに近くなっていて、扱う火器の種類と数は一気に三倍に及ぶことになる。
「そう言えばそのことなんだけど……本当なの? 二十一世紀のニホンから来たって」
「本当ですよ。だから……こんなモノは映画やアニメの中でしか知らないんですって……んっ!?」
しゃべりながら、俺はヘルメットの視界に映ったものに気づいて激しく注意を引きつけられた。そろそろ問題のN-24B地区。ニコルがギムナンに迷い込むことになった入り口のある監視所の、残骸らしきものが見えてきつつあったのだが――
そこに、何か動くモノがいるのだ。
残照の赤い光を反射して鈍く光るその四つほどの影は、どうやらセンチネルと大体同格くらいのトレッド・リグらしかった。ただ、その機体には一対の、人間と同じような機能を持つと推測できる形状をした「腕」があった。
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