狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

13.「……まだもうちょっと」

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にこにこ笑う店主の男は完全無視を決め込んでいるのにも関わらずめげずに話しかけてくる。どんなに無視されても身振り手振りを交えて話しかけてくる男は顔が整っているぶん、余計に残念だ。

「ええやん、とりあえず結婚しよ」
「魔力計測器ってどれですか」
「結婚してくれたらタダやで」
「うぜえ、黙れ、しゃべんな。いくら?」
「泣けるわー」

距離をとれる横棚があってよかった。思わず溜息を吐きながら、答えない男を無視して他の商品を物色する。横棚しか見ていなかったが、店内には所狭しと商品が置かれていて衣類や生活用品も色々置いてある。ここで一揃いできそうだ。

だけど、悩む。

魔法具始め用途がわからないものあるから説明が欲しいけれど、聞くのが憚られる。ちらりと男を見てみれば、ぺらぺら喋っていた男は満面の笑みを浮かべた。大型犬を思い出してしまった。

「なになに?ちなみにそれはマイナーな形してるけど、ポチッとボタンを押してぶん投げるとあらびっくり!爆発して炎が出てくるあれやで」
「ふーん」
「あとこの部屋でそれやったら2人とも大怪我じゃすまへんからね?いま投げてこようとしたの気のせい?あと結婚しようや」

手榴弾?えらく物騒なものを、よくもまあこんだけ適当に横棚に置いているもんだ。やっぱり説明が欲しい。ここはさっきから同じことを話して五月蝿い男の目を覚まさせて黙らせるべきだ。
手榴弾を横棚に戻したあと、男を見上げ、普段よりも意識して声を低めにする。

「アンタなんか勘違いしてんだろ。俺、男だから」
「そんならこれを……え」
「アンタも男いけるくちか?だったら俺はノーマルなんで悪いな。それでここにある商品の説明を受けたいんだけど」
「お、とこ?」
「そうだけど」

あんなにペラペラ喋っていた男は初めて私を見たときのように固まる。そしてよほどショックだったのか、がくりと力をなくしたらしい足にあわせて男の身体が傾いた。それだけなら別にいいのだが、傾いた男の身体は横棚にぶつかって、先ほど手榴弾と判明した商品たちがガタガタ揺れてしまって血の気がひく。

「あっぶな」
「嘘やろ……」
「いいから落ち着け!マジだ!おい、手榴弾落ちる!」
「……手榴弾?」

ぶつけるだけじゃ収まらず更に横棚を蹴った男のせいで、横棚から落ちた手榴弾をすんでのところでキャッチする。冷や汗で背中が気持ち悪い。こんなことをしでかした男を睨むつもりで顔をあげたところで、ようやく男が真面目な顔になっていたことに気がついた。
視線が合うとすうっと目が細められる。突然の変化に戸惑いを覚えながら手榴弾を置いて立ち上がる。
男は食えない笑みを浮かべた。

「初めまして勇者さん。これからどうぞご贔屓に」
「どうも」
「俺はライガ。アンタは?」
「サク。これは?」
「お望みの魔力計測器やけど?ちなみに1万リラ」

手渡されたのは掌サイズのガラスの玉だ。望みのものは見つかったが釈然としないのは、ライガがあからさまに態度を変えたからだろう。とりあえず気を取り直して横棚だけじゃなく色々なところに置かれいる商品のいくつかを手に取って聞く。

「他にもなにか便利な魔法具ない?例えば魔力を貯めとくもの、補給できるもの、魔法の変わりになるもの、身を守れるもの」
「いっぱいやなー。とりあえずいまここにあんのはアンタの言うた手榴弾火・水・雷タイプと、煙幕と、魔法防御のシールド張れるやつと、収納武器やなー。魔力を貯めるいうんは出来るは出来るけど生物やから徐々に消えていくんよ。日持ちせーへんし利益薄いから扱ってへんわー」
「とりあえずシールド張れるの3つと煙幕5つ。収納武器って?」
「魔力通すと玉が剣や弓とかの武器に変身すんの。値段によって重さがまったくない奴もあるでー。大事なんは玉から変化させるんも戻すんにもちょびっとだけ魔力必要になるってことやなあ。アンタ武器なに?」
「特に……初心者だから扱いやすいやつある?」
「ん~あるにはあるけど、勇者さんそんな態度やとなめられるでー」
「分からないもんはどう言い繕っても分からないし」
「……せやなー。はい、これ。弓扱うならこれが一番使いやすいで。剣ならこれ。値段も手ごろなお1つ10万リラ。自分としては使い捨て小刀便利やで?」
「ありがとう。ちなみに必要な魔力ってどれぐらい」
「力量によるけど焚き火起こすより少なくてええで。それ使ってみたら?どうせ買うてくれるんやろ?魔力計測器持ちながら収納武器に魔力通してみいや。ほれ、こんな感じ」

ライガが喋りながら掌に載せていた玉を握り締める。すると空気が迫ったような感覚がし、剣が現れた。ライガは剣の柄を握っている。ああいう風に使うんだ。持っていた帽子などいくつかの変装グッズや衣類を置いて、同じようにしてみる。
失敗することはなく、赤色のシンプルな装飾が施された小さめの真っ黒な弓が出てきた。弦の部分が肌に触れる。重さは想定していたぐらいで問題ない。
左手に持っていた玉が熱くなったのに気がついて見てみれば、1と書かれた数字が見えた。いつのまにか覗き込んでいたライガが「おおー」と気の抜けるような声で賞賛してくれる。

「アンタ魔力使うん上手いんやなあ」
「どうも。ここに置いたのと収納武器の弓と剣と小刀と魔力計測器が欲しい。小刀は……意外と重いな」
「……アンタ」
「なに」

鉛筆入れのようにガラス瓶に立てられていた小刀を確認の為に1つ手に持ったら、ライガに手を掴まれる。もしやこれは触っては駄目だったのかと思いきや、ライガの視線は魔力計測器にあった。
つられて見て見れば、玉の中に淡い赤色が出てきていた。水の中に絵の具を垂らしたようにじわりと広がっていく。数字が出ている。365。なんの数字だろう。

いまはまだ使っていないはず……ああ、喉仏を作ってるぶんだろうか。だとしたら少し考えなきゃいけない。私がいまもつ魔力の最高値が分からないからはっきりいえないけれど、喉仏を作るだけでこの数値だと魔力の使いすぎだ。

「欠乏症一歩手前やん。補給しとらへんの」
「……お気遣いなく」
「なんでや」
「痛いんですけど。……なに」

ヒヤリとする言葉に笑って流すも、ライガは話を終わらせるつもりはないらしい。ライガはなぜか私の後ろのほうに視線を走らせる。なにをしたかは分からないけれど、なんとなく部屋の空気が重くなった気がする。そしてより一層腕に込められた力に嫌気がさして振り払おうとしたけれど、離れない。

「ええこと教えたる。魔力計測器は持ちながら魔法使ったらその魔法に使った魔力が出て、最後に残りの魔力量が出る。いまみたいに赤い霧みたいなんが出始めたら欠乏症なりかけや。真っ赤になったら完全に欠乏症。それとここでは、正確には魔法具売っとる店では勇者がなにを買うたんかは必ず報告されるようになっとる」
「報告って、城に?」
「そうや。で、なんで補給しとらへんの」
「俺の勝手だろ」
「死ぬで」
「そんなの、もう何度も言われた。五月蝿いよ。分かってる」

分かってる。
事実最近、足元がふらつくことが多くなってきた。寝るのも早くなった。なのに、起きられなくもなってきた。いつかの忠告が身近に迫ってきていることが自分の体調で分かる。それをわざわざ明言してくださったライガを睨もうとして、できなかった。
脳裏に浮かぶのは泣いていた加奈子の姿。

「五月蝿いよ。俺は」

こんな世界で、こんな世界に住む奴らの思惑通りに動くなんて、強いられるなんて、嫌だ。
だけど時間は迫っていて、悔しい。受け入れなきゃならないのか。悔しい。
なんで初めて会った奴に指摘されなきゃならないんだ。だからって当たってしまう自分が情けない。悔しい。


「嫌なんか。……へえ、そうなんや。そういう奴もおるんやな」


穏やかで優しいともとれる声が降ってきて、力が緩められる。そしてかわりにとダイヤ型をした紺色のピアスを1つ渡された。これは、なんだろう。首を傾げるとライガは微笑んだ。

「それ、性別変えれる魔法具やねん。ということで結婚せーへん?」
「死ねよ」
「ひどいわー」

突き帰したピアスを手にしてケラケラと最初のように笑うライガの変化に、もうどうでもいいかと力を抜く。ひどく、疲れた。気を張って隠していたことがバレたのが後押ししてるんだろう。壁にもたれて息を吐く。

「小刀は一番軽いやつでええ?」
「ん。ありがと。とりあえず10本ぐらいお願い」
「了解ー。ちなみに収納武器は指輪みたいにして使う奴多いけど、そないする?ちなみに1つ1万」
「2つ貰う」
「ありがとさん。はい、おまけして30万リラや」
「ありがと」

ライガは袋に商品を詰め込んでいく。衣類や小物だけじゃなく剣や弓を買ったとは思えない大きさだ。お金を渡せば、確認し終わったライガが袋を手渡してくる。重たい。でもとりあえず、これでしたかったことはクリアできた。

後は、どうしようかな。

出店で美味しいものを買って、そうだ、あの森でゆっくり食べよう。
ぼんやり思考を巡らせていると、またもや雰囲気の変わったライガが落ち着いた声で言う。

「取引せーへん?」
「なんの」
「というか交換。魔力の交換しよーや」

突然の話に頭がついていかずライガの顔を無言で見る。
ライガは微笑む。

「魔力ってな、お互いにあげるって意識しあってちゃんと交換できたらお互いに魔力減ることはないねん。ただ相手の魔力が上乗せされるだけ。要は交換するだけやったらお互い魔力補えてハッピーっちゅうこと」
「なんでそんなこと持ちかけてくんの」
「俺もいま丁度魔力欲しいとこやったし、アンタ、死にそうだし。ちょうどええかなーって」
「……」
「俺のこと信用してーやー。いまだってこの会話と行動が外に見えんように空間弄ってんねんでー?ああ、じゃあ、これも付け加えたる。アンタが買うたやつ、上にあげるんは収納武器1つと魔力計測器とシールドと煙幕2つ、衣類数点ってことだけにしといたるで?」

にこにこ笑うライガが言った内容を頭の中で反復する。いいこと尽くめだ。だけど、こいつになんの得があるんだろう。魔力を得られるにしても、私が男だと言ったときの反応を見るに、魔力の供給を男でしている感じではなさそうだ。いや、ただあの反応はプロポーズした相手が男だと分かったからこその反応かもしれない。

……どうでもいいか。

「どうすればいい?」
「手っ取り早くならキスでどない?なんならこの魔法具使うってのもありやけど──」

こりもせず性別転換できるというイヤリングを差し出そうとしたライガを無視して、ライガに口付ける。遠い顔を近づけるため、後頭部を引き寄せたときに見えたのはライガの間抜け面だ。あいていた口を塞いで舌をいれる。
ミリアが言っていた同族と交わって魔力を得るという仕組みはよく分からないが、体液を介するということだろう。ライガもキスで出来ると言っていたし、きっとそう。後は……魔力をあげるって感覚は分からないけれど、言った通りにするなら、思えばいいんだろう。それだけ、それで。


「……まだもうちょっと」
「ん」


離れて、すぐ、戻される。立場逆転して頭を支えられながら、羞恥で火照るだけじゃない温もりを感じた。魔力なんだろうか。

……凄く温かい。

ピチャ、と耳に響いた水音にはっとする。歯茎をなぞる舌の存在に、気がついた。茶色の睫が見える。頭を支える指の1つが項をなぞって──

「もう、十分、だ」

力を振り絞って、ライガを突き飛ばす。そんなに力が入らなかったのは酸欠に近かったからか、どうなのか。
口元を隠して俯く。どうしたらいいのか分からなかった。

混乱する私を救ったのはいつのまにか落としていた買い物袋。用は済んだんだ。ここから出れば良い。そうだ、それでいい。
急いで買い物袋を拾い上げて、一度バランスを崩したものの、すぐに持ち直して店を出て行く。

魔力計測器はもう赤くなかった。






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