【完結】【竜×人間の恋物語】竜を愛した軍人は異世界で甘やかされる【すれ違い溺愛・ギャグ多め】

桐ヶ谷るつ

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【第十一話】

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◆    ◆  ◆


 アウルがそれと出会ったのは、彼が遠征で東部の内陸地を訪れていた時だった。灼熱の熱波が地表を焦がす中、砂漠地帯の西部に派遣されなかったことは不幸中の幸いといえる。湿気のある密林の中にいるのに異常に喉が渇くのは、茹だるように蒸発していく汗のせいだろう。アウルは長い髪を煩わしげに掻き上げ、泥に塗れた額を手の甲で拭った。

 銃撃の音が静まった昼過ぎごろ。空腹に負けて戦闘糧食レーションを口にしたところで背後から襲撃に合い、ゴーグルと帽子が吹き飛んだ。どうにか生き延びることはできたものの、日光に晒され続けた身体は立て込んだ状況などお構いなしに変化を遂げる。膨らんだ胸元はボディアーマーのお陰でそれほど目立ちはしないが、さすがに性別までは誤魔化せない。

 今回の共同任務にはハイペリオンからの軍人も参戦していた。女神に対する非道な行いで名が知れているウェールズ地方の大帝国、ハイペリオン。彼らに囚われた女神たちは首輪を嵌められ、窓すらない部屋の中で飼い殺しにされるらしい。運良く逃げても、特定の領域を越えれば爆破装置が作動して首が吹き飛ぶ。他国に兵器が渡るくらいならば殺してしまえと言わんばかりの所業。人権もクソもない行いは非道であったが、誰がそれを咎められただろう。強さは正義、弱者は搾取される。どの世界でもそれは同じ。奪われたくなければ奪う側に回らねばならない。

「くそ……っ、重たすぎる」

 アウルはブカブカになったブーツを引き摺りながら歩き、ここ数日の寝床を探す。この身体で軍事基地へ戻れば、鴨が葱を背負って帰るようなもの。特異な外見のせいで人里に降りることもできず、足は自然と木々の生い茂る森林の方へと向かっていた。

 人の手が届かないところ、日の当らない岩陰があればなお良いと足を進め、辿りついた先は涼やかな滝が降下する水際。大きな岩の上を辿った清流が滝壺に落ちていく様は爽快で、神秘期的だった。近くまで寄ると滝裏の崖が崩落しているのか、深く続く洞窟が伺える。

 アウルは警戒心を強めながら足を踏み入れ、乾いた地面のある場所まで歩き続けた。ライトを付けなくとも、蛍光色に輝く紫の瞳は暗視ゴーグルさながらの視力を発する。大きく開いた瞳孔が右の動きに反応し、反射的に銃を構えた。

「……おい、断りもなく他人様の寝床に押し入って、銃まで使うつもりか?」

 低く落とされた溜め息と共に投げ付けられた苦情。ポインターが対象からズレてしまった理由は泥濘に嵌ったブーツか、それともどこか懐かしさを覚えたその声色か。暗闇の中で蠢く身体は闇に溶ける黒の鱗に覆われ、鋭い鉤爪を携えていた。骨を容易に砕く鋭い牙に、筋肉質で特徴的な大きな翼。長いまつ毛を眠たげに動かし、ぐぐっと身を持ち上げた黒竜は二メートルほどの高さからアウルを見下ろした。

――黒竜、絶滅危惧種に認定されている竜の中でも希少とされている。まさかこんなところでお目にかかるとはと、惚けてしまったことは致し方ない。逞しい骨格と淡褐色の瞳。手足の大きさから、まだ成長過程にあることが見て取れた。翼の長さは成体時の体長を表すと言われている。

 きっと美しく、大きな竜になるのだろう。心に浮かんだ兄弟たちの姿へ思いを馳せ、気が緩んでしまったのか。伸びてきた尻尾は俊敏な動きで銃を払い、アウルの身体を縛り上げた。咄嗟にレッグホルスターからナイフを取り出すも、フォルディングタイプのそれでは牽制にもならない。

「……そんな錆びたナイフでなにができるんだよ、刃を研ぎ終わるころには俺の腹の中だぞ?」

 案の定、呆れともとれる感想が吐き捨てられ、アウルはぐっと身を強張らせた。目の前に並んだ獣脚類の歯は分厚く、噛み砕くことに特化している。戯れ合いで甘噛まれた時とは違う、死を伴った痛み。ざあっと肌に走った身震いに自然と口角が捩れる。

「生憎、お綺麗な生き方をしてなくてね……胃の中に入って、内側から内臓を抉るぐらいの抵抗はしてやるよ」
「へえ、お前竜の言葉がわかるのか?」
「言葉を話す食材がそんなに珍しいか?」

 皮肉を込めて返したはずが、意外にも興味を引いたらしい。竜は目を細めてアウルを睨め回し、地表へ下ろしては頭上からその身を観察した。

「はあ……冗談だ、人間なんて食わない」

 のそのそと元の寝床へ戻り、身を丸めては欠伸に大口を開ける。冬眠の時期でもなく活発性が見られないのは彼の性分なのだろうか。拍子抜けだと髪を掻き、アウルは折り畳んだナイフを腰ポケットに収納する。

「おい、人間。名前は?」
「ああ? なんだよ、惚れたか?」
「そうだな、興味が湧いた」

 恥じらいもなく打ち込まれた発言は狙ったものだったのか。意外な答えにぽかんと開いた口が無駄に空気を吸い込み、顔を紅潮させる。
 竜の求愛は率直で動物的。また一夫一妻性を厳格に貫く珍しい特性でも広く知られていた。結果的にそれが悪影響し、生物種の危機に繋がってしまっているのだが、それでもこのいじらしい性質は不変的で、誇り高き竜を象徴する要素の一つでもある。

「……アウルだ、愛と絆の意味を込めて母が付けてくれた」
「そうか、いい名前だな」
「お前は?」
「ニルギル、黒い竜って意味だ」
「捻りがない」
「竜は単純な生き物なんだって」
「知ってる」

 ふふっと華やかな色で相好を崩すと、アウルは上着を脱ぎ捨てニルギルの首元に潜り込む。ひんやりとした皮の感触。その奥側で波打つ緩い鼓動の音。低めの体温は心地よく、日焼けした肌を優しく癒した。大きな身体に包み込まれる安心感に、うとうとと瞼を揺らせば全身が睡魔に囚われる。

「おい、まさかそこで寝るつもりか?」
「二日寝てないんだよ」
「冗談じゃない、家に帰れ。雄の巣穴には近付くなって母親に習わなかったのか?」
「はあ……童貞臭い発言だな」
「お前さ、口に出す前に一度考えてから発言しろよ」

 嫌がらせと言わんばかりに舌で詰られるも、疲労感はピークに達していたのだろう。そんなことでは動じないアウルは身を丸めて寝息を立て始める。硝子細工のように繊細な顔立ちをした訪問者は、その見た目に反して図々しい。ニルギルは身じろぐ小さな身体を横たわらせると、そっと尻尾を絡ませて温もりを分け与えた。



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