12 / 263
第一章 召還
12.「いらっしゃい。なんでも見てってーなー」
しおりを挟む予定より少し遅れて起きてしまった。
最近は陽が昇りきらない薄暗い朝に目が覚めていて、何気に記録を作っていたから残念だ。いまだ部屋に響く、ミリアのドアを叩く音をぼうっと聞く。正直まだ眠い。でも勘繰られるのも面倒だし、なにより可哀想だ。伸びをして体を起こす。喉を触って、体を変化させる。
「おはよ」
「おはようございます。……あまりよく寝られませんでしたか?」
「ん。今日初めて城下町に行くだろ。どこ行こっかなって」
「是非楽しんできて下さい。賑やかで物も沢山ございます」
幼稚園の遠足前の子供みたいな状態にミリアが微笑む。カチャ、食器がテーブルに置かれる。
「ちなみに通行許可証ってとれる?」
「通行許可証はまだとることができません。サク様はまだご覧になったことがないので想像ができにくいかと思いますが、この城を出て数分も立たず魔物に襲われることもございます。まずはそれらに対処できるまでは」
「ん、分かった」
温かいスープが美味しい。城下町には飲食店や出店もあるらしい。ここに来てから食べてきたご飯のことを考えれば、非常に楽しみだ。異世界と規模が大きいけれど、海外旅行みたいなもの。食文化を味わおう。
「ご馳走様」
ミリアが食器を片付けてくれている間に、荷物の確認をする。先日新参の勇者全員に渡された勇者としての支度金は300万リラだ。これで武器や防具や魔法具、生活諸々に必要なものを揃えろとのこらしい。随分太っ腹なことだ。
今日休日なのは新参の勇者達。私以外にもこのお金を持って城下町に行く奴らもいるだろう。できればあまり遭遇したくない。顔を隠す帽子のようなものが欲しい。魔法で作り出すことも可能だろうけれど、すべて魔法でカバーするのは骨が折れるから、そういう代用品もいくつか買っておこう。それに、服もだ。この世界で一般的な服の上にケープのようなものを羽織る私の姿は、まるで旅人だ。始まりの装備だな。
まあ、なんだかんだ楽しみだ。
もしかしたら監視があるかもしれないけれどこの城からいったん出られる。それに城以外の人に出会えるし、出店なんかは凄く楽しみだし、楽しめれるだけのお金もあるし、この世界の縮図を少し見れる。
「それじゃ行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
頭を下げるミリアに背を向けて歩く。スキップでもしてしまいそうな心地だ。
外に繋がると教えられたドアを開けて、城門前に立っていた門兵2人の横を内心ドキドキしながら通り過ぎて、橋を渡った。
……あまりにも呆気なかった。
振り返れば、この世界に来てからずっといた城が見える。簡単に出れた。それに、こんな立地だったのか。部屋から見ているものとはまるで違う。
橋のはるか下を流れる川の音が聞こえる。城を囲う森は意外と広範囲を占めていて、橋を渡って城下町に続く道は意外と距離がある。城は城下町と離れているのだ。その間にも森が道を挟んでいて、ひっそりとしている。
「なにを想定してるんだか」
のんびり道を歩きながら空を眺める。晴天だ。そして、凄く、静かだ。木漏れ日が気持ちいい。鳥の鳴き声を聞ける自分がいる。風が吹いて木々が揺れる。そんなのを眺められる。
……テイクアウトできるものがあるならここらへんでご飯でも食べよう。
森を覗き込めばそんなに薄暗くはなく、いい感じだ。虫はいるかもしれないけど嫌いではないし、まあ大丈夫だろう。
しばらくして声が聞こえ始める。地面を踏みしめる音、購入を勧める声、笑う声。大きな噴水が見えた。ベンチに腰掛けて隣の人と楽しそうに笑う人の姿が見える。鎧に身を包んでいる汗臭い兵士なんかじゃない。西洋建築が目立っていて、本当に、ただの外国に来たみたいだ。
そうじゃないと分かるのは旅装束を身に纏った人がいることと、青色黄色赤色と様々な髪色をしている人がいることぐらいだろうか。それとパトロールする厳めしい顔の兵士。ああ、そんなことよりいい香りがする。あれはなんだろうか。楽器を奏でながら歌う人がいる。うっとりと溜息を吐く人々。目に鮮やかな色彩溢れる花屋。パラソルのした陽の光から隠れてカップを手に本を眺める老人。駆け回る子供達。
──突如、形容しがたい気持ちが湧き上がった。
楽しい。
一番最初にそう思った。ワクワクした。初めて見るものに興奮を覚えた。同時に、そんなことを思った自分を牽制する自分が出てきた。
そして、羨ましいと、こいつらは何も知らないのかって呆れや怒りに似たものを覚えた。
そんな感情が全部ぐちゃぐちゃになって根付く。
どうやら私はだいぶ小さい人間だったらしい。それにあまり柔軟ではない。
自分が住んでいる国の人間が進んで誘拐していることを全員が知っている訳じゃないだろう。知っていたとしても、それを常識として育てられたのならいちがいに個人を責められない。国とか大きいものじゃなくても、例えば隣人のしていることをすべて把握している訳じゃないだろう。その小さな世界しか知らないのなら私の怒りなんて考えもつかないことなんだろう。
だけど沈黙も同罪だろう?
無言で受け入れることも、そうだろう?見て見ぬふりだって。
「お兄さん、大丈夫かい?顔色が悪いよ」
心配そうな声が近くで聞こえた。
いつのまにか俯いていたらしい。視界を遮る長い前髪の隙間から私の前に誰か立っているのが見えた。顔をあげれば年配の女性が見えた。
「……え?ああ、大丈夫です。ありがとうございます」
「あっら!やだ、すっごく男前じゃないの!美人さんねえ」
「美人さんって違うよ!かっこいい!なの」
「そうねえ。ああそうだ、よかったらこれどうだい?美味しいうえに健康にもいいんだよっ!」
親子でやっているのか出店に立ち笑う2人はとても仲良さそうだ。指差された台に置かれたものを見れば、りんごに似た果物がある。小学4年生ぐらいに見える少女が液体の入ったコップを持っていた。
気力を振り絞って笑って、その子からりんごジュースのようなものを受け取る。
「折角だし、貰う」
「毎度!300リラだよ!」
「はい。ああ、そうだ。魔法具の店を探してるんですが、どこにあるかご存知ですか?」
「魔法具かい。あら、アンタ軍人さんかいね」
「……まあ」
「驚いた!そうさねえ、この大通り突き抜けて赤い看板目印に右に曲がってご覧よ。いかにもな怪しい佇まいのお店がるよ」
「ありがとうございます。それじゃあね」
「わ!バイバイッ!」
目を輝かせて手をぶんぶん振ってくる少女に手を振って教えてもらった店に向かう。
「まんまりんごジュースだ」
恐々飲んでみたジュースは見たまんまだった。そういえば入門書にも書いてあったな。大体見た目のものと味は共通してるって。残念なような嬉しいような妙な気分だ。飲み干したコップをゴミ箱に捨てて少ししたら、聞いていた赤い看板が見えた。右側を覗き込めば人の少ない路地が見えるだけだ。なんとなくいい雰囲気を放っていない。
「路地裏って生活見るいい基準だよな」
入ってみれば、華やかな大通りとは違って静かに生活を営む音が聞こえてくる。ロープにぶらさげた洗濯物が建物の隙間を縫って空を隠している。俯き壁を背もたれに座る人はただ休んでいる人もいるらしい。棒切れを手に地面に絵を書く子供もいた。どこかの部屋から音楽が聞こえてくる。スコットランドの民謡に似ている。
時々声をかけてくる無邪気な子供に笑って返しながら道なりに進んでいく。大通りにい続けていたなら溢れる眩しい活気に気持ちが押し潰されそうだった。この静けさが丁度いい。気持ちが落ち着いて、ゆっくり、周りを見ることができる。
路地を抜けた先にあったのは開けた場所だった。先は崖になっているのか、見晴らしのいい景色が見える。そして、脇にこっそり佇む青緑色のテント。みるからに、怪しい。景色を眺める前に用を済まそうとテントに向かう。
まくられたテントの入り口の中はオレンジ色のランプで照らされていて、横棚にいろいろなものが並べられている。それに、不思議なことに中に入ってみればとても広い。外から見た大きさ以上だ。これも魔法なんだろう。
棚に陳列されているというよりも転がっている商品らしきものを手にとって眺める。目当ては魔力計測器と、他になにか便利そうなものだ。
「いらっしゃい。なんでも見てってーなー」
関西弁のようで微妙になまりが違う声が店の奥から聞こえてくる。茶色の長い前髪を、滲み出る適当さで後ろにハーフアップにした男は、肩にかかる髪を払って笑った。そして商品を覗き込んでいた私と目が合うと、なぜか目を見開き、自身が手に持っていた商品を落とした。ガチャンと危険な音が鳴ったのにも関わらず、男は私を凝視したまま微動だにしない。
見かねて商品を拾おうと手を伸ばすと、両手で手を握られる。見下ろしてくる視線に、そういえばこの世界の男は背が高い奴らが多いと思った。
「あの」
「アンタ、もう夫おる?真剣に。俺と結婚して」
「しねえよ」
全力で握られた手を振り放した。
10
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる