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【第十五話】
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「お前のことだから後ろめたい理由じゃないんだろうけど、他の奴からしたら遊び歩いてるようにしか見えないからな」
気遣いのある忠告はやわらかくも、しっかりと要点を抑えている。気の置けない仲だからこそ、こんなことで信頼を落として欲しくないのだろう。膨れた頬を突かれれば自然と不満が引っ込み、アウルはふっと相互を崩した。
「後ろめたさがあるから素直に叱られたんだよ」
「あはっ、なんだそれ? 気になる奴でもできたか」
「悪いか」
「……へえ、詳しく聞かせろよ」
それは意外な返答だったのか、エルドは椅子を寄せてやや強引に顔を覗き込む。僅かに広がった瞳孔は静かに時を待ち、その奥に潜んだ劣悪な感情を見事に手懐けていた。
「外に会いに行ってるってことは軍人じゃないな、お前が寝泊まりしてるところの住人か?」
「おい、尾けたのか?」
「違うって、お前があんまりにも道に迷うから追跡装置持たせただろ」
「あんなの捨てたに決まってる」
「なんだよ、そんなに俺に知られたくない相手なのか?」
くすくすと人懐っこい笑みを滲ませては脇腹を小突く。過去に浮いた話の一つもなかった友人の吉報がそれほど嬉しいのか。資料倉庫の奥に隠してあったブランデーまで持ち出して、エルドは話の先を促した。
「年齢は? どこ出身の女だ?」
「歳は知らない」
「わかった、ついに念願のHカップ美女と出会ったんだろ?」
「揶揄うつもりならあっちに行け」
「ますます気に入らないなあ」
酒は飲めないと言っても、祝いの席だと注がれてしまえば断るわけにもいかない。どこで出会ったのか、どんなところが気に入ったのか、二人でいる時はなにをするのか。初心な問い掛けばかりに顔が茹で上がり、アウルは次第に口数を落としていく。
「お前さ、一生に一度しか恋人は作らないって言ってたけど、あれ本気なのか?」
「当たり前だろ」
「じゃあそいつが死んだらどうするんだ?」
「死んだらって……そんな先の話わからない」
愛を育み始めたばかりの者に対しては酷な質問だが、案外いいところを突いている。人と竜では成長の速度も寿命も違う。圧倒的に竜の方が長い年数を生きることを、アウルは今の今まで失念していた。
自分が人間という虚弱な生物なせいで、三倍もの年数を生きる彼に寂しい思いをさせてしまう。共にいる時間よりも、失った片割れを思い続けて生きる時間の方が長い。置いていく方も、置いていかれる方も辛い恋の結末。美しい翼を持つ恋人は、そのことを知っているのだろうか。
押し黙ったアウルの顔には陰が差し、薄灰色の瞳が狼狽の色に染まる。
「そうだよな……きっと、お前も選択肢がなくなれば考えが変わるだろ」
「はあ? なんだそれ、どういう意味――」
すうっと耳を掠めた指が後頭部に回され、髪を引かれる。喉が延ばされ開いた口には度数の高いアルコールの味が広がった。生温かい舌が咥内を嬲る感触。驚きと嫌悪が込み上げてきたのは、ほぼ同時だった。アウルはブーツの靴底でエルドの腹を蹴り、唇が離れた途端に勢いよく立ち上がった。
「なにするんだ……っ、気色悪い!」
「なにって……ぷっ、あははっ! お前すごい顔だな、あははっ!」
「くそっ、最悪だ……っ! ゲロ吐いてくる」
「あははっ、はぁっ……たかがキスぐらいで騒いで、可愛いなあ」
ガタガタと酒の回った足でフラつきながらも部屋を後にし、一目散にバスルームへ駆けて行く。一人残されたエルドは再び頬杖を付き、窓の外で驟雨を降下し始めた空を見上げた。
「……本当に、可愛い奴だよお前は」
薄笑いを浮かべた男の手の中には鈍い色で輝く黒い石が一つ。ころころと転がったそれは窓を叩く雨水を映し出し、涙に濡れた瞳で辛苦を嘆いた。
気遣いのある忠告はやわらかくも、しっかりと要点を抑えている。気の置けない仲だからこそ、こんなことで信頼を落として欲しくないのだろう。膨れた頬を突かれれば自然と不満が引っ込み、アウルはふっと相互を崩した。
「後ろめたさがあるから素直に叱られたんだよ」
「あはっ、なんだそれ? 気になる奴でもできたか」
「悪いか」
「……へえ、詳しく聞かせろよ」
それは意外な返答だったのか、エルドは椅子を寄せてやや強引に顔を覗き込む。僅かに広がった瞳孔は静かに時を待ち、その奥に潜んだ劣悪な感情を見事に手懐けていた。
「外に会いに行ってるってことは軍人じゃないな、お前が寝泊まりしてるところの住人か?」
「おい、尾けたのか?」
「違うって、お前があんまりにも道に迷うから追跡装置持たせただろ」
「あんなの捨てたに決まってる」
「なんだよ、そんなに俺に知られたくない相手なのか?」
くすくすと人懐っこい笑みを滲ませては脇腹を小突く。過去に浮いた話の一つもなかった友人の吉報がそれほど嬉しいのか。資料倉庫の奥に隠してあったブランデーまで持ち出して、エルドは話の先を促した。
「年齢は? どこ出身の女だ?」
「歳は知らない」
「わかった、ついに念願のHカップ美女と出会ったんだろ?」
「揶揄うつもりならあっちに行け」
「ますます気に入らないなあ」
酒は飲めないと言っても、祝いの席だと注がれてしまえば断るわけにもいかない。どこで出会ったのか、どんなところが気に入ったのか、二人でいる時はなにをするのか。初心な問い掛けばかりに顔が茹で上がり、アウルは次第に口数を落としていく。
「お前さ、一生に一度しか恋人は作らないって言ってたけど、あれ本気なのか?」
「当たり前だろ」
「じゃあそいつが死んだらどうするんだ?」
「死んだらって……そんな先の話わからない」
愛を育み始めたばかりの者に対しては酷な質問だが、案外いいところを突いている。人と竜では成長の速度も寿命も違う。圧倒的に竜の方が長い年数を生きることを、アウルは今の今まで失念していた。
自分が人間という虚弱な生物なせいで、三倍もの年数を生きる彼に寂しい思いをさせてしまう。共にいる時間よりも、失った片割れを思い続けて生きる時間の方が長い。置いていく方も、置いていかれる方も辛い恋の結末。美しい翼を持つ恋人は、そのことを知っているのだろうか。
押し黙ったアウルの顔には陰が差し、薄灰色の瞳が狼狽の色に染まる。
「そうだよな……きっと、お前も選択肢がなくなれば考えが変わるだろ」
「はあ? なんだそれ、どういう意味――」
すうっと耳を掠めた指が後頭部に回され、髪を引かれる。喉が延ばされ開いた口には度数の高いアルコールの味が広がった。生温かい舌が咥内を嬲る感触。驚きと嫌悪が込み上げてきたのは、ほぼ同時だった。アウルはブーツの靴底でエルドの腹を蹴り、唇が離れた途端に勢いよく立ち上がった。
「なにするんだ……っ、気色悪い!」
「なにって……ぷっ、あははっ! お前すごい顔だな、あははっ!」
「くそっ、最悪だ……っ! ゲロ吐いてくる」
「あははっ、はぁっ……たかがキスぐらいで騒いで、可愛いなあ」
ガタガタと酒の回った足でフラつきながらも部屋を後にし、一目散にバスルームへ駆けて行く。一人残されたエルドは再び頬杖を付き、窓の外で驟雨を降下し始めた空を見上げた。
「……本当に、可愛い奴だよお前は」
薄笑いを浮かべた男の手の中には鈍い色で輝く黒い石が一つ。ころころと転がったそれは窓を叩く雨水を映し出し、涙に濡れた瞳で辛苦を嘆いた。
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🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
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