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【第三十五話】
しおりを挟む「……俺は、見込みのない愛のために馬鹿にはなれない」
「じゃあさっさと突き放せよ。中途半端に甘えて、弄んでるのはどっちの方だって」
痛いところをぐさりと突き刺し、踏み付ける。情けの欠片も見られない言葉掛でも、正鵠を射ているからこそ、言い返すことができなかった。
どんな意図があってか、拾い上げの従業員を異世界まで追ってきた男。あれほど愛の深い男が思いを寄せる女性とは、一体どんな女性なのか。数ヶ月生活を共にしたが、それらしき影はみられず、いまだその存在は謎に包まれている。
話の感じからして既婚者か、もしくは他に恋人がいる者なのかもしれない。たとえ叶わない愛だとわかっていても、あれほどまでに恋焦がれる相手。自分を愛してくれていた時も、同じように想っていてくれていたのだろうか。そんな不毛な問い掛けなどできるわけがなく、虚しさだけが心に影を作る。
「……どうした? そっちの姿だと随分大人しくなるんだな」
大人しくなったアウルの鼻を摘み、啓は茶化すように相好を崩す。初めて会った時は冷たい印象を覚えてたが、案外、近しい者には優しさを見せる男なのかもしれない。わざわざ背を曲げて目線を合わせ、こちらの様子を伺うものだから、つい心情を晒してしまう。
「あの人……なんでも俺にくれようとするんだ、他に好きな女がいるのに」
「なんだ、嫉妬か?」
「そうだよ、みっともない妬みだ」
ぼろっと見せるつもりはなかった涙が頬を伝った。愛する人が、自分を愛してくれない。たったそれだけのことで世界がこんなにも色褪せて見える。生きるために肉を抉り、必死に生きてきた時よりもずっと重く心を沈ませる。
彼が笑っていてくれるだけでいいと思えるような純粋な恋心なんて存在しない。腹の奥で芽吹いた愛はもっとどす黒く、鋭い牙と爪を持った獰猛な劣情だった。
「お前が痛い思いをしてまで想い人に会いに行く気持ちが少しだけわかった」
「あははっ! 光栄だなあ」
共感を覚えれば、新しい感情の産声に感嘆の声が上げられる。啓はぐんっとアウルの身を持ち上げると、涙の滲んだ顔を見上げて口角を押し上げた。
「俺は少しだけお前のことが好きになったよ、だから手を貸してやる」
「……ゲス野郎の援助か、あまり有り難くないな」
「ふふっ、お前って考えてることが全部口に出るんだな」
耽美的で優雅な微笑はどんな企みを内に秘めていたのか。形の良い唇から囁かれる声に引き寄せられ、アウルは静かに耳を傾けた。
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