神滅の翼カイルダイン

冴吹稔

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ACT1:闘技場都市の支配者

闇をひらく眼差し

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「くっ……」

 マリオンはがっくりと崩れ、片膝をついた。俺は駆け寄って彼女の傍らに身をかがめた。

「おい、大丈夫か?」

 彼女は胸の上、さっき宝石をむしり取った首飾りのあるあたりを左手で押さえて息をついた。

「ああ。致命的な変調は感じない。どうやら寿命までは捧げずに済んだらしいな」

「寿命って……何でそこまで」

 マリオンは深い呼吸を繰り返して息を整え、その合間、とぎれとぎれに説明しようとした。

「あれはな……あれに触れて腐肉に変えられ、取り込まれて食われたものは……輪廻のサイクルに戻れなくなる」

「輪廻? 莫迦な、迷信じゃないか」

 思わず一笑に付した。だが彼女は首を横に振った。

「違うな。ここは地球とは別の世界だということを忘れるな……死は終わりではなく、遺体は単なる肉ではない。少なくとも私に――『マリオン』にとってはそういうものだ。そして、それは迷信でも信仰でもない。事実だ」

 呼吸が正常に戻り、マリオンはいくらか饒舌になった。

「臨終から四十七日の間、死者の魂は墓の中で遺体にとどまり、転生の門をくぐるか解脱の道を歩むか、いずれにせよ猶予期間を過ごす。あまりにこの世に未練があれば生者と変わりない姿で起き上がり、心残りを片付けてから再び墓に戻る事さえあるという。だが、操屍鬼ヴェータラに食われたものは――」

 言いかけて彼女はぶるっと身を震わせた。

「――肉体が奪われると同時に、魂も輪廻のサイクルから消し去られる。二度と生を享受することも解脱することもなく、冥界の最下層に淀んだ泥土の一部となる。そこからはいかなる花も芽吹くことはない」

「それは……確かに嫌過ぎるな」

 それ以上は言葉が出てこなかった。彼女の言葉が事実に根差したものだとすれば、そこまで悪意に満ちた存在が世界の中に組み込まれている妥当性がそも理解しがたい。

「ともかく、撃退できてよかった……先を急ごう」

 再び歩き出す。今度はさっきのような化け物が現れる様子はない。
 だが地下通路はしだいに曲がりくねってひどく入り組みはじめ、そこに細々した階段の昇降まで加わった。
 行けども行けども、地上部分に再び出る様子がない。

「なあ、これ、迷ってないか?」

「……そうだな。よその神殿で地下を通った経験がかえって災いしたか。こんな迷宮じみた構造とは……甘く見ていたようだ」

「参ったな。今どこにいるんだ、俺たち」

 マリオンは黙り込んでしまった。

 あたりの様子はどうも奇妙だった。空気は通っているが何やら湿っていて、しかもあたりにはおかしな熱気がこもっている。火の神の神殿であれば、絶えず火を焚き続けているであろうことは想像がつく。だが、こんな地下にまでその影響が及ぶものだろうか?

 不意に、マリオンが俺の腕をつかんで顔を近くに寄せてきた。

「ヴォルター……カイルダインと連絡を取ってみてくれ」

「カイルダインと?」

「あれにはこのブルゼン全域をカバーできるだけの――言葉で言えば『センサー』と、情報処理能力があるはずだ。私ではもうそれを利用することができないが」

「そういえば……」

 三千タラットの距離から流賊の野営地を探り、瓦礫と粉塵が舞う中でパキラをピンポイントで防護する能力。
 確かに、この状況で使えれば反則級に役立つカーナビ代わりになる。

「カイルダインなら、この迷宮を抜ける経路を特定しつつ彼女を……パキラを探しだせるはずだ」

「よし、やってみる。あんたに頼りっぱなしで金魚のフンみたいについていくだけじゃ、俺だって気が引ける……カイルダイン、聞こえるか? 応答しろ!」


 闇に包まれた回廊にこだまする俺の声。そして、静寂――ややあって、頭の中に例の中性的な声色を感じさせる思念が届いた。

〈お声がけをお待ちしておりました、佩用者。いやだなあもう、忘れ去られたかと思ったじゃないですか。なんですか、今どこに……ってまた随分と面白いところにいらっしゃいますね。お隣にいるのは――おお、なんとこれは懐かしい〉

「お、すごいなお前。ここまでちゃんと把握できるのか……」

〈それはもう。何ならそちらに出向いても?〉

 どうしよう。

「ま、マリオン。カイルダインと連絡は取れたけど、なんかこっちに来そうな勢い」

「……流石にそれは待ってもらえ。あの巨体で階層構造ごと踏み抜かれたらこっちも無事ではすまん。ナビゲートだけでいい、と」

「了解。カイルダイン、お前は直接来るにはデカすぎる。パキラの位置を特定してこっちの進路をナビしてくれ。できるな?」

〈お安い御用ですとも。ただ、気を付けてください。そこには何か、私の空間認識能力を阻害するものが存在します。神殿の一部領域が見通せません……その周辺で大気および構造材の温度が上昇しているのも気になります〉

「わかった」

〈さて、お連れ様の位置ですが――なるほど。ではまず佩用者の現在の地点からその進行方向のまま、10mほど進んでください――〉

 暗闇で10mを体感するのはなかなか難しい。だが指示通りに進むと、確かにそこに別の通路への分岐がある。
 俺とマリオンはカイルダインの指示に従いながら、慎重に進んだ。

〈お連れ様は先ほど言った不可知領域のすぐそばで停止――身体を拘束されているようです。不測の事態も予想されます、気を付けて〉

 淡々と伝えるカイルダインは何やら非常に不本意そうだ。直接暴れたかったのだろうか。

〈あと、先代佩用者、マリオン様によろしく。あの不可解な外部からの介入によって、彼女との共鳴が断たれたのは、非常に残念なことでした――〉

 その旨を伝えると、マリオンは何となく憂鬱そうに言葉を濁して足を速めた。
 

 
 二十ほどの分岐を越えた後、不意に視界が開けた。

 回廊の終端は、神殿の地上部分まで連なる吹き抜けの空間になっていた。その奥深く腰までをさらに地下に埋めて安置された、巨大な像があった。頭部が肩と一体化し、その上に垂直に伸びる二本の長い角。ホムタラの神殿に安置されるのはなにかの符合か、赤みを帯びた金属で覆われている。

「保存護令械……『モルドヴォス』というのはこれか?」

 マリオンがいぶかしげにそれを凝視した。

「保存」されているはずのそれは、しかし械体の節々から熱い蒸気をほとばしらせながら、確かに稼働状態にあるようだった。そして、装甲の内側になにか生き物の組織めいたものが見える。

「様子がおかしいな」

 俺はカイルダインに確認を取った。どうやら神殿の不可知領域というのは、あの護令械を覆っているということで間違いないようだ。

 注意深く周囲を見回す。俺たちの立っている場所からそう遠くない片隅に、動物を飼うときに使うような、鉄格子のはまった箱――檻が見えた。
 床面積にして二畳ほど。狭くはないが、高さが1mほどしかない。中に入った人間は立ち上がることができず、絶えず腰をかがめ頭を下げていなければならない残酷な造りだ。

 その箱の中に、犬のように丸まって横たわる人影。体のほとんどを覆う赤みがかった長い金髪。小麦色の肌に、丈の短い黒いジレ。パキラだ。

 口元からはさるぐつわが外されており、檻の中には米飯が少し盛られた木の皿と、陶器のコップがあった。

「よし……どうやら最悪の予想が当たりそうだが、少なくともこの娘に関しては一番マシな結果が出たな」

 マリオンがほっと溜息をつく。俺は檻に近づいて、かがみこんだ。

「パキラ! 起きろ、助けに来た」

「えっ……」

 パキラは泣きはらした目をぼんやりと見開き、そしてパッと顔をほころばせた。

「ヴォルター!? どうしてここに」

「カイルダインが探し出してくれたんだ。そしてマリオンが潜入を手伝ってくれた。無事でよかったよ……さあ、ここを出るぞ」

「え、ええ。でもこの檻には鍵が……」

「鍵か。どれ」

 マリオンが素早く檻を検分した。四方の鉄格子面のうち一つが、全体を扉として蝶番で開閉するようになっているようだった。

「この程度のものなら鍵など必要ない。できるだけ隅のほうに……そう、そっちだ。そこで体を小さくしていろ」

「ど、どうする気!?」

 指示通り檻の隅に体を縮めてうずくまりながら、パキラが悲鳴に似た声を上げた。

「こうだ!」

 マリオンは操屍鬼に対しては全く役に立たなかった腰の刀を、ここぞとばかりに振り上げ、一気に振り下ろした。
 ガツン、と鈍い音が響き、蝶番がすっぱりと切断されて格子が外側に倒れる。騒音を防ぐためか、マリオンはそれをさっと太ももで受け止めた。

「す、凄い……」

「鋼というのは元来こういうものだ。とにかく、早くここを立ち去ろう」

「ええ。でも、いったい何が起こってるの? あの護令械は――」

「あれはもう、護令械ではない――邪神のうつわだ」

 そういい放ったマリオンの顔は、ひどく青ざめて見えた。
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