神滅の翼カイルダイン

冴吹稔

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ACT1:闘技場都市の支配者

アースラ

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 見えていたはずだった。だが少女騎士の突進はあまりに速く、そして重かった。
 分厚い刃を備えた長柄まで鉄製の両手斧と、小柄な体を力士のように錯覚させる重厚な全身鎧。そして彼女自身の質量が一体になって俺を打倒した。

「ぐぼっ!」

 まともに言葉などでない。俺はそのまま3mほどふっとばされて、背中から舗道に叩き付けられた。

「危な……ッ!」

 辛うじて難を逃れたパキラが息をのむ。少女騎士の手を離れた斧がなだれ落ちるように倒れ込んできて、俺の膝の横30㎝ほどの場所で敷石に当たって跳ね、ひどい音を立てた。

 背中を強打したせいで呼吸がまともにできない。

「お……おおぅ?」

 自分自身もつんのめってうつぶせに倒れた騎士が、ようやく手をついて立ち上がる。顔を上げて俺と斧を見較べ、一瞬遅れ彼女は耳をつんざくような悲鳴を上げた。

「うわああああああッ! すまぬ! すまぬッ! 怪我はないか、大丈夫か!? 生きておるのか? 駄目なのか!? 頼む、わらわに拭いようのない悔恨を残したまま逝かんでくれぃ!」

 高速で這い寄って俺のシャツの胸に取りすがり、ものすごい力で締め上げながら頬と額をすりつけて涙目でまくしたてる。俺は体のどこも切断されなかったことを確かめながら、のろのろと体を起こした。

「あの、えっと、生きてます。生きてますので離してください……」

 俺はやっとのことで彼女の鎧の肩を手でたたき、それだけを伝えた。




「いやもう、本当にすまなんだ。あまり気が昂ぶって斧の刃に覆いを付けることも忘れ、ろくに前も見ずに走り出してしまったのじゃ……その、今度から気を付ける」

 やっとのことで落ち着きを取り戻した少女は、ガラス器に注がれた甘い茶を麦わらストローでちゅう、と音を立ててすすった。

 械匠ギルドの建物からほど近い、路傍に出された茶店の屋台。その店先の丸テーブルを囲んで、俺たちはその少女騎士と向かい合って座っていた。

「今度から、とおっしゃいましても……」

 パキラが困惑の表情を浮かべて、自分の前のガラス器を両掌で包んだ。言いたいことはなんとなくわかる。気を付けていただくべき『今度』がある、という想定をそもそもしていない。したくない。

「ううっ……妾のごときすぐ沸騰するぴーぴーヤカンのがんがらがんで生まれたときから権力の甘味にどっぷり浸かって周囲の迷惑も顧みず暴れまわるイノシシ娘とは金輪際関わりたくない、とそう申すのじゃな?」

――寸分のよどみもない素晴らしい滑舌。まるで日頃から練習を積んだセリフのようだ。

「言ってません。関わりたくないのは事実だけど言ってませ」

 パキラが口を滑らせ、あわてて口を押えた。あーあ。

「そうか、関わりたくないか……しかたないのう。妾が悪いのじゃ。身から出たサビじゃカスじゃ。垢玉じゃ」

 意気消沈してうなだれる騎士。鎧の肩アーマーが支えるものをなくして下方へずれ、ガシャ、と音を立てた。

 俺も麦わらストローを咥えて、冷茶を一口すすった。黒砂糖よりも少し高純度に精製された砂糖のさらりとした甘みと、シナモン的なものを主体にした香料のさわやかな刺激。
 ただし適量を超えて投入されているため、舌が麻痺しそうに甘い。

「ギルドであんなに怒鳴っていた割に、ずいぶんとその……率直に謝られるんですね。あと、自己言及はそのくらいにして、そろそろお互いに自己紹介でもしませんか――その、こうしてお茶をご馳走いただいてることでもありますし」

 卑屈に、と形容しかけて俺は危ないところで言い換えた。

「あ、うむ、そうじゃな。……自分の非を認めて謝ることができないのは余裕のない人間、善根をうち枯らしたものの陥る過ちじゃ。家庭教師のワリブがそう教えてくれた。妾には非を認めて償うだけの余裕がある。だから惜しみなく謝るぞ」

(やだこの子、めんどくさい)

(しっ)

 耳元に囁くパキラを肘でつついて黙らせた。


「自己紹介を提案してくれるということは、まだより良い関係を結ぶ機会が残っていると解釈してよいのじゃな? では妾から名乗ろう――アースラ・ゲイルウィン、当年とって十七歳になる。見ての通りの騎士じゃ。ちと仔細あってな、任務でこっちへ来ておるのじゃ」

「ご丁寧にありがとうございます。俺はヴォルター。遊歴修行中の身ですので家名を伏せさせていただきますが、同じく騎士です」

 アースラと名乗った騎士は、俺を見つめて目を輝かせた。

「おお、そなたも騎士か! して、そちは?」

 パキラのほうに向き直り、会話の進行をうながす。

「械匠見習のパキラ・フロインダウトと申します」

「なるほど、械匠と騎士であったか……それでギルドにな。得心いったのじゃ。はて、それにしてもフロインダウトとな? どこかで耳にしたような……うぬ、思い出せぬ」

 首をかしげるアースラの背後に、ばたばたと足音を立てて鎖鎧を身に着けた男たちが駆け寄ってきた。

「姫様!」

「姫様、ここにおいででしたか」

 アースラが「邪魔すんな」と言いたげな嫌そうな表情になる。

「何じゃ、お主らか。どうした」

 男たちの一人、きりりとした眉と異様に涼やかな瞳をした美丈夫が口を開いた。

「何じゃ、ではございませぬ! 我ら随員の反対を押し切って、闘技場に一試合出ると決められたのは姫様ではありませんか。選手控室へ入られるお時間が迫っておりますぞ。興行ものとはいえ決闘の刻限に遅れるは騎士の名折れ、ささ」

「うわあああッ! 忘れておったァッ!」

 アースラが両手で頭を抱えるようにして椅子から跳ね上がった。肩アーマーが背中側にずれてガシャシャ、と音を立てる。

あるじ! われら三名の茶代はここに置いておく、釣りはこの騎士ヴォルターに取らせよ。また来る、うまい茶であったぞ!」

 銀貨2枚をテーブルの上にパシッと置くと、彼女は21世紀地球の最新型戦車がその場で旋回するような、重厚かつシャープな動作で身をひるがえした。

「うむ、謝罪の途中で申し訳ないがこれで一旦失礼する。ヴォルターにパキラよ、お主らもギルドの用事を済ませたら闘技場に参れ。妾の試合を観るがよいぞ。試合後は控室前で待っていてくれい。」

 首だけ振り向いて、俺たちに向かってニカッと笑う。彼女はそのまま暴れ馬のような勢いで敷石を踏み鳴らして走り出した。

「急ぐぞ! 控室まで駆け足、訓練だと思って走れッ!」

「姫様!お待ちを!」

「姫様!斧をお忘れです!」

「ええいまたか、お主が持って来いガラヴェイン!」

 美丈夫は斧を肩の上に抱え、俺たちに一礼するとアースラのあとを追って走り出す。190cmほどの長身、逆三角形のボディビルダーと水泳選手の中間のような体型がいつまでも目に焼き付いた。


 械匠ギルド館の前庭に積み上げられた輜重械の部品をまえに、パキラとギルド係員はてきぱきと商談を進めていた。
「こちらの関節軸と熱水管の調整弁で10ディアス。こちらの絹糸束筒は無傷ですので15ディアスで引き取りましょう」

「あ、はい。じゃあそれでお願いします……こちらの装甲類は?」

 かすかに眉をひそめ、パキラが係員の表情をうかがう。
 
「一度溶かして成形しなおすことになりますので、地金としての価値にしか……3ディアスで如何でしょう」

「仕方ないわね。まあそんなところかしら。それでお願いします」

 パキラはため息をついて買取承諾書にサインした。期待したより少し安い。それにしてもこの世界は思いのほか金属が安いようだ。

(まあ、地球の歴史上の時代とは労働力の性質が違うんだろうなあ……)

 市壁と城門を見たときにも感じたことだ。鉱石の採掘や鉄をはじめ金属材料の成形に護令械ルーティンブラスが使えるなら、あとはその運用にかかる費用と手間が工業生産のコストを左右する。
 30mサイズの鉄の巨人を製造し運用する社会が前近代的な規模の細々とした工業生産でまかなえるはずもない。

 とにかく、今日の駐械料金は確保できたわけだ。パキラもこの機会に、械匠ギルド係員からいろいろと聞き出しているようだった。会話がここまで聞こえてくる。

「……認可状を発行するには、技能試験に合格することと、ギルドが信頼出来ると認めるに足る人物による身元保証が必要ですな」

「ダンバーの械匠ギルドに籍を置く鍛冶司、ダールハム・フロインダウトに師事していたんですが、不足でしょうか?」

 パキラがギルド係員に食い下がった。ダールハムというのが親方の名らしい。

「ダールハム殿のお名前は私も聞き及んでおりますが、ご本人がいらっしゃらないことには……まあ、とにかく見習として登録されては。市内各所の工房で炉を使えるだけでもずいぶん違うかと思います」

「そうですね、いろいろとありがとうございました。ではしばらくお世話になります」

 申し訳なさそうにうつむくギルド係員に頭を下げ、パキラはやや意気消沈した面持ちでギルド館を出てきた。

「お待たせ」

「お疲れさん。よかったのか、側にいなくて。荷物持ちくらいはできたのに」

「いいわ。そういう仕事はギルド付きの徒弟がすることよ。あなたは騎士って事になってるんだからどっしり構えてて……8ディアスあれば、まあまともなベッドのある宿に二日は泊まれるわね」

「……だいたい二万円くらいか。なるほど」

「ニマンエン?」

「何でもない」

 井出川准としての記憶に強く関連した語彙は、翻訳されずに俺の口から出る。パキラには理解できないのだ。

「これからどうするの? 宿をとるにはまだ時間ありそうだけど」

「あの騎士――姫さんが言ってた、試合とやらを見に行こう。どうせ闘技場には行ってみるつもりだったし」

 先ほどアースラが向かった方向を見る。探すまでもなく、そこに闘技場があった。ローマの円形劇場に似ているが、土台や柱のあちこちに鉄製のたがや突起物がとりつけられ、油を塗られて黒々と輝いている。黒い茨で作られた、巨大な冠とでも言ったような外観だ。近づくにつれ内部からは遠雷のような歓声が聞こえてきた。
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