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【第十話】
しおりを挟む「い、一冴さん……やめて」
「なあ、そいつと何回ヤった? この奥に何回出してもらった?」
「指抜いてくれ……っ、吐く」
「好きなだけ吐けよ、吐いても止めないから」
生ぬるい人の体温が内側に入り込む感覚。肌に触れられる度に堪えようのない吐き気を覚えるも、夕食前の空きっ腹では胃が荒れるだけ。粘着質な愛撫にぞわぞわと下肢が震え、意思に反して高められていく熱は恐怖だった。止めてほしいと懇願しても、見上げた男は目を合わせることすらせずに恣意的な行いを継続する。着実に雄を迎え入れるための準備をさせられ、焦りと嫌悪が理性を吹き飛ばした。
「い、やだ……っ、やだっ、放せ……っ!」
「うわっ、いきなり暴れるなよ」
「触るな……っ、俺に……この身体に触っていいのはあいつだけだ、人間の男とヤるぐらいなら死んでやる!」
明かりのない部屋の中でも仄暗く輝く紫の瞳が涙の中に沈む。痛ましいほどの嗚咽に事態の深刻さを察したのだろう。一冴は行為を中断し、背を丸めてしまったアウルの顔を覗き込む。
ぼろぼろっと止めどなく流れ出る雫。それは頬を離れた途端に結晶化し、白いシーツの上に紫の輝きを散らばらせた。透明感のある淡いバイオレットカラーの石はハックマナイトと呼ばれ、紫外線を吸収しては変色するという特色を持った宝石として知られていた。テネブレッセンス効果と呼ばれるそれはまるで星空のように濃い輝きをもたらし、見る者の心を惑わす。
性別、年齢を問わずに人を魅了しては争いを呼ぶ、罪深い女神の涙。そんな貴石には目もくれず、一冴は揺るがない視線をただ一点に注いでいた。酷い声を上げて取り乱すアウルの背を摩り、物憂げな面持ちで小さな肩を抱き寄せる。
「ちょっと落ち着けよ」
「いやだ……もう、死にたい……殺してくれ」
伸ばされた手を払い落とし、アウルは手当たり次第に物を掴んでは乱雑に放った。枕、水の入ったボトル、キャンドルライトなど、手元のものがなくなればまた身を丸めて、艶やかな髪の中に顔を隠す。ぐすぐすっと鼻を鳴らす音が混じった呼吸は整わず、酸欠になりかけているのだろう。一冴は自責の念に駆られながらも、殴られることを覚悟で再び細い腰を引き寄せた。
「アウル、暴れるな。もうしないから」
「やだ……死にたい、死んだら会える……会いたい、ニルギル」
消え入る声で落とされた愛しい者の名。驚きに目を見開いた一冴の心中など知る術もなく、アウルは身を預けたまま静かに頬を濡らせる。
「……それがお前の恋人の名か?」
宥めるように囁かれた問い掛けへは相槌だけ返し、水分を含んだ瞳は瞼の内側に舞い戻った。男性の時に比べて、幼さを感じさせる振る舞い。バスローブが脱ぎ落ち、ほぼ全裸状態であることに本人は気が付いていないのか。露わになった胸元を隠すこともせず、アウルは手の甲で荒く目元を擦り上げる。
「頼むから……もう泣くな、アウル」
震える身体をバスローブで包み込み、一冴は腕の中に納めた身体を抱き締める。長い年月を経て舞い降りてきた真実。紅潮する肌と共に高鳴る鼓動を感じながら、手の中の可憐な温もりに身を埋めた。
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🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
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