白い結婚から三年。「健気な妻」を止めて離縁したら、前夫が追いかけてきました

たると

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再契約

翌日の夕方。
アルフレッドが目を覚ましたとき、部屋にはランプの灯りが静かに灯っていた。
重い瞼を持ち上げると、そこには手帳を広げて計算に没頭するエリッサの横顔があった。

「……エリッサ」
「お目覚めですか。熱は少し下がったようですわね。動けるなら、早々に馬車を呼んでお帰りください」

エリッサは視線を書類に向けたまま、淡々と告げた。
アルフレッドは力なく笑い、掴んでいた彼女の袖をさらに強く握りしめた。

「……夢かと思った。君が、また私のそばにいてくれるなんて」
「勘違いしないでください。行き倒れを放置して、店先で死なれては縁起が悪いと思っただけです」
「ああ、わかっている。それでも……君が淹れてくれた茶の香りがするだけで、私は……」

アルフレッドの瞳から、一筋の涙が溢れた。
誇り高く、傲慢で、弱みを見せることを何より嫌った男の涙。
彼はそのまま、彼女の手に顔を埋めるようにして、途切れ途切れに言葉を紡ぎ出した。

「君がいなくなってから、屋敷のすべての部屋が氷でできているように感じた。誰が何を運んできても、喉を通らない。君が私に向けていたあの『重すぎる愛』が、実は私の命を繋いでいた唯一の温もりだったんだ。……失って、ようやく気づくなんて、私は世界一の愚か者だ」

「……ええ。全くですわね。何を言われても、いまさら遅いですわ」

(本当に……いまさら)

ちくりと胸が痛む。
彼に冷たくされる度、自室で一人泣いた遠い過去の日々を思い出す。

何故その言葉をもっと早く言ってくれなかったのか――そんな思いも、いまさらなのだ。

エリッサはもうアルフレッドの妻であることを止めた。
彼との縁は切れた、それがすべてだ。

「……エリッサ。復縁してくれとは、今は言えない。君がこの自由を愛していることも、私を嫌っていることも知っている。……だが、もう一度だけ、君に『尽くさせて』くれないか。君が私にしてくれたことの、万分の一でもいい。償わせてほしいんだ」

エリッサは、彼に埋められた方の手を、じっと見つめた。
彼の謝罪は、あまりにも遅すぎた。
けれど、その震える肩と、必死に自分を求める熱は、嘘偽りのない本物であることも、彼女にはわかってしまった。
本気でなければ、この数か月、政務を放り出して自分に付きまとったりしないだろう。

(……彼との縁は切れた。けれど、いまの彼なら……新しい形の縁を結んでもいいかもしれないわ)

「……閣下。私はもう、微笑みながらあなたの三歩後ろを歩く女ではありません」
エリッサは、静かに言った。

「ああ、知っている。今の君は、一人で堂々と歩く、眩しいほどに美しい女性だ」
「わがままも言いますし、あなたの意見に従うこともしません。裕福な名門貴族様相手であろうと、嫌なことは嫌とはっきり言いますわ」

エリッサの声は、氷の破片が触れ合うような鋭さを持っていた。
アルフレッドが息を呑むのを、彼女は冷ややかな、けれどどこか愉悦を孕んだ瞳で見下ろす。

「勘違いしないでくださいね。私があなたを受け入れるのは、決して昔のような愛情が戻ったからではありません。ただ、収支が合わないのが気に入らないだけですわ」

「収支……?」
アルフレッドは目をぱちくりさせている。

「ええ。私があなたに尽くし、踏みにじられ続けた三年間。その膨大な負債を、あなたはまだ一分も返しておいでではないでしょう?」

エリッサはアルフレッドの顎を、指先で乱暴に掬い上げた。
かつてなら考えられない無礼な振る舞いだ。
しかし、アルフレッドはその冷たさにさえ、救いを見出すように目を細める。

「これから先、私が尽くした三年間と同じだけの時間を、今度はあなたが私に捧げなさい。私が言ったことには即座に頷き、私が望むものはすべて用意し、私が不機嫌な時はその理由を死ぬ気で考え、跪いて許しを乞う。かつて私が、あの屋敷で独りきり、あなたの背中を見ながら毎日繰り返してきたことを、今度はあなたが身をもって体験するのです」

エリッサの唇が、美しく、残酷な曲線を描く。

「三倍返し……いえ、それでは足りませんわね。私があなたに贈った、『重すぎる一途な愛』。今度はあなたがそれを背負って、私に尽くしなさい。そうすれば、復縁を考えてあげなくもないわ」
「!! 本当か!?」
「ええ。ただし、『考える』だけよ。私が復縁する気になるかどうか、全てはあなた次第。――さあ、覚悟はある?」

それは、復讐にも似た、あまりにも重い再契約。
だがアルフレッドは、その過酷な条件を聞いて、絶望するどころか、震える手で彼女の指先を握りしめた。

「ああ……もちろん。望むところだ、エリッサ。君が受けた屈辱も、君が流した涙も、すべて私がこの命を削って購おう。君が満足するまで、何度でも私を跪かせてくれ」

こうして、二人の立場は完全に逆転した。

かつて愛を乞うた令嬢は、今や冷徹な支配者として。
かつて冷酷だった伯爵は、今や最も献身的な忠犬として。

形を変えた、二人の新たな日々が幕を開けたのだった。
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