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【第二十五話】月に一回だけ
しおりを挟む年末を控え、どこもかしこも慌ただしい様子で行き交う人々。窓から覗いた街並みは白く、クリスマスのデコレーションを煌びやかに飾り立てていた。
理人は空の缶珈琲を横へ置き、幸せそうに手を繋いで道を歩く若い恋人達を見下ろす。世の学生はすでに冬休みなのだろう。人目を憚らずに抱き付いてはキスをして。こんなところにもグローバル化の影響が出ているのかと、愛情表現豊かな世代に少しばかり嫉妬を覚えた。
「理人、ミーティング来週に変更だって」
「どうした?」
「佐々木が風邪ひいて早退したんだよ」
ぽこんっと書類を丸めた筒で頭部を叩き、樹は勝手気ままに横の席へと腰を下ろす。伝言を終えたにも関わらず、まだ他にも用があるのか。意地悪げに口角を上げては理人の頬を指で突いた。
「お前が数字見に行かないの珍しいな」
興味半分、感心半分。数字の虫と呼ばれる男が、ここ最近全く成績表を気にしていないことが、それほど面白いのか。樹としてはいい傾向だと褒め称えたはずが、受け取り側もそうだとは限らない。一時の間を挟み、すぐに逸らされた顔には影が差す。
新しい営業への引き継ぎが済み、それ以降は一色との連絡を絶っていた。プライベートも含め、電話もメールもメッセージすら交わさない。
学生時代から続く友情の終わりは、思っていたよりもあっけないものだった。二、三回は連絡がくるかもしれない。そう期待していなかったと言えば嘘になる。彼からの連絡を待って三日が過ぎ、一週間が過ぎ、そろそろ一ヶ月が終わろうとしていた。
寂しさ、喪失感。そんなものを抱く権利などないはずなのに、身勝手な心は悲痛を叫ぶ。あれほどまでに純粋で、慈悲深い愛を注いでくれた友人を虐げた。その罪は重く、誰に非難されようと否定のしようがない。
皮肉にも、大切なものはいつも失ってから気付くのだ。自分に安心感と居心地の良さを与えてくれた者が、いつまでも傍にいてくれるとは限らない。それは「鈍感さ」ではなく、「甘え」。蕩けるような湯水の中で、的外れな勘違いを起こしていた。当たり前にあったものは、誰かの愛によって形取られたもの。そんな大事なこと今になって気付くとは、鈍いどころの話ではない。
押し黙ってしまった律の椅子をくるりと回し、樹はその注意を引いた。
「午後の展示会だけど、三駅だし電車でいいか?」
「車は?」
「田村が佐々木のこと家まで送ってやってるんだよ」
「ああ、なるほど」
就業規則では私用での営業車の利用は禁止されていたが、どちらも営業部であれば文句を言う者はいない。逆に高熱のまま帰らせて、事故でも起こされる方が問題だった。
それにしてもあの二人は仲がいいなと軽く吹き出すと、疲労感の滲んだ理人の顔にも小さな笑みが咲く。
「お前、なかなか隈取れないな……薬は試したんだろ?」
「勝手に触るな」
「寝れないならうちに来いって、下の階なんだし」
「深夜にチャイム鳴らしたら近所迷惑になるだろ」
「じゃあ代わりに電話しろよ」
同じ社員寮に住む樹は理人の二つ下の階に住み、たまに出勤が重なることもあった。マンションの八割が社の人間のため、騒音問題だけは避けたい。深夜はドアの開け閉めすら気を払うというのに、大雑把な樹からすれば些細なことなのだろう。理人のスマホを奪い取っては、勝手気ままに自身のプライベートナンバーを追加していく。
「とりあえず俺の番号入れといた。連絡はSNSの方でもいいよ」
「しないって言ってんだろ」
「なんでだよ、あいつには電話できて俺にはできないのか?」
「……もう連絡取ってない」
「顔も合わせてないのか?」
「月に一回だけ」
「ああ、例のやつか……あれどうすれば終わるんだろうな」
詳細を言わずとも、その情報だけで察したのか。途端に声色を落とし、樹は眉に皺を寄せた。彼にとってトラウマになりかねない出来事。そこまで繊細な男ではないとわかっていても、空気感が変わったことは一目瞭然。やはり今日明日にでも忘れられるような経験ではなかったらしい。一緒に転送されてしまった原因がなんであれ、迷惑を掛けたことに変わりはなかった。
「樹」
「ん?」
「ありがとう、気に掛けてくれて」
「あはっ、珍しいな。お前が礼を言うなんて」
謝罪ではなく、感謝を選んだのはちょっとした心境の変化だ。理人は恥ずかしげに頬を染め、視線を落とす。
「よし、気分いいから奢ってやる。昼飯外で食おうぜ」
「じゃあ寿司屋予約するかあ」
「待て待て待て、回る方の寿司だよな? なあ?」
するするとスマホの画面に指を滑らせ表示したものは都内で指折りの有名店。彼のブクマに入っているということは、どこぞの裕福なご友人との来店経験があるのだろう。庶民の財布と財閥の息子の財布を比べられたら堪ったものではない。
樹はふうっと息を吐き、予約の電話を入れ始めた理人の後頭部を強めに叩いた。
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