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【第十三話】そっちじゃない
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◆ ◆ ◆
久喜理人が義両親に引き取られたのは、彼が初等学校の高学年に上がったころの話だ。慣れ親しんだ養護児童施設を後にし、迎え入れられた先は全てが均等に整理された色のない部屋。子供らしさが削ぎ落とされたそこは、二十四時間快適な温度で保たれていた。壁に貼り付けられたホワイトボードが分刻みで日程を告げる。絵本の代わりに並べられた参考書は分厚く、クローゼットを開ければ皺一つない白いシャツが並べられていた。
自由奔放に裸足で外を駆け回っていた日々とは一転した生活。不満を言えば容赦無く引っ叩かれ、ノルマを満たせなかった日は食事を抜かれる。無償の愛とはほど遠い躾は、教師という彼らの立場を確なものにするためだけに存在していたのだろう。
歳の近い義兄が手際よく両親をあしらう中、その注意は器用さを待ち合わせていない理人へと向けられる。度を過ぎた人格否定や尊厳に関わる行いも、「子の未来のため」という不明確な謳い文句で罷り通ってしまう。それでも、理人は必死になって彼らの愛情にしがみ付いた。心の根底にある一度親に捨てられたというが過去が、彼にそうさせたのだ。
常に対価を求められる関係。努力しなければ愛を与えられない環境。それらが子供の自己形成に影響を与えないわけがない。高まる水位に肺が圧迫されるような焦燥感が、着実に理人の精神を蝕んでいく。
それが明白に現れたのが、親元を離れた途端に崩壊した貞操観念なのだろう。手っ取り早く愛を得られるなんて甘い考えが爛れた性生活を増長する。たとえそれが間違いであったとしても、誰がその愚かさを咎められたか。喉を枯らすような寂しさと、捻じ曲がった自己承認欲求の代償。それを受けたのは親ではなく、愛を無心した彼自身であった。
短期的な選択は充実感を生んだものの、結果的には功を成さず。理人の意識は再び数字へと戻って行った。結果論ばかりの思考では友人もできず、他人からの評価ばかり追い求める毎日。
そんな堕落した生活が続く中、変化を告げるきっかけは不意に訪れる。大学に入り、ちょうど一年が経過したころ。理人は空き教室で惰眠を貪っていた。隣には先ほどまで肌を重ねていた女生徒が半裸でスマホを弄り、ふざけた名前の歌手のスキャンダルに夢中になっている。その日は午後の授業はなく、度重なる不眠から注意力が低下していたのかもしれない。扉の解錠音に反応が遅れ、気が付けば冷えた表情でこちら見据える男が襟元を掴み上げていた。
「俺がなんで怒ってるかわかるか、理人?」
「あなたの女を寝とったからですか」
「惜しいな、でもそっちじゃない」
鋭い眼光で睨め射られようと、微動だにしない理由はその原因に心当たりがあったからだ。理人は顳顬に筋を浮かべた義兄、久喜佑から目を逸らし、音もなく逃げ去った女の化粧ポーチを足蹴った。
久喜理人が義両親に引き取られたのは、彼が初等学校の高学年に上がったころの話だ。慣れ親しんだ養護児童施設を後にし、迎え入れられた先は全てが均等に整理された色のない部屋。子供らしさが削ぎ落とされたそこは、二十四時間快適な温度で保たれていた。壁に貼り付けられたホワイトボードが分刻みで日程を告げる。絵本の代わりに並べられた参考書は分厚く、クローゼットを開ければ皺一つない白いシャツが並べられていた。
自由奔放に裸足で外を駆け回っていた日々とは一転した生活。不満を言えば容赦無く引っ叩かれ、ノルマを満たせなかった日は食事を抜かれる。無償の愛とはほど遠い躾は、教師という彼らの立場を確なものにするためだけに存在していたのだろう。
歳の近い義兄が手際よく両親をあしらう中、その注意は器用さを待ち合わせていない理人へと向けられる。度を過ぎた人格否定や尊厳に関わる行いも、「子の未来のため」という不明確な謳い文句で罷り通ってしまう。それでも、理人は必死になって彼らの愛情にしがみ付いた。心の根底にある一度親に捨てられたというが過去が、彼にそうさせたのだ。
常に対価を求められる関係。努力しなければ愛を与えられない環境。それらが子供の自己形成に影響を与えないわけがない。高まる水位に肺が圧迫されるような焦燥感が、着実に理人の精神を蝕んでいく。
それが明白に現れたのが、親元を離れた途端に崩壊した貞操観念なのだろう。手っ取り早く愛を得られるなんて甘い考えが爛れた性生活を増長する。たとえそれが間違いであったとしても、誰がその愚かさを咎められたか。喉を枯らすような寂しさと、捻じ曲がった自己承認欲求の代償。それを受けたのは親ではなく、愛を無心した彼自身であった。
短期的な選択は充実感を生んだものの、結果的には功を成さず。理人の意識は再び数字へと戻って行った。結果論ばかりの思考では友人もできず、他人からの評価ばかり追い求める毎日。
そんな堕落した生活が続く中、変化を告げるきっかけは不意に訪れる。大学に入り、ちょうど一年が経過したころ。理人は空き教室で惰眠を貪っていた。隣には先ほどまで肌を重ねていた女生徒が半裸でスマホを弄り、ふざけた名前の歌手のスキャンダルに夢中になっている。その日は午後の授業はなく、度重なる不眠から注意力が低下していたのかもしれない。扉の解錠音に反応が遅れ、気が付けば冷えた表情でこちら見据える男が襟元を掴み上げていた。
「俺がなんで怒ってるかわかるか、理人?」
「あなたの女を寝とったからですか」
「惜しいな、でもそっちじゃない」
鋭い眼光で睨め射られようと、微動だにしない理由はその原因に心当たりがあったからだ。理人は顳顬に筋を浮かべた義兄、久喜佑から目を逸らし、音もなく逃げ去った女の化粧ポーチを足蹴った。
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