【完結】【竜×人間の恋物語】竜を愛した軍人は異世界で甘やかされる【すれ違い溺愛・ギャグ多め】

桐ヶ谷るつ

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【第三十四話】

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 皺くちゃのシャツに擦り切れた軍服。場違いな装いで外へ飛び出したはいいものの、行く当てなどあるはずもない。
 アウルは冷たい風の吹き込む通路を抜け、薄らと日の差し込む窓辺へ足を向けた。ふと見上げた空には二頭の竜が羽を広げ、なにやら騒がしい口調で互いの頭部を小突き合っている。

「ここにはまだ竜がいるんだな」

 深緑の鱗に包まれた彼らは番なのだろうか。冬眠前の食料確保に出たはずが一足遅く、妻まで狩りに出る羽目になったと愚痴り合う姿はなんとも平凡だ。

「ははっ、どこも痴話喧嘩ばかりだ」
「へえ、竜の言葉がわかるのか?」

 仲睦まじい二頭を見つめていると、横へ並んだ啓が物珍しいものを見るかのように目を細める。その視線の先は二頭の竜ではなく、大幅に背が縮んだアウルの方へと向けられた。腰まで伸びた艶やかな髪が秋風に煽られて視界を散らす。シャツを押し上げる胸元は突起の形まで美しく、本人に自覚がなくとも僅かに性的な色を香らせていた。
 啓は自身のロングコートを脱ぐと華奢な肩の上に被せ、無防備な身体を覆い隠す。

「ケイン……お前よく俺の前に顔出せたな」
「不服ならいつでも送り返してやるよ」

 お前の非道な行為を忘れたわけじゃないからなと、吐くはずだった恨み言は飲み込んで正解だったのだろう。冷徹な第一王子はいつどこで銃器をぶっ放すのかの予測がつかない。
 腰、胸元、そしておそらく踝のあたりにも凶器を仕込んでいる。それらは戦闘のためではなく、彼が確実に死を迎えるためだけに備えられていた。もっとも、時間を操れる彼からすれば、どんな負傷も意味をなさないのだが――念には念をということだ。
 アウルは視線を外へと戻し、雲ひとつない澄んだ空を見上げる。

「お前がニルギルを助けてくれたのか?」
「助けてはいない、手を組んだだけだ。水の守護神として崇められる黒竜はその存在だけでも価値がある」
「慈悲の精神はないのか?」
「あははっ、あったとしても使う先は限られてるだろうなあ」

 軽快な笑いが響く中、温かな日に当てられ欠伸が漏れる。眠たげに目を擦れば寄りかかるように促され、ぽすんっ当てた頭部の方で再び笑い声が上がった。

「また一冴さんと喧嘩か? 飽きないなあ」

 尖らせた口元からなにかを察しだのだろう。啓は快活な声で揶揄い、顔を窺い見る。ここまで性格が捻じ曲がった男が王子ではこの国の先行きが心配だが、逆にこれぐらい飛躍していた方がいい塩梅なのかもしれない。正気じゃ生きていられない世界の果てで、だれが正しいかの討論など無意味だった。




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