狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

12.「いらっしゃい。なんでも見てってーなー」

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予定より少し遅れて起きてしまった。
最近は陽が昇りきらない薄暗い朝に目が覚めていて、何気に記録を作っていたから残念だ。いまだ部屋に響く、ミリアのドアを叩く音をぼうっと聞く。正直まだ眠い。でも勘繰られるのも面倒だし、なにより可哀想だ。伸びをして体を起こす。喉を触って、体を変化させる。

「おはよ」
「おはようございます。……あまりよく寝られませんでしたか?」
「ん。今日初めて城下町に行くだろ。どこ行こっかなって」
「是非楽しんできて下さい。賑やかで物も沢山ございます」

幼稚園の遠足前の子供みたいな状態にミリアが微笑む。カチャ、食器がテーブルに置かれる。

「ちなみに通行許可証ってとれる?」
「通行許可証はまだとることができません。サク様はまだご覧になったことがないので想像ができにくいかと思いますが、この城を出て数分も立たず魔物に襲われることもございます。まずはそれらに対処できるまでは」
「ん、分かった」

温かいスープが美味しい。城下町には飲食店や出店もあるらしい。ここに来てから食べてきたご飯のことを考えれば、非常に楽しみだ。異世界と規模が大きいけれど、海外旅行みたいなもの。食文化を味わおう。

「ご馳走様」

ミリアが食器を片付けてくれている間に、荷物の確認をする。先日新参の勇者全員に渡された勇者としての支度金は300万リラだ。これで武器や防具や魔法具、生活諸々に必要なものを揃えろとのこらしい。随分太っ腹なことだ。

今日休日なのは新参の勇者達。私以外にもこのお金を持って城下町に行く奴らもいるだろう。できればあまり遭遇したくない。顔を隠す帽子のようなものが欲しい。魔法で作り出すことも可能だろうけれど、すべて魔法でカバーするのは骨が折れるから、そういう代用品もいくつか買っておこう。それに、服もだ。この世界で一般的な服の上にケープのようなものを羽織る私の姿は、まるで旅人だ。始まりの装備だな。

まあ、なんだかんだ楽しみだ。

もしかしたら監視があるかもしれないけれどこの城からいったん出られる。それに城以外の人に出会えるし、出店なんかは凄く楽しみだし、楽しめれるだけのお金もあるし、この世界の縮図を少し見れる。


「それじゃ行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」


頭を下げるミリアに背を向けて歩く。スキップでもしてしまいそうな心地だ。
外に繋がると教えられたドアを開けて、城門前に立っていた門兵2人の横を内心ドキドキしながら通り過ぎて、橋を渡った。


……あまりにも呆気なかった。


振り返れば、この世界に来てからずっといた城が見える。簡単に出れた。それに、こんな立地だったのか。部屋から見ているものとはまるで違う。
橋のはるか下を流れる川の音が聞こえる。城を囲う森は意外と広範囲を占めていて、橋を渡って城下町に続く道は意外と距離がある。城は城下町と離れているのだ。その間にも森が道を挟んでいて、ひっそりとしている。

「なにを想定してるんだか」

のんびり道を歩きながら空を眺める。晴天だ。そして、凄く、静かだ。木漏れ日が気持ちいい。鳥の鳴き声を聞ける自分がいる。風が吹いて木々が揺れる。そんなのを眺められる。

……テイクアウトできるものがあるならここらへんでご飯でも食べよう。

森を覗き込めばそんなに薄暗くはなく、いい感じだ。虫はいるかもしれないけど嫌いではないし、まあ大丈夫だろう。
しばらくして声が聞こえ始める。地面を踏みしめる音、購入を勧める声、笑う声。大きな噴水が見えた。ベンチに腰掛けて隣の人と楽しそうに笑う人の姿が見える。鎧に身を包んでいる汗臭い兵士なんかじゃない。西洋建築が目立っていて、本当に、ただの外国に来たみたいだ。
そうじゃないと分かるのは旅装束を身に纏った人がいることと、青色黄色赤色と様々な髪色をしている人がいることぐらいだろうか。それとパトロールする厳めしい顔の兵士。ああ、そんなことよりいい香りがする。あれはなんだろうか。楽器を奏でながら歌う人がいる。うっとりと溜息を吐く人々。目に鮮やかな色彩溢れる花屋。パラソルのした陽の光から隠れてカップを手に本を眺める老人。駆け回る子供達。

──突如、形容しがたい気持ちが湧き上がった。

楽しい。
一番最初にそう思った。ワクワクした。初めて見るものに興奮を覚えた。同時に、そんなことを思った自分を牽制する自分が出てきた。

そして、羨ましいと、こいつらは何も知らないのかって呆れや怒りに似たものを覚えた。

そんな感情が全部ぐちゃぐちゃになって根付く。
どうやら私はだいぶ小さい人間だったらしい。それにあまり柔軟ではない。
自分が住んでいる国の人間が進んで誘拐していることを全員が知っている訳じゃないだろう。知っていたとしても、それを常識として育てられたのならいちがいに個人を責められない。国とか大きいものじゃなくても、例えば隣人のしていることをすべて把握している訳じゃないだろう。その小さな世界しか知らないのなら私の怒りなんて考えもつかないことなんだろう。

だけど沈黙も同罪だろう?
無言で受け入れることも、そうだろう?見て見ぬふりだって。


「お兄さん、大丈夫かい?顔色が悪いよ」


心配そうな声が近くで聞こえた。
いつのまにか俯いていたらしい。視界を遮る長い前髪の隙間から私の前に誰か立っているのが見えた。顔をあげれば年配の女性が見えた。

「……え?ああ、大丈夫です。ありがとうございます」
「あっら!やだ、すっごく男前じゃないの!美人さんねえ」
「美人さんって違うよ!かっこいい!なの」
「そうねえ。ああそうだ、よかったらこれどうだい?美味しいうえに健康にもいいんだよっ!」

親子でやっているのか出店に立ち笑う2人はとても仲良さそうだ。指差された台に置かれたものを見れば、りんごに似た果物がある。小学4年生ぐらいに見える少女が液体の入ったコップを持っていた。
気力を振り絞って笑って、その子からりんごジュースのようなものを受け取る。

「折角だし、貰う」
「毎度!300リラだよ!」
「はい。ああ、そうだ。魔法具の店を探してるんですが、どこにあるかご存知ですか?」
「魔法具かい。あら、アンタ軍人さんかいね」
「……まあ」
「驚いた!そうさねえ、この大通り突き抜けて赤い看板目印に右に曲がってご覧よ。いかにもな怪しい佇まいのお店がるよ」
「ありがとうございます。それじゃあね」
「わ!バイバイッ!」

目を輝かせて手をぶんぶん振ってくる少女に手を振って教えてもらった店に向かう。

「まんまりんごジュースだ」

恐々飲んでみたジュースは見たまんまだった。そういえば入門書にも書いてあったな。大体見た目のものと味は共通してるって。残念なような嬉しいような妙な気分だ。飲み干したコップをゴミ箱に捨てて少ししたら、聞いていた赤い看板が見えた。右側を覗き込めば人の少ない路地が見えるだけだ。なんとなくいい雰囲気を放っていない。

「路地裏って生活見るいい基準だよな」

入ってみれば、華やかな大通りとは違って静かに生活を営む音が聞こえてくる。ロープにぶらさげた洗濯物が建物の隙間を縫って空を隠している。俯き壁を背もたれに座る人はただ休んでいる人もいるらしい。棒切れを手に地面に絵を書く子供もいた。どこかの部屋から音楽が聞こえてくる。スコットランドの民謡に似ている。
時々声をかけてくる無邪気な子供に笑って返しながら道なりに進んでいく。大通りにい続けていたなら溢れる眩しい活気に気持ちが押し潰されそうだった。この静けさが丁度いい。気持ちが落ち着いて、ゆっくり、周りを見ることができる。
路地を抜けた先にあったのは開けた場所だった。先は崖になっているのか、見晴らしのいい景色が見える。そして、脇にこっそり佇む青緑色のテント。みるからに、怪しい。景色を眺める前に用を済まそうとテントに向かう。
まくられたテントの入り口の中はオレンジ色のランプで照らされていて、横棚にいろいろなものが並べられている。それに、不思議なことに中に入ってみればとても広い。外から見た大きさ以上だ。これも魔法なんだろう。
棚に陳列されているというよりも転がっている商品らしきものを手にとって眺める。目当ては魔力計測器と、他になにか便利そうなものだ。


「いらっしゃい。なんでも見てってーなー」


関西弁のようで微妙になまりが違う声が店の奥から聞こえてくる。茶色の長い前髪を、滲み出る適当さで後ろにハーフアップにした男は、肩にかかる髪を払って笑った。そして商品を覗き込んでいた私と目が合うと、なぜか目を見開き、自身が手に持っていた商品を落とした。ガチャンと危険な音が鳴ったのにも関わらず、男は私を凝視したまま微動だにしない。
見かねて商品を拾おうと手を伸ばすと、両手で手を握られる。見下ろしてくる視線に、そういえばこの世界の男は背が高い奴らが多いと思った。

「あの」
「アンタ、もう夫おる?真剣に。俺と結婚して」
「しねえよ」

全力で握られた手を振り放した。





 
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