8 / 45
【第八話】君の評価
しおりを挟む「み、見ました?」
「…………なにを?」
「……いえ、なんでもないです。それより今日は夕方に伺いますって、メッセージ送ったじゃないですか」
「そう? 気付かなかったなあ」
プライベートの方でも連絡をしていたというのに、入れ違いになってしまったのか。それとも別件で顔を出す用があったのか。冷ややかに返された言葉が突き刺さり、それ以上の追求を阻害する。
どちらにしても、顧客である彼を頻繁にオフィスへ呼び出すのは体裁が悪い。上司に見つかる前に移動せねばと思考を巡らせ、理人は営業部のミーティングルームの扉を開いた。
「来月のイベントのプロモ動画、サンプル上がってきてますよ」
「へえ、いい感じだね。どこかの運営さんとは大違いだ」
「営業かけてみようかなあ」
「異世界の会社相手に?」
「異世界の会社でも一件は一件です」
今月も残すところあと一週間。二ヶ月ほどで年末となり、今年度の売り上げが決まる。同期の樹とはほぼ平行線、もしくは少し劣勢か。新規の顧客獲得数も既存客からの追加注文も、顔が広い彼はその気になればいくらでも取ってこれるのだろう。
努力をしていないとは言わない。陽気な気性も幅広い人脈も、その人物を形成するものの一つであり、これまでに築き上げてきた歴史だ。他人と自分を比べたところで、生まれ持った素材が違えば育った環境も違う。不毛な妬みは健康を害するだけだと理解しながらも、根付いた思考はそう簡単には変えられない。一種の癖のようなそれはいつも、本人の意思とは別のところで作動するのだ。
「理人、寝てないだろ」
「ちょうどさっき仮眠とったところです」
「そうじゃなくて」
「……わかってますって、週末に寝溜めするようにしてるんですけど」
「一人じゃ寝れない?」
カタッと席を立ち、理人の横へ回った一色は深い隈を刻んだ目元を見据える。ただの寝付きの悪さも、ここまで長引けは治療が必要な域に達した。悪夢を見る度に飛び起きて、どのくらい眠れているかは本人にもわからない。加えて、家にまで仕事を持ち込めば、ただでさえ少ない睡眠時間が削られた。
「今日はうちに泊まる?」
「まだこのあと営業部のミーティングが入ってるんです。それに今月はあと最低でも三件持ってこないといけなくて」
「数字だけが君の評価じゃないよ」
「数字だけが俺の評価です」
普段はけして声を荒らげない理人も、数字のこととなれば目の色が変わる。色素の薄い瞳に映り込む数字の螺旋。バサリと切り捨てるように吐かれた言葉は鋭利な刃を従え、真っ直ぐに自身の胸へと突き刺さっていた。
「もう親の目を気にしてたころと違うんだから」
「あんなクソ親はどうでもいいんです。売上を出せない俺を会社は必要としてくれない、結果が出せない俺は社会のクズです」
「親の次は会社、会社の次は社会。そんなに自分を追い詰めて楽しい?」
ぐっと噛み締めた唇を紐解くように当てられた親指。赤らんだ頬はなにを思い起こしたのか、理人は視線を逸らせ、部屋の奥に飾られた花を捉えた。
ただ愛らしいという理由だけで存在を許された花。人も同じように、無償でその価値を与えられたならばどれだけ楽なことか。
「……僕は、君が今ここで息をしてくれてるだけでも嬉しいのに」
否定的な言葉はいらないと封じられた口には甘い接触が施される。その巧みな舌遣いにまで嫉妬を覚えるのだから、本当にどうしようもないなと、理人は自嘲じみた笑いに瞼を伏せた。
40
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる