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第一章 召還
14.「失敗した」
しおりを挟む真上に浮かぶ太陽が少しだけ光を落とす静かな森。
落ち着いてゆっくりとした時間を過ごしたかったからここに来たはずなのに、静か過ぎる空間がいまは逆に私を落ち着かせない。慌しく響く私の足音は森で唯一の音のように思える。
でも、それならいいんだ。私しかいないんだったら安心できる。
そう思うのにまだ納得しない感情が買い物袋を握る私の手の力を緩めようとさせない。力を抜くつもりが更に爪を立てて握り締めてしまったせいで、袋が破れる。いい香りがした。
「あー」
下手に思考を巡らせるよりも効果的だった。食欲をそそる香りはオーバーヒートしそうだった私の頭を冷静にさせる。……お腹空いた。
嬉しいことに手ごろな丸太を見つけたから腰掛ける。ようやく肩の力が抜けて手から買い物袋が落ちた。
辺りを見渡す。
静かな、静かな森の中。耳を澄ませばざわざわ囁く木々の音、鳥の羽音が聞こえる。歩き続けたせいもあってか城の近くで流れていた川の流れる音まで聞こえる。でも誰もいない。
今度こそ心の底から安心した。
こんな姿誰にも見られたくなかった。膝に肘を置いて手で顔を覆う。今頃疲労を訴えてきた身体は火照りを消そうとして汗を肌に滑らせる。熱い。暑い。
ライガの店を出た後、目立たないよう気をつけつつも大股で大通りを駆け抜けた。動転していたけれど、美味しそうな食べ物と飲み物を購入して、念のためと錯覚の魔法を使えた私は凄いと自分で褒めていいだろう。染み付いた癖に思い当たって苦笑いしか浮かばないけれど、とりあえずはご褒美と称して昼ご飯を食べよう。森にそぐわない涎を誘う香りが鼻をくすぐってしょうがない。紙袋を開ければ暴力的な強い香りが湯気で立ち上る。
「……ケバブっぽい。肉うま」
ほら、オススメを聞いたのは正解だった。飲み物も何味かは分からないけれど柑橘系の酸味が強めで美味しい。ぺろりと平らげてしまう。デザートも買っておくべきだったかもしれない。溶けた氷がコップに残っているジュースを薄めていく。ズズっと吸い込みながらぼんやり森を眺める。空になったコップを置けば、また溜息が出た。
でも、重苦しいものなんかじゃなくて、その理由も分かってる。それでも認めたくなくて空を見上げた。下で何があろうと変わらない空は眩しい。
「30か」
魔力計測器は数字を浮かびあがらせたあと、また新しい数字を浮かべ始める。3020と書かれている。店で見た数字と比べると約8倍だ。ちゃんと交換できたんだろう。
また数字が浮かぶ。21と浮かんだ数字にどうしたものかと首をひねる。
監視の目を晦ますことができるかどうかは別として、雑踏に紛れ込みながら適当な誰かを私に見えるように錯覚の魔法をかけ、私には誰かに見えるように錯覚の魔法をかけた。そして大通りを抜けて、城に続く道を挟んでいた森の中を歩き回り、食事を終えた今頃になって解いてみれば使った魔力は30ときた。
そして新しく、自分がいる場所から目についた木までの距離を半径として、誰も自分自身を見ることができず、なおかつその場を通ろうとしても通れずそれすら気がつかないようにと、イメージとしては結界を張ったら使った魔力は21と出る。
この魔力計測器はとんでもなく便利だ。
新しく魔力を必要とせず、思えば使った魔法にかかった魔力量が履歴として見れる。魔力計測器に溜められている魔力がなくなれば随時必要みたいだけれど、それでも十分なものだ。ライガのお陰で回復した魔力を元に魔法の練習がようやく出来る。
ライガ。
折角落ち着いたところで思い浮かんだ存在に眉を寄せる。凄く、頬が熱い。慣れない妙な感覚だった。思い返せば幾度かこんな気持ちになったことはあるけれど、数少ないのは事実で、やっぱりどうしても落ち着かない気持ちになる。
恥ずかしいと、思ってしまっている。
なにに?キスにか。だけど思えばキスなんてレオルともしている。それに好きな人としかしたくないなんて乙女みたいな考えも持ち合わせてはいない。
なのにどうしようもなく恥ずかしくて頭が混乱してしまう。そんな自分がひどく面倒くさい。
コップを持っている手から炎を出してコップを燃やす、3。コップがあるように掌に出す、1。実体のあるコップを作り出す、10。切り傷が出来ていた手の甲の傷を消す、17──いくつか実験を繰り返しながら考えを紛らわせる。考えている間は他の事に惑わされない。
実験結果として分かったのは、得意魔法は錯覚魔法で、苦手な魔法は治癒魔法ということだ。破壊魔法やそのほかの魔法は普通だ。といってもなにかを実体として作るときには、それを構成するものがなにか分かっていたら簡単に出来るけれど、分かっていないと難しい。
発見なのは実体を作っているときに魔力は発生しているが、実体として完全に想像できて作れたものは実体として残り続けるのに魔力を要しないということだ。そしてイメージさえ最初にはっきりと練っていれば、本当に必要とする魔力が少なくて済む。一つの魔法に色々付随するにしても詳細までイメージしたのならかかる魔力量は最小限で済むのだ。
「生まれ育った環境に馴染んだものを魔法で扱えるようになる、か」
元の世界で魔法は使えなかったけれど、歪めたり与える印象を変えたり見せかたを変えたりすることは日常茶飯事だった。錯覚魔法が得意なのは本の言葉通り、今までの私の生活に馴染んだものだからなんだろう。
見た目の力はよく知っている。
この外見で梅までといかずとも絡まれることはよくあった。だから利用できる利点があることも知っている。この世界でも元の世界と同じように生きればいいんだ。魔法っていう便利なものを使えば、苦手なものもより効率よく補える。これからある戦うとか魔物を殺すとかそういうことだって、今までどおりにうまくすればいい。それにこの錯覚魔法、うまく使えば……。
想像して、期待なのか怖いのか身体が震えた。でも今はまだできない。後少し待たなきゃいけない。まだ。
ゆっくり立ち上がる。持ち上げた買い物袋は休憩したお陰か軽く感じた。
もう大丈夫だ。
歩き出してしまえば城まであっという間だった。門兵の間を通り過ぎて城の中へ入れば、回廊の奥から兵士たちの声が聞こえてきた。……この音は嫌いだ。剣や怒号から逃げるように部屋へ向かう私をいつまでも追いかけてくる。木霊する音が私の足音だけに変わったのはドアを続けてくぐった頃だった。自分の部屋へ戻ろうとする度に思うことだけどこの城は迷路みたいだ。石造りの道に飾られた花瓶は等間隔に置かれていて見た目を少しは華やかにするものの続く同じ景色になんだかくらくらしてくる。そこへ昼間なのに点いているオレンジの蝋燭が暗い廊下を照らしているもんだから眠気までしてくる。
ああ、ダメだ。1つ問題が片付いても、まだまだしたいことしなきゃいけないことは沢山ある。この荷物をあの部屋におおっぴらに置くのは憚られるから工作もしたいところだ。部屋に侵入者が入ってくることも想定していまのうちにトラップも作っておきたい。
それから他には──
「ミリア」
「……お帰りなさいませ。サク様」
思考に沈んだ頭を起こせば、部屋の前にミリアがいた。いつ見ても姿勢が正されている彼女は今日も例外なく背筋が伸びていて、私を見ると深々と頭を下げる。柔らかく動いた蜂蜜色の髪に思い出す。ライガの店で変装グッズを買うさい、いいものを見つけたんだ。
だけど買い物袋に手を入れて目当てのものを探っている間に、ミリアが口を開く。落ち着いた、感情をみせない声だった。
「お知らせがございます。レオル様の進言のもと、サク様は明日から遠征に出ていただきます」
掴んだものが手から落ちる。
遠征?
驚く私を見上げながら、ミリアは眉を下げて微笑んだ。
「向かう場所は魔物の襲撃を多く受けるようになった近くの町ホーリット。同行される方々は、進藤様ならびに鈴谷様、そして3等兵士5名です」
魔物の襲撃を多く受けているホーリット?進藤に鈴谷?3等兵士ってなんだよ。
疑問が沸いて頭をぐるぐるまわりだす。どくんどくんと心臓が脈打って変な汗をかく。いつかに備えるはずだったいつかが明日になっている。
怖さより驚きが勝って、結局笑えた。
「明日ね。分かった」
元の世界に戻るまではどうせ免れない魔物の遭遇だ。それを私1人だけで対峙するのではなく、倒すことを生業としている兵士含めて勇者と呼ばれてる奴らと一緒になんだ。まだまだ曖昧な魔物をある程度安心して観察できるのはいいことだろう。戦いかたも見れるし、今日みたいに城から出て城下町に行くなんてことじゃなく、この国からなんの細工もなしに出られるんだ。立地を見れるし、他の国の人と話すことも出来るだろう。それに。
「不安ではないのですか」
「不安だよ。だけど、しょうがないだろ。考えたってしょうがないなら」
楽しめばいい。
怖さもあるし、理不尽に沸き立つ怒りもあるし、不満もある。だけどいま胸に巣食って口元を緩めてしまうぐらいの好奇心も嘘じゃない。振り回され続けると嫌なものだけれど、予想が出来ないことが起こるのは楽しくてしょうがない。その点だけはこの世界に高評価をしてしまう。それに心配されるとなんだか腹をくくれるというか、気持ちが落ち着くのはなんでだろう。
買い物袋にもう一度手を入れてみれば、すぐに目当ての物は見つかった。取り出したものをミリアの手に置く。
「はいこれ、お土産」
「え?」
「綺麗な髪だからさ、色々見たくて」
「え?」
「まあ、なにはともあれいつも有り難う」
言って、笑って、後悔した。
言葉をなくして黙り込むミリアの肩に手を置いたあと、部屋に入る。ドアを閉めて買い物袋を机の上に置く。なんともいえない気持ちになって、首に手をかけ項垂れてしまう。
買い物のさい、緑色の飾り紐を見つけたときつい買ってしまったのだ。ミリアはさらさらで綺麗な蜂蜜色の髪だから緑が凄く似合うだろうし、髪を結った姿も似合うだろう。そう思って。
だけど飾り紐を渡したときのミリアは驚いた後、ひどく罪悪感に満ちた表情を見せたのだ。
喜んでほしかったのも少しあったのは本当だけれど、あんな顔を見るのは予想外だった。通り過ぎるときに見た最後の表情は、いまにも泣き出しそうに眉を寄せ、けれど手にある飾り紐を見て唇を震わせながら微笑んだ。
「失敗した」
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