狂った勇者が望んだこと

夕露

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第一章 召還

18.「じゃ、どっか行ってこい」

 



「セルリオ。おい、セルリオー。マジで置いていくぞ、おい」

地面に寝転がった状態ですやすや眠っているセルリオは、鎧がいい毛布代わりになっているのか心安らかな表情だ。
謎の魔物が男に倒されていなかったら真っ先に殺されてるだろうに……セルリオは強運の持ち主なのかもしれない。揺すっても起きないためハイザーを大きな音が出るぐらいはたいて閉じる。そしてまた開いて、閉じる。
結構な騒音だろうがまるで起きない。

「凄いな」

どうしたものかと悩んでいると走ってくる音が聞こえた。見れば進藤がいる。離れてはいるが鈴谷も。
進藤は私を見るやいなや眉を寄せ、その後ろにある血溜まりに更に眉間にシワを寄せた。

「言っとくけど俺が倒したんじゃねえから」
「ならそこに寝っころがってる奴が?」
「や、コイツは寝てるだけ。奇跡の力を出したとかじゃないわな。知らん男が現れて謎の魔物を一撃で倒したんだよ。もう消えた」
「はあ?消えた?」
「言葉通りだ」
「へえー、ぐえ、あー進藤なんでそんなに元気なの?つか、転移できるって、凄いねその男。ここ魔法なんでもあり、な感じだけど転移って出来る人、そんなにいないんだって」
「鈴谷もか」
「試したけど、無理。今はね」
「つかこれで終わりかよ。呆気ねえな。帰るぞ」
「ちょっと待ってってば」

息を荒げる鈴谷の声を無視して進藤はホーリットに戻る。荷物を取りに行ったんだろう。呆気ないとかセルリオに言ったら青ざめそうなことだ。

「おい。起きろ」

そしてまったく起きる気配がしない。もう諦めることにして、セルリオの身体を起こす。
鎧で覆われた身体はとんでもなく掴みにくく重い。放っておきたいがダーリスが現れないとも限らない。
非常に不本意だが魔法の力も使ってセルリオを支えながらホーリットに戻った。

「勇者!謎の魔物が死んだと聞いたが本当か!……セルリオはどうしたんだっ」
「謎の魔物は知らない男が倒したよ。謎の魔物が蒸発したあとに出来た血溜まりはホーリットに向かうとき通った道に残ってる。ちなみに男は消えて、セルリオはただ寝てるだけ。怪我はない」
「寝てるだけ……まあ、いい。よくやった。報告感謝する」
「もらうよ。こいつ重たいだろ」
「小心者で鎧ばっか着込んでるからな。知ってるか?この鎧の下にも防具つけてんだぜ」
「はは、マジで?ふざけんなこいつ」
「悪いな」

どうりで重たい訳だ。というよりこんなに着込んだほうが危ない気がする。スピードなんて出ないし格好の的じゃないだろうか。こいつは壁でも目指しているのか?
名前は覚えていないがセルリオと同じ三等兵士たちがセルリオを預かってくれる。ダールは安心したように少しだけ口元を緩めていた。

「……これで任務は終わりだよな。フィラル王国に戻るのか」
「そうだな。連絡がつかない原因も探らなければならないだろう。町の回復の手助けはしたいが、まずはフィラル王国に戻り報告を。セルリオ。おい、起きろ!出発するぞ!」
「ダールさん、ちょっと待って下さい」
「コスボハ」
「っ!」

確か物の魔物の総称だった気がする名前を三等兵士が言った瞬間、あれだけ起きなかったセルリオが目を覚ました。どんな呪文だよ。三等兵士に尋ねてみる。

「……今のは?」
「ああ、こいつ昔本のコスボハに襲われてからトラウマになってるんだよ。どんなに眠りこけててもこの言葉さえ言えばすっきりお目覚め」
「止めてくれよハース……。あれ。ここ、なんで?」
「勇者が運んでくれたんだよ」
「え、え!あ!謎の魔物!って!……すみません、勇者」
「気にすんな。セルリオも起きたし、さっさと出発しようぜ」

現状を理解したセルリオに素敵な呪文を唱えたハースという男が荷物を渡す。セルリオはぼおっとしながら荷物を受け取っている。

本当にこいつ大丈夫なんだろうか。

兵士以外にも仕事はきっとあるはずだと思うんだけど……。余計なお世話だが兵士という仕事に就いているセルリオの行く末を案じてしまう。
平和なやりとりを眺めていたらセルリオが視線を彷徨わせたあと、意を決したようにこちらを見上げてくる。

「ゆ、勇者」
「なに」
「あー違うんだ。えっと……サク。ありがとう」
「……どういたしまして」

突然のことに驚いて、反応が後れる。

気にしなくてもいいのに。別に、勇者って呼ばれるのでよかったのに。

だけどセルリオの人柄か、なんだか憎まれ口も叩けない。
困ったけれど、微笑んで返す。つられて嬉しそうに笑ったセルリオを見た他兵士達が、急に私に手を伸ばしてきた。それはまるで握手を求めるようで、更に戸惑う。彼らは言う。

「今回、色々助かった。お前がいなかったらダーリスに対峙した時点で死んでた。ありがとう、サク。俺の名前はハースだ」
「私もサクがいなければ死んでいただろう。感謝する。私の名前はディレク。これから宜しく頼む」
「俺はコリンという。……助かった」

3人に手を出された状態にどうすればいいんだと、それよりも頭がついていかず固まる。
だけど同じように手を出した3人も気がついて、それぞれ謝罪を口にしながら手を戻していくのを見ていたら、なんだか笑えてもういいかと思えた。


「こちらこそ。俺はサク、よろしく」


ハースがニッと笑って拳を出してきたから、同じように拳をつくってぶつけ合う。まるで元の世界でふざけあって悪戯が成功したときに響や太一と拳をぶつけるような感覚。
あいつらは元気だろうか。また、よく分からない理由でくだらない喧嘩をしてるんだろうか。
ダールが声を上げ、もう荷物を背負い遠く先を歩く進藤と鈴谷を確認した後、歩き出す。

「本当に感謝する」

通り過ぎざま背中を軽く叩いてそう言ったダールは年齢のこともあってか、頼りがいのある親戚の叔父を思い出した。
普段は見下した口調じゃないんだ。
セルリオたちと話す彼は若い子供を気にかける父のようにも見える。そんなことが分かってしまった。

……勇者って呼ばれ続けて大丈夫だったんだ。それでよかったんだ。

なんだか無性に泣きたくなって、感傷に浸る自分を嗤ってごまかした。
フィラル王国へ戻る途中、向かうときとは違ってダーリスが何度か現れたけれど、全員さして大きな怪我をすることもなかった。
なにせ進藤が好き好んで戦いに行くものだから、こぼれてこちらに向かってくるダーリスはせいぜい1・2匹ほどだ。遭遇して対峙する度まだ心臓は五月蝿くなるけれど、最初を思えば震えは減っていた。

慣れたんだろう。

お化け屋敷みたいなものだ。突然のことには驚くが、そもそもそういうものだと認識して入る訳だからある程度心構えが出来ている。そんなものだった。
指に伝わる温もりを眺めて気分を落ち着かせる為に深呼吸をする。

ホーリットに起きていたことや、情報や認識の食い違い、フィラル王国に連絡がつかないこと、向かうときには一度も現れなかったダーリスが帰りではこんなに現れること。
アイツは知らぬ存ぜぬで通すだろうか。
可能性は薄い。アイツが愉快と思うようにことを運ぶつもりなら、姿を現して状況確認に自分から来るだろう。そこですっとぼけるというのなら可能性はあるか。とりあえずニヤニヤ笑う顔はありありと思い描ける。
フィラル王国が見えてきた。ホーリットと比較をすればやはり規模が大きい。
この世界は元の世界みたいにどこまでも人の手が入って、道路や家が建っている訳じゃない。魔物という存在があるからだろう。途切れ途切れに砂漠にあるオアシスのように町や国が存在している。いまはまだこの光景に慣れない。
平原を歩きながら夢見る。アイツの動き次第だけどこの後はどうしようか。どうせならもう休みたい。城下町におりて買い食いして昼寝といきたいところだ。


「あー無理そ」


だけど見えたものに夢は夢なのだと知った。馬に乗ってこちらに向かってくるレオルを見つけて脱力してしまう。見た目だけなら絵になりそうな男だ。他の面子もレオルの登場に驚いているのか立ち止まって呆然としている。
……違う。
誰もレオルを見ていない。フィラル王国を見ていた。

「ええーマジで?また?」
「最高じゃねえか」
「フィラル王国が!?なぜ、レベルCの状態になっているんだっ!!」
「嘘だろ……」

飽きたとばかりに鈴谷がぼやいて、進藤が舌なめずりをする。ダールは声を裏返して叫んで、ハースは口を覆っている。
レベルC?
ダールたちの絶望した表情に、もう一度フィラル王国を見てみるけれど、紫色のシールドが王国を囲っている訳でもなく、ダーリスに襲撃されている訳でもない。
私とダール達では違うものが見えている?だけどそれならなんで私だけ違うものが見えてるんだ。
目の前で止まった馬からレオルは地面に崩れ落ちる。レオルが?落馬?
レオルが乗馬できるのかどうか知らないが、絶対にありえないと思った。ならこいつは誰だ?違う。

なんでこいつは嘘を吐いてる。

ダール達は誰もレオルの名前を呼ばない、驚かない、慌ててもいない。説明も求めない。ただ馬に乗って現れた人の様子を見守っているようで。
その違和感には覚えがある。私の得意魔法だ。レオルは自身に誰かに見えるように錯覚魔法をかけている。恐らく、フィラル王国全域か私達全員にも。結果、ダール達にはフィラル王国の周りにはびこるダーリスの大群とそれに応戦する兵士の姿が見えているはず。
なんで私に効いていないかはこの際、別にいい。
落馬して呻いていたレオルが顔を起こす。そして、気味が悪いぐらい恐怖に顔を歪ませて焦ったように叫んだ。

「勇者様力をお貸し下さいっ!ホーリットの救援を望みフィラル王国に向かったときには、もう……!」

なんて茶番だ。
言葉を失って見下ろす。拳を振り上げて地面を叩くレオルは俳優にでもなれるんじゃないだろうか。悲痛な叫びだ。私も錯覚魔法がかかって目の前の人物がレオル以外に見えていたら話を信じている。
レオルがレオルに見えていないダールはすっかり信じていて、慰めるようにレオルの肩に手を置いた。

「なんてことだ。まさか王国がこのような状態になるなんて……お主、ホーリットに連絡は」
「それがどんなに連絡をとろうとしてもとれませんでした」
「ホーリットと同じ状況かー」

話を聞いていたらしい鈴谷が「大変だ」と思ってもいないだろう言葉を吐いている。もう話を終わらせよう。レオルの傍に近づく。
するとレオルが必死な様子で手を掴んできて、目が合う。

「勇者様!助けて下さいっ」

本当に焦りが伝わってくる表情だった。手の震えさえある。本当に、よく出来ている。でもこういう化かしあいはまだ私のほうが上らしい。

「なにしてんだよ、レオル」

見下ろす顔は、最初なにを言っているんだと眉間にシワを寄せた。だけど見続けていると、さがっていた口元がゆっくりとつりあがって、目元は猫みたいに細められる。
俯き立ち上がるレオルはきっと魔法を解いたんだろう。後ろで三者三様の声が聞こえる。こんな大掛かりな茶番をしたレオルは一人喉を震わせて笑っていた。

「盛大な魔力の無駄遣いをしてお前なにがしたいんだよ」
「くっ、だって、はは。面白」
「今まで会った奴で一番最悪だわお前」
「さいっこう」
「最悪」
「……どういうことでしょう、レオル様」

笑うレオルにセルリオたちが動揺するなか、ダールが落ち着いた声色でレオルに問う。もっともな疑問だ。

「どうもこうも別に。どんな反応するかなって」
「あなた様はなにを考えてらっしゃるんですか!これは笑い事ではすみませんぞ!」
「えー?頭固いなあ」
「レオル。俺達がホーリットに向かう途中魔物に遭遇しないようにしたのと、ホーリットの現状を騙したのと、連絡球で連絡をとるのを妨害したのお前?」
「そうだけど?」
「……っ!レオル様」
「面白かったよ。君たちがどうやって動くのか見てたんだ。隊の編成をしなきゃいけなくってさー面倒だけど頑張って仕事したよ」
「あなた様が正しい報告をあげていてくれれば死傷者は減ったかもしれないとういうのに!あなたという人は!」
「それが?」

レオルは子供のような表情を浮かべた。小さな小さな子供が純粋に疑問を浮かべたときとまったく同じ表情。不思議そうにダールを見下ろす。
それは恐怖しか抱かせず、ダールは言葉を失った。

「ねえ、そんなことより皆まだまだ余力があるんだしちょっと遊ぼうよ」

ガラン、と音がする。セルリオだ。レオルの言葉に思わず剣を落としてしまったようだ。
更に今度は自分が落とした剣が鳴らした音に驚いて、ガシャガシャと鎧を鳴らしながら尻餅をついている。あの進藤さえ及び腰だから分かるけれどこの緊張状態で派手に動いてしまう彼は凄いなと思う。
ここ数時間でセルリオはすっかり私の心の平安に一役買う存在だ。セルリオと同じく顔面蒼白なダールたちがお前なにやってんだとばかりに目線だけでセルリオを凝視するのも、なんだか気持ちを落ち着かせる。

「サク、ぼおっとしてていいの?今のところ君だけが俺を殺せるのに」
「お前本当なにがしたいんだよ。つかお前を殺すつもりはないから。それ以前に殺せないわ」
「……あれ?そうなの」
「会って三回ぐらいの奴なんで殺そうと思うんだよ。どういう思考回路してんのか一度覗いてみたいわ」
「じゃあ遊ばないってことかーつまらないね」
「頼むからもっと楽しい遊びを覚えろよ」

意味の分からないことをのたまうレオルに頭痛を覚えながらどうしようかと考える。
なにせつまらないねと言いながら、いつかと同じように抜き身の大剣を取り出して地面に突き刺しているのだ。
進藤と鈴谷はすっかり戦闘態勢で、セルリオは「終わった……」と恐らく心の中で呟くはずだった言葉を口に出して降参状態だ。
私は前のことを思い出してなにがレオルの琴線にひっかかってしまうのか悩んでしまう。とにかく目的としてはレオルとの遊びもとい戦闘を回避することだ。本当に、あんなのは二度と体験したくない。しかもいまはフィラル王国敷地外だ。あのときより更に、本当に生かしてくれるのか心配だ。ダーリスだって乱入するかもしれない。大怪我したらそのまま捨て置かれることだって考えられる。
だけど目の前にいる私より背の高い子供とは言えない男は、心底つまらなさそうに口を尖らせている。柄にかけている指がタンタンとリズムを刻む。コイツの癖だろうか。手持ち無沙汰なんだろう。
なんて、面倒くさい奴。

「……お前本当に遊びたいのか?」
「え?うん。暇だし」

しっかり聞き届けた後、にっこり笑ってやる。この世界に来て一番晴れ晴れとした笑顔だったかもしれない。

「じゃ、どっか行ってこい」

願いは念入りにした。
私達はレオルとの戦闘を回避したい。そしてしばらく会いたくない。それほどまでにレオルが楽しく遊んでいられる場所にレオルを移動させたい。レオルが戻りたいと思わないような、思えないような場所に移動させたい。
レオルは驚きに目をパチクリさせた顔を最後に目の前から姿を消した。
しいんと辺りが静けさに包まれる。息を吐くと、力が抜けた。気をいれなおすために伸びをしようとしたとき、セルリオが声をかけてきた。

「ゆ、え?さ、サク?」
「なに?」
「れお、え。え?レオル様、どうしたの」
「遊びたがってたから、アイツが望むような場所に飛ばした」
「飛ばした?」
「移動させたっていうの?転移?」
「お前、使えたのかよ」

進藤が非難するように聞いてくる。そんな顔されても。

「みたいだね。出来るかわからなかったけど、よかった。あースッキリした」
「……こわ」
「サクって怒らせると駄目なやつだな。口調も変わってるし」
「転移って失敗するとどうなるか知ってるのかな?……や、レオル様ならバラバラになる前に自分で治してそうだけど」

鈴谷とハースとセルリオが仲良く顔を青ざめた状態で好き勝手言っている。
身体がふらつきそうだった。意識を留める為始めた伸びの代わりに指の関節を鳴らしながら、どうしようかと考えを巡らせる。使った魔力は少なくないけれど、転移を自分で出来るかは置いておいて、転移させることは出来た。

「使える、か。ダール、これからの報告って全員で行く必要あるの?」
「え、あ。私だけで大丈夫だが」
「じゃあ俺先に城下町に戻っていい?お腹減ったわ」
「あ、あ」
「城門のとこの許可証ってなくて大丈夫?」
「ああ、駄目だ。そこまでは一緒に行かなければ」
「そっか。じゃあ行こう。リンゴジュース飲みたい気分」

どうしても早足になってしまうけれど、案外、全員なにも言わず同じように歩いてくれた。有難い。お陰で城門までの移動はさほど時間がかからなかった。
チェックが終わってすぐ、ダール達に声をかけて城下町に入る。ダール達はどこか呆然としたままだったけれど、考えていられない。
魔力量に注意して、ぐらぐらと定まらなくなってきた思考を一生懸命働かせて魔法を使う。私の分身を人混みに泳がせて、私を私に見えないようにして、それで……。
見覚えのある路地に入って、ようやく見えた青緑色のテントに気を失いそうになった。壁に頭をぶつけたお陰で少し意識がはっきりする。
ゆっくり、前に進む。

「いらっしゃい、って!勇者さんやんか!なんやもう俺が恋しなったん!?っあ゛」

今回は最初から店番をしていたらしく横棚の前に腰掛けていた。といっても私とライガの間に横棚がある状態だった為、両手を広げてこちらに来ようとしたライガは見事に脛をぶつけている。
妙ななまりに相変わらずの状態で、今度こそ完全に力が抜けてしまう。

「はは、も、はー」

こみ上げてくる笑いが止められなくて、抑えようと口元を覆う。
少し間を置いて、ガチャガチャと音が聞こえる。見ればライガが棚を跨いでこちらに向かってきていて、そのせいでまた手榴弾もどきが揺れて色々なところにぶつかっている。今日もこいつの商品管理は恐ろしいぐらい適当だ。
口元の手がとられる。流石に自分のところで扱っている商品だからか、元の姿とは違えどライガは指にはまった指輪が魔力計測器だと分かったみたいだ。そこに書かれた数字を見たらしく目が見開かれる。

そういえば消してなかったな。

ぼおっとしている間に焦った顔が見えた。なんでコイツが焦る必要があるんだろう。ついでいきなり重なった唇に温かさを感じて目を閉じた。
入り口が閉められて瞼に五月蝿いぐらい張り付いていた陽の光が和らぐ。意外と丈夫らしいテントの骨組みに身体を預けていたら、咎めるように覆いかぶさられる。立っていられなくて座り込む間にも呼吸が奪われて意識が朦朧としてくる。熱い。

「ま、って。息でき、な」
「アンタ昨日の今日でなんでこんな状態なん?30て。30て……」
「ライ、ガ」
「……ん。ええからなんも考えんと俺の名前呼んどき」

暗い。視界が隠されて、なにも見えない。だけど不思議と怖くはなかった。
頭の後ろにまわされた手が支えてくれてる。なによりも私の左手に絡まる指の力強さに、安心した。
歯をなぞっていた舌がくすぐるように唇を舐めて、反応を見るように止める。たまらずあいていた手を伸ばしてライガの頭を引き寄せる。
なんだか無性に泣きたくなった。






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