24 / 45
【第二十四話】僕の大切な人
しおりを挟む「好きだよ、理人」
「だ、め……っ、一色さん」
「大好き、理人」
「俺、は……好きじゃ、ない」
唇の先が触れる手前でどうにか押し止め、理人は手のひらで一色の口元を覆う。その口から織りなされる睦言も、脳蕩かせる舌の温度も、受け入れてしまえばまた振り出しに戻ってしまう。
やっと合わさった視線はすぐさま雫の中に溺れ、救いようのない情炎に喉が震えを帯びた。
「あなたを、好きになんてなりたくない……っ、努力して、惨めったらしく縋り付いても、見返りが得られなかったら死にたくなる。嫉妬に駆られてまで走り続けるのはもう嫌だ」
目尻に溜まった涙が停滞し、視界を歪ませる。一色がどんな表情でそれを聞いていたのかはわからなくとも、その必死さは届いたのだろう。キスの代わりに触れ合った額は冷たく、美しい睫毛が情緒的に憂いを帯びる。
「こんなに伝えてるのに、まだ信じられない?」
「信じられるかどうかじゃないんです……あなたに愛されるために、なにを犠牲にすればいいのかがわからない」
この冷厳な社会では居場所を確保するために代価が求められた。毎日が椅子取りゲーム、不用品だと判断されないように、席へしがみ付かなければならない。
数字は正直だ。なにがいいか悪いのか一目でわかり、結果として手元に戻ってくる。それに対して愛なんてものは不安定な感情論に過ぎない。大半が搾取されて終わるだけ。人は欲深い生き物だ。いくら口で甘いことを垂れようと、その腹の奥では損得の計算が行われる。それが悲しくも現実であり、義両親との関係から学んだことでもあった。
「理人は誰に認められたいの? 社会なんて誰かが作った概念でしかないのに」
一色は親指を理人の唇に押し当て、滞った憐憫を吐き出すように促した。夢の中で何度と繰り返されたその仕草。身に染み込んだ流れは理性を通さずに、内に秘めた思いを吐露させる。
「……拓さんの葬式に来てた人が言ってたんです、なんで生き残ったのが俺だったんだろうって。義両親だけじゃない、親戚も友人もみんな口を揃えて言ってました」
毒を吐く度に、刃を持った言葉たちが哀傷を刻んでいく。堪え切れずに零れた涙はボロボロと大粒の雫になって頬を汚し、その心痛を露呈させた。
「兄さんの代わりに、俺が死ねばよかった……っ」
ぐっと喉を押し潰して滲み出た感情の膿。濁流のように渦巻く心中は嫉妬と懺悔、そして幼いころに置き去りにしてしまった孤独感を引き連れた。
「理人、お願いだから、僕の大切な人にそんなこと言わないで」
酷い音を立てて嗚咽する背を抱き寄せ、一色は赤く腫れた瞼の上に優しく口付ける。柔らかな接触と心地よい肌の温度を前にはプライドなど意味をなさないのだろう。理人は子供のように声を上げては喉を掠れさせ、自身の欠陥を覆い隠すためだけにキスを求めた。
「僕は君がここにいてくれるだけで幸せになれる……息をしてるだけでもいい、だからそんな酷いことを言わないで」
息継ぎの度に注ぎ込まれる囁きは、いつになればその腹部まで辿りつくのか。一色は理人のうなじへと手を回し、角度を変えては接続を深めた。
「君はどうすれば自分を許してあげられるんだろうね」
スーツという甲冑で身を包み込み、社会という戦場を駆ける彼はまだこんなにも未熟な声で泣く。成長過程で分離してしまった、大人と子供の自分。成長が止まった心は静かに主へと歩み寄り、愛に臆病になってしまったもう一人の身体を優しく抱き締めた。
30
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?
monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。
そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。
主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。
※今回の表紙はAI生成です
※小説家になろうにも公開してます
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる