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第一章:カビた魔導書で足の踏み場もない家
森はそもそも誰のもの
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「それにしても、いったいどこにあるんだ? そんな、一ロッドもの巨木なんて……」
ドワイトが怪訝な顔をする。
「そんな、珍しいかな?」
俺が質問を返すと、彼は当然だと言わんばかりに口を尖らせた。
「いや、そりゃそうだろ。バウメルで伐ってる木は半分が船材用の楢や松だ。育つのには時間がかかるし、海軍や海運組合が仕切ってるから、出荷も計画的なもんだ。流れ者がぽっと出てきても、まず伐らせてもらえやしない。建材用の杉やトウヒも大体そんな感じだぞ」
「そうか」
「そうなのかあ」
これは突っ込まれるとまずいかも――そう思って言葉を濁し気味に相槌を打った俺だったが、ネビルがわざわざそれに調子を合わせてきた。動揺していたらしいが、これは良くない。
ドワイトは眼光を鋭くしてさらに踏み込んできた。
「ネビルまでそんなすっとぼけてやがるとはな……ああ、まさか。まさか、ベンウッドの森か?」
「…………」
「悪いことは言わん、やめとけ」
道具鍛冶が瞑目して首を横に振る。なんだろう、よほどまずい背景があるのだろうか。
「えっと、ドワイトさんはもしかして、あの森について詳しくご存じです?」
「いや、大したことは知っちゃいない、あそこはとにかくヤバいんだよ。あの広さの森が近くにあるのに、わざわざバウメルで植林を行って林業やってるんだぞ。つまり、立ち入っちゃならない理由があるはずだろうが」
言われてみれば、確かに。
ベンウッドの森周辺には例の小川を生み出すだけの水源もあるし、それをもとに運河でも開削すれば、伐り出した材木を簡単に海まで運べる。
あとはいかだに組むなり船に積むなりして、クロープまで洋上を運べばよかったはずなのだ。
「参ったな。辛気臭い森だとは思ってたが、本当に何かあるってことか」
「ああ。俺が聞いたのはこういう話だ……昔からあの森にはとかく悪いうわさがあって、近辺の村人は立ち入らなかった。たまに何も知らない旅人が踏み込むと、たいてい災難に遭った。ところが……ええと、今から百五十年くらい前だな。クロープへの街道を作ろうとしたときに、地形の関係でどうしてもあの森を通さなきゃならなくなったんだ」
ネビルの話を思い出す。森を通る街道がなぜか最低限の範囲だけを切り開いて舗装され、すぐ間際まで木々が迫っている件だ。
それに俺も見たが、街道の真上は広がった樹冠が日光を遮るに任せてある。とにかくろくに整備がされていない。
「それでな。都からその、森に潜んでる何かと交渉するために、やんごとないお方が遣わされたんだと。それでようやく、街道として本当に最小限の工事だけが許されたんだそうだ」
「それってのは、つまり……」
ネビルが薄気味悪そうに言葉を濁した。俺にもようやく事情が察された。
禁足地、という概念が存在する。日本にも少なからず実在していた。神社の境内のその奥などによくあるイメージだが、宗教的なタブーの観念からか、あるいは本当に何らかの危険があるのをぼかされているのか――とにかく、人の立ち入りが禁じられ、手つかずの自然のままに残される場所だ。
つまり、ベンウッドの森は、街道こそ通っているものの、本来はそのたぐいの聖域、あるいは禁断の地である、ということ――森の利用権について調べがつかなかったのもそういうことか。
「……よくわかりました、あの森には近づかないように気を付けます。でもまあとりあえずここまで進んだ商談だし、大鋸は買わせていただくってことで。後日決済に来ますので、とりあえず現物を」
「そういうこと言うやつはだいたい解っちゃいないし、やろうと思ってることはやらずにおかないもんだがな。まあいい、俺は忠告をしたからな。あとは知らんぞ、いいな?」
あきらめたように念を押すと、ドワイトは俺たちを倉庫まで案内してくれた。ゴーレム二体を活動状態にして、鋸を荷馬車に積み込む。
荷台から大きくはみ出して何とも物騒だが、これはなにか当て木でもして刃を覆ってから、革紐の類で固定しないといけない。さもなくば、うかつに街中を移動することでけが人が出る。
その作業をしながら、俺はネビルに耳打ちした。
(なんとなく事情がつかめてきた気がする。あとでここの役場にでも行って、当時の記録がないか調べてみよう。実のところ、なんとなくだけど予想してることもあるんだ。そんなに外してないんじゃないかと思う)
シルヴィアが名のった、オレインシュピーゲルという家名――記憶に間違いがなければあの女騎士ヴェルベットと同じく、勇者に所縁のある家系だったはずなのだ。それも、代々高位魔術師を輩出した家柄の。
ドワイトが怪訝な顔をする。
「そんな、珍しいかな?」
俺が質問を返すと、彼は当然だと言わんばかりに口を尖らせた。
「いや、そりゃそうだろ。バウメルで伐ってる木は半分が船材用の楢や松だ。育つのには時間がかかるし、海軍や海運組合が仕切ってるから、出荷も計画的なもんだ。流れ者がぽっと出てきても、まず伐らせてもらえやしない。建材用の杉やトウヒも大体そんな感じだぞ」
「そうか」
「そうなのかあ」
これは突っ込まれるとまずいかも――そう思って言葉を濁し気味に相槌を打った俺だったが、ネビルがわざわざそれに調子を合わせてきた。動揺していたらしいが、これは良くない。
ドワイトは眼光を鋭くしてさらに踏み込んできた。
「ネビルまでそんなすっとぼけてやがるとはな……ああ、まさか。まさか、ベンウッドの森か?」
「…………」
「悪いことは言わん、やめとけ」
道具鍛冶が瞑目して首を横に振る。なんだろう、よほどまずい背景があるのだろうか。
「えっと、ドワイトさんはもしかして、あの森について詳しくご存じです?」
「いや、大したことは知っちゃいない、あそこはとにかくヤバいんだよ。あの広さの森が近くにあるのに、わざわざバウメルで植林を行って林業やってるんだぞ。つまり、立ち入っちゃならない理由があるはずだろうが」
言われてみれば、確かに。
ベンウッドの森周辺には例の小川を生み出すだけの水源もあるし、それをもとに運河でも開削すれば、伐り出した材木を簡単に海まで運べる。
あとはいかだに組むなり船に積むなりして、クロープまで洋上を運べばよかったはずなのだ。
「参ったな。辛気臭い森だとは思ってたが、本当に何かあるってことか」
「ああ。俺が聞いたのはこういう話だ……昔からあの森にはとかく悪いうわさがあって、近辺の村人は立ち入らなかった。たまに何も知らない旅人が踏み込むと、たいてい災難に遭った。ところが……ええと、今から百五十年くらい前だな。クロープへの街道を作ろうとしたときに、地形の関係でどうしてもあの森を通さなきゃならなくなったんだ」
ネビルの話を思い出す。森を通る街道がなぜか最低限の範囲だけを切り開いて舗装され、すぐ間際まで木々が迫っている件だ。
それに俺も見たが、街道の真上は広がった樹冠が日光を遮るに任せてある。とにかくろくに整備がされていない。
「それでな。都からその、森に潜んでる何かと交渉するために、やんごとないお方が遣わされたんだと。それでようやく、街道として本当に最小限の工事だけが許されたんだそうだ」
「それってのは、つまり……」
ネビルが薄気味悪そうに言葉を濁した。俺にもようやく事情が察された。
禁足地、という概念が存在する。日本にも少なからず実在していた。神社の境内のその奥などによくあるイメージだが、宗教的なタブーの観念からか、あるいは本当に何らかの危険があるのをぼかされているのか――とにかく、人の立ち入りが禁じられ、手つかずの自然のままに残される場所だ。
つまり、ベンウッドの森は、街道こそ通っているものの、本来はそのたぐいの聖域、あるいは禁断の地である、ということ――森の利用権について調べがつかなかったのもそういうことか。
「……よくわかりました、あの森には近づかないように気を付けます。でもまあとりあえずここまで進んだ商談だし、大鋸は買わせていただくってことで。後日決済に来ますので、とりあえず現物を」
「そういうこと言うやつはだいたい解っちゃいないし、やろうと思ってることはやらずにおかないもんだがな。まあいい、俺は忠告をしたからな。あとは知らんぞ、いいな?」
あきらめたように念を押すと、ドワイトは俺たちを倉庫まで案内してくれた。ゴーレム二体を活動状態にして、鋸を荷馬車に積み込む。
荷台から大きくはみ出して何とも物騒だが、これはなにか当て木でもして刃を覆ってから、革紐の類で固定しないといけない。さもなくば、うかつに街中を移動することでけが人が出る。
その作業をしながら、俺はネビルに耳打ちした。
(なんとなく事情がつかめてきた気がする。あとでここの役場にでも行って、当時の記録がないか調べてみよう。実のところ、なんとなくだけど予想してることもあるんだ。そんなに外してないんじゃないかと思う)
シルヴィアが名のった、オレインシュピーゲルという家名――記憶に間違いがなければあの女騎士ヴェルベットと同じく、勇者に所縁のある家系だったはずなのだ。それも、代々高位魔術師を輩出した家柄の。
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