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【第九話】バナー詐欺
しおりを挟む「はああああぁ……くそっ、またか! この忙しい時に!」
激しい口調は訳があってのことなのか。理人は四つん這いになり、握りしめた拳を床へ叩きつけた。歩み寄った一色は逸早く到着していのだろう。白い部屋の中央へと歩み寄り、軽食を口にしながら理人の横で身を屈める。
「なにかあった?」
「いえ、大丈夫です。運営さん、今日は巻でお願いします」
最高潮に達した不満も、取引先の重役を前にした途端にすとんと収める。切り替えの速さは営業職の要。理人は口元に押し付けられた苺を咀嚼すると、一色から追加のもう一つを受け取り立ち上がった。
「急用?」
「不正利用が発覚したので、クレカ会社からの連絡待ちなんです」
「だから海外サイトはやめとけって言ったのに」
「わかってます、魅力的なエロ広告を深追いした結果です」
「広告代理店で働いてて、なんでバナー詐欺に引っ掛かるかなあ」
どれほどの被害があったかは定かではないが、その堂々とした面持ちは一切の悔いを感じさせない。疲労はあれど、どこか艶と張りのある顔色。無修正で抜きまくりましたと書いてある表情からは確かな達成感が読み取れた。
「今日はもう絶対に、絶対に勃たないんで、なにがなんでもデスゲームしか選べません」
「二回言ったね」
『ご申告ありがとうございます』
目をしぱしぱと動かし、やけに気分が高揚しているようにも見る。これは間違いなく徹夜明けによるランナーズハイ。睡眠欲より性欲が勝った代償なのか、どうみても正気ではない姿は見る者の加護欲を誘った。一刻も早く、彼を自宅へ送り届けなければならない。その使命感はカメラの向こうも同じなのだろう。赤い液晶画面が雄々しい法螺貝の音と共に切り替わる。
お決まりのレインボーサークルを挟んだ後に、ぱっと表示されたものは、白地の背景に佇む男。異常さを感じさせる蛍光どピンクのメイド服。大きなホチキスのようなもので縫い止められた口元も毒々しい。浅黒い肌の中で、充血した瞳は何かに追い立てられるように揺れていた。
特殊メイクでアングラ系を選ぶのならば、服装もメイドではなくゴシック調で揃えればいいものを。あえて外してくるセンスは目覚ましい。情シス、プロジェクトリーダー、そして服飾担当も使えないとくれば、いよいよ企画大転けも秒読み段階。打ち切りも近いかとふと過った寂しさに、理人は驚きを表した。
クソみたいな出だしを切った、「セックスかデスゲームをしないと出れない部屋」。再生数を伸ばせない企画など早々に見限るべきであるのに、つたない手作り感や不器用な仕事を前に愛しさが込み上げる。度重なるアクシデントにもめげず、最短で即興の代替え案を用意した現場の努力は褒められるべきだった。
企画の成功へ向けて一致団結を図る姿は、きっと視聴者にも届いたのだろう。サイドテーブルの上に置かれた花束には、翻訳された応援メッセージが添えられていた。
――数字だけが評価の対象ではない。
今になって、一色の言葉がすとんっと肩に降りてくる。
「――だからと言って、突っ込まないわけにはいかない。萌え系で行くのかホラーで行くのか、はっきりしてほしい。急な仕様変更はすんなって、初回に一色さんから注意受けただろ」
「どうした、理人?」
「この男、昨夜見た爆乳メイド足コキ五連発の子と同じコスチュームなんで吐きそうです」
「偶然って怖いな」
すぐにでも視界から消え去って欲しい。そう急き立てられるようにスワイプした画面は、即座にフリーズする。思春期のメンタルよりも不安定な操作性。清水との連絡も途絶えた今、スマホもネットも通じない空間でなせることなど限られている。理人はソファに腰を落とし、半目で固まった男の顔を見据えた。
「この人、知ってます?」
「んー……そうだね」
「有名な人なんですか?」
「理人、営業なのにニュース見ないんだ?」
「……株と経済とグラビア速報は見てますよ」
同様の指摘を樹からされ、言葉尻が澱んだ。仕事の一環だとわかっていても、目に入れたくない情報はどう足掻いても受け入れられない。最近やっと電車へ乗れるようになったというのに、下手に刺激してパニック障害を引き起こすことだけは避けたかった。
ピピピッと軽快な電子音が皮切りに現れた木製の格子。そして猫と魚を象った積み木のようなものが五つずつ。自動で左右に分かれたそれは青白く発光し、厳かな温度でゲームの開始を告げる。
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