【完結】【竜×人間の恋物語】竜を愛した軍人は異世界で甘やかされる【すれ違い溺愛・ギャグ多め】

桐ヶ谷るつ

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【第二十八話】

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 不穏な音を纏い現れた雨雲が朝日を押し除けた早朝。一冴はスペアキーを使って部屋の扉を開き、ソファの上でうたた寝をする男を叩き起こす。こちらに戻ってきたばかりなのだろう。朧げな表情で欠伸をし、啓は煩わしげに血の張り付いたシャツを脱ぎ捨てた。

「こんな朝早くからどうしたんですか?」
「アウルが帰ってこない」

 凄みある声色から緊迫した状況は伝わっていたはず。それでも有給を謳歌する王子からすればどこ吹く風なのか、眠たげに瞬きを繰り返し歪な笑みを頬に浮かべた。

「彼の身体なら俺の部屋にありますよ」
「どういうことだ?」
「別に、興味があるようだったので、旅行に同行させたんです。行き先は違いましたが」

 ふふっと、まるで他人事のように無責任な微笑を零し、啓はリビングルームを後にする。向かった先は廊下へ出た先の二つ目の部屋。白いタイルを汚す血痕の延長上、雪のように白く冷え切ったアウルの身体は、赤い血の花が咲き乱れたベッドの上へと放られていた。

「勝手に連れて行ったのか? 俺に断りもなく」
「許可がいるんですか? 俺にくれたんだと思ってました」
「あいつは俺の番だ」
「彼はそう思ってませんよ」

 一冴は顳顬に筋を浮かばせ、啓の胸ぐらを掴み上げた。真っ直ぐと向けられた怒りは獰猛さを掲示するも、死を克服した男には響かない。のらりくらりとした態度は意図あってのものなのか。蔑みを滲ませた視線で一冴を見下し、同時に、少しばかり感傷的に眉を下げた。

「なにをそんなに意地になってるんですか? 愛しい人が自分のことを想ってくれているのに、尻込みする理由がわかりません」
「はじめから人間に生まれたお前にはわからない」
「器がそれほど大事なんですね、彼は竜の姿のあなたと恋に落ちたのに」

 容赦ない追い立てに核心を突かれ、反射的に手の力が強まる。
 歳の離れた従兄弟は、時折、年不相応な真っ当な意見を突き付けることがあった。常に高い位置から人を観察し、人々の思惑や行動を推測する癖が付いているのだろう。

 第一王子という立場がそれを促したのか。痛いところを直球で狙ってくるところは、若さというよりもその気質。いつまでもうだうだと煮え切らない恋を引き摺る自分とは違う。欲しいものはどんな卑劣な手を使ってでも手に入れる男だった。しかし、そんな彼の先鋭さが国民を惹き付けているのも事実だ。

 愛があるからこそ厳しい言葉を吐く。賞賛すべき飴と鞭の使い方は、どこのSMクラブで履修してきたのか。ぜひとも次回は同伴したいと期待を込めて、一冴は啓を解放した。

「竜の姿では劣等感を抱いて、人間になってもまだ躊躇する……そんなに愛される自信がないんですか?」
「……簡単に言うなよ」

 ぎりっと奥歯を軋ませ、一冴は部屋の奥へと足を進める。見下ろした先は青白い表情で眠る愛しい者の器。そっと触れると氷のように冷たく、血の巡りを感じさせない。いくら口付けを施そうと、反応が返ってこないことはわかりきっていた。

「アウルの男の姿を見てあなたはどう思いました? 騙されたって思いましたか?」
「そんなこと思うわけがないだろ」
「それでも彼の秘密を知って逃げたのはあなただ」
「違う……っ、そうじゃない!」

 沸き立った怒りが収まりをみせれば、自責と後悔が背に伸し掛かる。
 叶うことならば、過去に戻って全てをやり直したかった。彼の秘密に気付けていれば、もっと大事なことを話し合っていれば、いや、もういっそのこと、あの日出会っていなければ。そんな不毛な仮説を並べては現実に戻り、背に刻んでしまった爪痕を思い出す。

 一番許せないことは、愛しい物を自らの手で痛めつけてしまったこと。理由がなんであれ、あれほどの大傷を残してしまえば許しを乞うことはできない。情けなさとやるせなさ。手放すことはできないくせに、手に入れることを躊躇する。竜だから上手くいかなかった。今度は人間の男になり、また駄目だったら次はなにを理由にすればいい。結局のところ臆病者が尻込みし、言い訳を並べているだけなのだ。

 ぽろっと瞼から離れた雫が淡褐色ヘーゼルの結晶となり、見下ろした先の頬を叩く。まるで深い森をその奥へ閉じ込めたかのように煌めくアンダリュサイト。それは白い肌を美しく飾り立て、愛しい者の帰還を待ち侘びているようだった。

「一冴さん、俺だって意地悪で言ってるわけじゃないんです……でも、本心を言えば少しだけ妬みも入ってます」

 滑らかなベッドシーツに散らばった石を拾い上げ、啓はその一つをアウルの口元へと運んだ。薄く開かせた唇の合間から咥内へ送ると、ぼんやりと光った目元から同じように一筋の涙が零れる。

「愛されることに、臆病にならないでください」

 そっと優しく囁かれた言葉はきっと彼自身にも向けられていたのだろう。額に押し当てられた鉄の感触が猟奇的に背を押し上げる。間もなくして室内に響いた発砲音。重なり合った身体は赤い鮮血に包まれながらも、どこか穏やかに互いの指先を絡め合っていた。



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