【完結】【竜×人間の恋物語】竜を愛した軍人は異世界で甘やかされる【すれ違い溺愛・ギャグ多め】

桐ヶ谷るつ

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【第三十六話】

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 ディオネの王族が住まう王宮は北部に位置し、それ自体が一つの都市ほどの大きさとなっていた。宮殿を中心に美しい街並みが広がり、訪れるものを魅了する。気高く、厳かでありながらも品のある人々が住まう国。そんな幻想的な情景の片隅で、一冴は荒らしい動作で書斎の扉を押し開いた。

「啓、アウルを見なかったか?」
「見てないですね、どうかしたんですか?」
「昨夜部屋に戻ってこなかったんだよ。またお前がなにかしたんじゃないだろうな?」
「あははっ、そんなに暇じゃないですよ」

 早朝の挨拶をすっ飛ばし、足早に近付いてはやや強引に詰め寄る。その顔には疑念と、微細な焦りが含まれていた。前科があるため、まずは疑いのある者からと押し掛けてみたが、どうやら当てが外れたらしい。一冴は棚へと寄り掛かり、渋い表情を浮かべる。

「彼、ハックマナイトの女神だったんですね。昨日、女性の方の姿を見せていただきました」

 啓は手に持っていた本をテーブルに置くと、僅かに瞼を下げて自身の足元へと視線を落とした。身に纏ったスライトグレーのコートは重厚で、滑らかなタイルにつくほどの長さがある。吐いた息が白く濁る気温の中、空調を効かせていても、高い吹き抜けの天井では温度調節が間に合わないのだろう。その白い肌は作り物めいた表情をより酷薄に映し出し、不穏さを抱かせる。

「見目麗しいのに軍人としての経験も豊富で、王がベタ褒めでしたよ。是非とも王室に迎え入れたいって」
「お盛んな爺だな、あいつ自分の歳わかってんのか」
「女神の子宮は祝福を宿しますからね、強い血を残したいと思うのは生物としての本能ですよ」
「本能もくそもあるか。腹上死がご希望なら他を当たれ」
「あはっ、その通りですけど……普通に考えて新しい種がここ・・にあるのに、彼がわざわざ自分で孕ませる必要があると思いますか?」

 いきなりなにを言い出すかと、笑い飛ばすはずが、相手の冷ややかな対応に押し止められる。一体どこまで本気なのか。その度合いを図りかねる男の思考などわかるわけがない。
 一冴は強かな音を立ててテーブルへ手を突き、鋭い眼光で啓を睨め上げた。

「……お前、笑えない冗談はやめろよ。好きな奴がいるんだろ?」
「別に愛がなくても抱くことはできます。それはあなたが一番よくわかってるんじゃないですか?」

 ふふっと軽やかな嘲笑が頬に当たり、ますます憤怒が煽られる。いますぐにでもその襟元を掴み上げてしまいたかったが、相手もこちらの気性をよく理解している。投げ返された言葉が容赦なく傷を抉り、過去の失態を浮き彫にした。

「いいじゃないですか、一度は終わった恋ですし。他に気になる女がいるんですよね?」
「いるわけないだろ、俺の番はあいつだけだ」
「だから、それはあなたが一方的に思ってるだけですって」

 青白い顔で押し黙った一冴を見下ろし、啓はさして表情を変えずに先を続ける。傷付けることなど厭わないと、引き抜かれた言葉の剣は真っ直ぐと相手の喉元へ突き立てられた。

「散々あっちの世界で食い散らかして、まだ彼だけを想ってるって信じられると思いますか?」
「馬鹿なことをしたのはわかってる。あいつを裏切る行為だったってことも……」
「口ばかりですね。彼にまで罪を擦りつけて、結局まだ自分の正体を隠してるじゃないですか」
「違う、言うつもりだったんだ! 本当の姿を晒して、自分の気持ちを伝えるつもりだった……でも、あいつは……アウルは」

 論理的な追い立てに対して、感情論は無意味だ。するつもりだった、したいと思っている、そんな弱い言葉だけでは誰の信用を得ることはできない。確固たる意思を持って向かうべきだとわかっているのに、馬鹿なプライドと劣等感がそれを阻害した。

 愛されることに、臆病になっていたわけじゃない。また傷付くのは嫌だからと、リスク回避のために卑劣な手段を選んだのだ。
 いつまでも清い彼を見て絶望した。どうにかしてその身体を引き摺り込み、自分と同じところまで堕としてしまおうと。低俗な思考へ走った。そんなことをしても、本当に欲しいものは手に入らないのに。結果的に大事な人を傷付けて、また振り出しに戻るだけだった。

 あと何度繰り返せば正しい道を選べるのか。あと何度やり直せばこの苦しみか解放されるのか。自問自答をしたとして、答えはいつも同じ場所に辿り着く。

「あいつが……アウルのことが好きだ……っ、何度死んでも、何度生き返っても、あいつしか愛せない……っ」

 掠れた声で囁かれた告白は眩い光を放つ涙と共に落とされた。ぽろぽろと肌を離れた瞬間に宝石へと姿を変えた雫が流れ星のように床へ落下する。白いタイルの上で悲哀を放つアンダリュサイト。それらは小さな涙声で愛しい者を呼び、コートの下に隠れた小さな手によって拾い上げられた。



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